今日は何となくの気分なのだが黒髪で紫色のゆったりとした服装をしていて長めのズボンを履いているふんわりとした柔らかいイメージのある帽子を被った青年は何もない空間で何も装飾のない石の階段を登っていた。
何か目的があるというわけではない。それこそいつの間にか此処にいて仕方がなく階段を登っている。何か問題もない。この無駄とも言われそうな時間を余裕綽々と過ごせる人の方がある意味では強い人間であると思われる。
そのまま石の階段を進んでその先にある灯篭の置かれている白い石が敷かれている以外は何もない整備されている道を進む。その先には階段があるのだがこの先には何があるのかは一見すれば分からないがその内進めばその雄大な姿を見ることが出来る。
白塗りの壁に一面を覆われた大きな屋敷の中に入るための門を通り抜けて海を渡るような石の渡橋をピョンピョン跳びながらその中を突き進む事にした。途中、松の木や様々な木を見ることが出来るがどれもきちんと手の加えられているのか綺麗な面立ちをしている。きっと此処の庭師は立派な者なのだろう、一応知っているのだが。
「山本さん、こんにちは。」
「幽々子さん、お久しぶりですね。」
青年は軽い足取りでぐしゃぐしゃと音を立てながら縁を通りながら幽々子の元へと向かっていた。幽々子はその様子をくすくすと微笑んで軽く受け流す。
「妖夢が来たら茶を持ってくるように頼んでおくわ。」
「助かる。」
それからこの場所に音が起こることはなかった。あるとすれば幽々子の脈動とその息遣い、それから茶を啜る音が少しだけなのである。それ以外の音はなく青年は亡き者のように静かにその情景に溶け込んでいた。来て早々、幽々子の膝を使っているのは失礼ではないか、と思われるがそれがこの二人の関係性である。きっと幽々子に母性というのを感じているからだろう。
「して、この雪は何かあったのか。」
青年はふと口を開いた。何分経ったのかは誰も知らないが強いて言うなら青年の心が落ち着いたという合図でもあった。
「偶には良いでしょう。紫に雪を敷いてもらったのよ。」
「そうなるのか。」
「そう。最近だと雪を見る機会が少なくてね。紫に降らせてもらったわ。」
幽々子は楽しそうにしていたが片目を開けて足下の景色を見ていてこの後の処理は大変な事になるだろうと思っていた。だからこそ青年はあまり口出すする事はなかったが隠す気は無かった。
「庭師は大変そうだな。」
「どういう意味よ?」
「それは己の心に聞いてみると良い。」
何よ、と少し苛立ちを見せているがそれを誘われていたと思えるほどに笑みをこぼしている青年に怒る気をなくした幽々子は何も言わなくなっていた。まるで猫のように居るのだがいつまでもここにいるのかは分からない。何が理由でここにいるのかも分からないし、そもそも何かしているというわけでもなかった。幽々子はこの時間に変に考えることが多くなっていると思えた。後ろから足音が聞こえたので幽々子は少しだけ振り向いていた。
「山本さん、またですか。」
「そう言うな。庭師。いつもの光景だろう。」
青年は悪く思うこともなくヘラヘラとしていた。
「そうなんですけど。もうそろそろ辞めてもらわないといけない頃だと思うんですよ。」
「妖夢、それは良いじゃないの。お堅いわよ。」
ふふふ、と笑っている幽々子なのだが何処か悪魔のような何かを含んでいる雰囲気があるので腹の底は見えないのがどうしても気になる。それだけ妖しい気配があるので好奇心から青年が寄ってくるというのならそれもありだと思われる。
「幽々子様、しかし。」
「庭師、この雰囲気が崩れる。」
「誰のせいですか?」
「庭師だろう。」
青年は特に抑揚もなく淡々と話していた。感情というものが何も篭っていない人形の発したような言葉なのだが何もいえなくなってしまったのでその場は何も言わない事にしているらしい。
「茶をお出しします。しばらくお待ちを。」
妖夢はそれだけを伝えてその場で踵を返して別館へと向かおうとしたのを止めたのは青年の言葉だった。
「待て、剣術指南役。俺も一勝負してほしい。」
「良いですよ。」
二つ返事で返した妖夢だが何も分かっていないというわけでもない。
「有難い。」
青年はそれだけを伝えると腰に巻いていたベルトを外して剣を二本を縁側に置いた。そしてどこに収納していたのかは分からないが釘を十本、針を十本、河童に作ってもらっていたものを置くと小刀二本だけだった。それだけでは何が起こるのかは知らないがただならぬ雰囲気であるので何があったのかはよく分からなかった。
「面白そうな事にありそうね。」
幽々子はジャラジャラと出していた武器を見ていて少し興奮しているように思えるのだが青年はまた別の視点をしていて妖夢の事しか眼中になかった。裏を返せばそれだけ信頼しているということである。
「幽々子様、お言葉ですがこれは楽しむものではないんですよ。」
妖夢は丁寧に幽々子の言葉に返答していたが青年は気にすることなく妖夢の横を通ると渡り廊下あたりにまで向かっていた。妖夢はその後ろをついていき、その後ろを幽々子はひよこのようについていった。それだけなのだが恐らく邪魔になるのだろうと本館の大きな部屋の襖の隙間から見ている事にした。
「頑張れ、山本さん。」
黄色い声援が出てくるが当の本人が何もしているような雰囲気はなかった。対して妖夢は何も言われなかった事を少し気にしながら楼観剣を素早く抜いていた。音もなくその輝きを見せていた。磨きのかけられた技の一つ一つを見定めるため、それと自分の技を試すために行うのだが偶に態とらしく引き伸ばすことがある。気分屋なのかと言うところもある。
「剣術指南役魂魄 妖夢。推して参る。」
「そんな堅いもののつもりはないのだが。」
青年は右腕を振り妖夢の楼観剣を弾いていた。いきなりの突撃には困ったものだが青年は難なく反応して何も考えていないかのように振っているだけだった。
腰も力も入っていない覇気のない振り方なのだがそれがわざとらしくてたまらないのが癪にさわるらしい妖夢は少し口元を舌で舐めていた。