静かな世界だった。
その中で天井を仰ぎながら咳をしてむせこんでいる少女がいた。その少女は服が所々焼きただれている。中に穴が開き、艶やかな肌が見えていた。
下に敷かれている赤に薄く紫色の線を入れた模様をしたカーペットでそれまでに何が起こったのか思い出していた。曲者は私を狙わずにどこか知らない場所に撃ち放った。
それが暴発して後ろまで及びその隙を突かれた。そんな風に思い出している。兎に角悪夢としか言いようがなかった。
「むきゅ、取り敢えず今は体を休めましょう。」
パチュリーは少し無理矢理に体を起こす。這いつくばりながらふかふかのソファーの方へと向かっていた。腕をソファーにかけて片足を乗せるとそこから手足をソファーの上に乗せて一休憩した後に仰向けになった。
やはり変わらない高い天井と棚にぎっしりと詰められた本が見えた。それ以外には何もない無音で誰もいない孤独な世界だった。元々本を読むのが生き甲斐としていたが少し体を動かすのも悪くないと思い始めた。先ほどの戦いでもう少し喘息の症状が出ていなければすぐさま追い出すなり対処はできた。それが出来なかったのは自分の体が弱かったから。
「小悪魔、紅茶を入れてちょうだい。」
反応はなかった。パチュリーは何度か少しずつ声を大きくして呼んだが声が聞こえる事はなかった。仕方なく此処でしばらく待つ事にしよう。天を仰ぐのはいつぶりだろうか。そんな事を考えながら目を閉じて息を吸ってからゆっくりと吐く。
何もかもが消え去ったその図書館でパチュリーは一人何かを噛み締めていた。
静かな世界だった。紅のカーペットが一面に敷かれており奥の方に階段が見える。この広間の中に青年と門番が入る。その紅の中で銀は見つからなかった。
「あのメイド、逃げたか?」
青年は変に不安そうに言葉を出し始める。体が重たいのかその場に胡座で居座った。
「そのようですね、早めに見つかるといいんですが。」
門番も同様に不安そうにしていた。理由は相反している。青年が復讐の刃に当たらないか不安であった。それだけで済むならそれで良いのだろうか。門番にもそれなりの考えはあった。
「それなら俺は奥に進む。俺が居なくなったら出てくるだろう。」
青年は気楽にそう言うと怠そうに立ち上がった。青年は階段に向かって歩き始めている。その背中を見ていた門番はもう既に術中にはまっている事に気づいた。後ろに咲夜が付き纏っていた。足音も衣の擦れる音もなく無音で近寄る。門番は声を出そうにも葛藤に苛まれた。
「そうだと良いんですけどね。」
門番は手早く門の方へ戻り、自分の仕事を全うしようとしていた。何も起きないで欲しいと願う門番はすぐには離れるような事はしなかった。
「もう早く行くか。」
青年は階段に脚を下ろした。その瞬間だ、パチン、と何かが当たった高い音がした。門番は驚きもせずその様子を静観していた。
「せめてこのメイドは此処に置いていかないとな。荷物になる。」
メイドは叩かれたからかかなり後ろに下がった。
「いつから気づいていたのよ。」
メイドはどうしても不思議でたまらない、そういった顔をしていた。理由はよくわかる。
「流石に四肢に怪我している。それでも腕が落ちないなら化け物だよ。」
青年はそんな風に答えた。視線が冷たく鋭いので身をたじろがせるほどの力は有していた。
「ならこの部屋に入ってから気づいていたのね。」
メイドは勝手に判断していた。青年は何もそのような事は言っていない。それどころか、気づいた、気付いていない、さえ言っていなかった。
「ならその時にとどめは刺せ。後悔するぞ。今みてぇにな。」
青年は何も持たなかった。戦闘に入るだろうが、それを拒んでいるかのようだった。流石に体がきついのか、と門番は思っていた。
「ならば、行かせてもらいます。」
メイドは白と黒の世界に入り込んだ。そして青年へと近づく。空間を結果として歪ませた。それは青年には届かなかった。
ナイフを持っていた左手を掴まれてそれから引っ張られた。階段へと誘われたメイドは脚をかけられて為す術がなかった。階段の先端が体に均等に当たる。痛みに耐えようとした漏れた息に青年は目を閉じかけた。自分でしたが此処までやるつもりはなかった。偶々足が当たっていたのだ。青年は心を蝕まなれそうになっていた。どうしても可哀想なのである。
「大丈夫か?」
青年は思わず声をかけてしまった。メイドはすぐに立ち上がってナイフを向ける。
「私がお嬢様の元へと向かわせない。私の命の恩人に刃を向けさせたりしない!」
メイドの目には水滴が付いていた。それだけではなく、体はボロボロで青年にはどうしてあげられる事も出来なかった。
飛び上がり左手に持ったナイフを青年に突きつけた。自分の身はどうなっても良い、そんな哀れな少女の姿を青年は見た。
「やめろ。」
しかしその気力は長くは続かなかった。膝を撃たれたように崩れ落ちたメイドはナイフに当たる事を構わないような青年によって抱きかかえられた。左手に持っていたナイフが紅い床にポトリと落ちた。青年は少し体を軋ませながらも支えてからゆっくりと床に寝かせた。
「咲夜さんはお嬢様に拾われた子で外から来たのです。だからこそお嬢様の元へ行かせる事を自分の命を投げ捨ててでも阻止しようとしていました。」
門番は近寄りながらどうしてこのような強硬手段を取ったかを説明してくれた。青年は門番の話を静かに聞いていた。
「それだけの忠誠心をお持ちか。それは強いな。」
青年は門番の青い気持ちも紅に染めさせようとしていた。青年は静かに歩くと扉まで歩いてそこからこの広間を出た。その様子は悲しき猛者だと門番は感じた。このままで良いのか、とも感じた。