第181話
柔らかい感覚と何か不思議な温かさのある場所だった。深く眠っていたらしいが自分はどのようにそうなったのかは全く覚えていない。
「おはようございます。体の調子はどうでしょうか?」
落ち着いた寒色系の色合いで統一された一室で黒髪の青年はベットの中で横になっていたらしい。木で出来たベットがあり客室のような場所で半身を起こした青年はふと声のした左を向いていた。
そこには薄いピンク色の短めな髪で黒いカチューシャをした少女が足の付かない椅子に座っていた。足は疲れないのだろうかと青年は感じたが意識が朦朧しているのか虚ろな目をしていたので何か話すような事はなかった。
「温泉を作りたい、あなたは何を考えているのかしら。」
さとりは自分の能力によって青年の心の中を読んだが何か得られるようなものがない。それこそ何を考えているのかさっぱりというのが正直な意見だ。
「此処に来る前に温泉に入ろうしていたようですね。それで射命丸に話しかけられて話の流れでここに来ていた、と。どうやら間欠泉の吹き上がった近くではそのようなものが出来ていたようですね。」
半身を起こしている青年は首を縦に振るだけで何か言う事はなかった。さとりの能力に甘えているのかどうかは分からないが話す意思はないようだ。
起きたばかりで状況が読み取れないからそうしているということもあり得る。それだけでいいのかはよく分からないがさとりも気にしているようなところはなかった。
「勇儀さんにはとても気に入られているようでしたが何かありましたか?」
さとりは少し前のことを思い出していた。青年は勇儀の背中に背負われて足蹴りされた扉から現れた時はとても驚いたがその後ろからお空が現れた時は何があったのかと思っていた。その時の必死さというのはさとりでも疑問に思えた。
「勝負をしたんですか。何があったのかは見えませんがとても楽しかったのはよく見えます。」
さとりは勝手に話を進めていくが青年は何も気にしていなかった。それこそ興味がないのか意識がふわふわとしていて何か話す気も起こらないのかもしれない。
「少し時間をおいてほしい、と。嫌ですよ。考えている事と話している事の異なるんですから。とは言え私も少しやりたい事があるので席を外しますね。」
「何があったんですか、と思っていますね。それは貴方もよく分かっているでしょう。お空は暫く起きそうにありません。お燐はどうなるのでしょうね。」
さとりはそれだけを伝えてこの部屋から出て行った。青年はそのよく分からないからこそ目を開けて周りを見ている事にした。さとりが居たのであろう椅子の隣には小さな机が置いてある。
そこに置かれている青い帽子を被ってから肩についているポケットを触ったが本来あるものがなかった。それからもう一方の肩にも触ってみようかと思ったがもうその頃には感覚で分かっていた。
辺りを見回すが何かあるようには思えなかった。それ以外は青と黒のチェック柄のカーペットで何もなかった。無駄な部屋のようで本来は誰も使っていないのであろう。
それぐらい人の気は無かった。青年は仕方がなくベットからずり落ちるとその場所から起き上がる。何処だろうと思って扉をあけてから左右を確認していたが何も無かった。
程々に部屋に入るための扉があるが青年はその部屋には目をくれずに歩き続けて何となく見覚えのあるところまで来た。此処は悟りが降りてきていた階段のようで何となく外に出るようなことはできるらしい。庭の様子はきっとボロボロだろうが青年はあまり気にしていなかった。
何日経っているのかは分からないが新聞が出回っている頃なのだろう。少し時間を潰すために青年は手すりに腰掛けるともう一度肩を触っていたが何も無かったのを思い出してどうにかしようとしていた。
青年には青年の時間の流れがある。それこそこのような場所で寝転んでいてもそれは青年がしたいだけなので何もいう必要はなかった。
「何処で何しているのよ。」
ジト目で生きているのかどうかよく分からないさとりは青年のその格好に驚いていた。手すりの上で寝転んで左足をかけてそれを飛び越えるように右足を上にして山を作っていた。青年は機嫌の悪い感じで起き上がるとさとりを見ていた。
「寝ていた。」
青年ははっきりと答えた。それだけ何があるのかはさておきその堂々な態度にはさとりでさえ何か分からなかった。
「それでどうしてそこで寝ているのよ。」
「思い出した。」
「そう。こういう時は何も見えないのね。」
さとりは何処か気を落としたようなような話し方をしている。青年は特に気にしていないがそもそも手すりに乗るような場所ではないのでその事は何か気になるのかもしれない。
「して、どうしてそんなに慌てる。」
「いや、うん。えっと、初めて会うのよ。貴方みたいな人。」
「知らん。」
「そうでしょうけど。」
さとりは話しているだけでエネルギーを吸い取られるらしくフゥー、と息を吐きかけて気を落としていた。何があったのかと青年は感じているのだが原因はその場所で寝転んでいたという事には気付くはずもなかった。
「そんなに慌てて疲れないか?」
「誰のせいだと思っているのよ。」
「知らんな。」
青年は仕方がなく手すりからは降りてさとりと目線を合わせていた。少し膝を曲げて大変そうな格好をするが青年は表情には何も出さなかった。
「ところで何かしにいく所だったのか?」
「少しね、でも手伝いはしなくて良いわよ。まだ寝ていてほしいくらいだから。」
「そうか。なら、勇儀のところにでも行ってこよう。」
それだけを言うと青年はその場から降りると受け身を取りながら一階へと向かっていた。
流石に見えなかったらしいさとりはその行動に驚いているがもう追いかけるようなことはしなかった、というよりかは出来なかった。この高さにはさとりも身を引く。
「さとり、少しでも手伝いたい事があるのなら言ってくれ。できる限りはする。」
それだけを伝えて青年はこの館が出ると繁華街へと向かったのだと思われる。さとりは一つため息をして見送りとすると何処かの部屋へと向かっていた。