黒い雲が多く偶に白が混ざっている妙に気味の悪い雰囲気のあるこの法界というところで紫色の服装をしている青年はその先にある物を探そうとしていた。
青年は船から落ちないように取り付けられている柵のところへと近づくとその下には真っ赤な地面が続いていた。青年はジッ、とその様子を眺めているだけであるが何かを感じ取っているかのようだった。
「此処が魔界と呼ばれているところなのか。興味深い。」
何が言いたいのかはさておき船長も感心したようでその青年の言葉に聞き入っていて大きく相槌をしていた。青年はそれ以上は何も話そうとはしていないが何かを思い出しているように見えるのがナズーリンは不思議で仕方がなかったのだと思われる。
「ところで君は何か気になることでもあるのかい。」
「いや、特に何かあるわけではないが何もないと言うことでもない。」
青年は何処か落ち着いた物言いで静かに話を進めていた。ゆっくりと忍び込ませるかのような独特の雰囲気に飲まれそうになっているが二人は何とか堪える事にした。
「もうそろそろ主人が近づいてくる頃合いではあると思う。青年は失礼のないようにしてくれ。」
「分かっている。」
青年は船に取り付けられている柵にもたれかかると腕を組んでから俯いていた。この景色に見飽きたというよりかは何か違うところがあるようにも思える。
ナズーリンは少しだけ離れて甲板の真ん中でその主人と呼んでいる人を待つ事にするらしく船長も頃合いを見てから同じところへと向かっていた。青年は取り敢えず顔は拝んでみたいとふと思いなんとなくそして怠そうにナズーリンの元へと近寄る事にしたらしい。
何となく此処で待っていて下がないと感じたのだろうがそれにしては行動は遅いのでまるでこれからの事を読んでいたかのようだった。
「ナズーリン、どこから現れるんだ。」
「その内現れるさ。主人はうっかり屋だからもしかしたら変なところから現れるのかもしれないけど。」
「それは楽しみだな。」
青年は含みのある笑みをこぼすと其処からゆっくりと踵を返して元の位置へと戻っていた。それから何をするのかと思えばもう一度戻ってきている。
一体何がしたいのか、腫れ物を触るような二人の態度には一層の事気になるものではあるが青年はそのような事は気にしていなかった。青年は急に両腕を広げるとその目の前から来ているものを受け止めようとしていた。船長からも真正面のところであるが何か来ているということしか分からなかった。
そして青年はそれを完璧に見極めて自分の体重を使ってその前から来る物体のエネルギーをいなすと其処から転がすように甲板へと痛みのないようにしていた。
「本当にうっかり屋だな。船体に穴が空いていたのかもしれない。」
「主人はいつもそうしているよ。うっかりだからね。」
ナズーリンは少し笑みをこぼすが主人を痛めつけている事には変わりないのではないのかと青年は思っていた。何処かのメイドよりかは忠誠心は低そうに思える。
そんな事を軽く考えていたら後ろの方から呻き声が聞こえてきた。その声の主はナズーリンの言うには主人の物であるのは間違いないらしい。
「イタタ、私はどうしていつもこのようになるのでしょう。」
その人は顔を上げて青年の方を見ていた。虎のような黒と金色を混じり合っている髪型で頭上には蓮のような髪飾りがしてある。
天女のような白い衣をまとっていているが今はペチャリとしていてその威厳というのはまるでない。この人がナズーリンの言う主人である事には間違いないらしいが見当違いだったらしく唇を突き出した表現の難しい表情をしている。
「怪我はないだろうか。」
青年は近くに寄ってから片膝をついて話しかけていた。確かに投げた本人ではあるのでこうするのは当たり前かと思われるがその速さは一級品とも言える。
「はい、木片が刺さる事を考えると痛くないです。」
青年は思わず微笑をしてしまい、微妙な空気になってしまったと思われるが別にその事は気にしなくても良いらしい。その人は元気よく起き上がると槍の杖代わりかのように扱って立っている以外は普通そうな印象がある。その服装は虎柄の腰巻を巻きつけていて赤色の服の下には白の着物のようなものを着込んでいる。腰巻の下にはオレンジ色の布が使われていていて黒い平べったい靴を履いていた。
「うっかり屋さんのようだな。」
「ええ、見知らぬ方にそう言われるとそうなのでしょう。」
その人はただ弱々しく話しているが何か違う雰囲気のある人ではあると青年は感じていた。何か幸福感を与えてくれそうな気がするのでご利益のあるお方であるのは間違いないのだろうと思えた。
「して、貴方の名前はなんという。」
その人は急に慌てているのが妙に気になるが青年はその事は言及はしなかった。ゆっくりと落ち着くまで待つ事にした。
「寅丸 星と申します。毘沙門天の化身です。」
その言葉を聞いた瞬間に青年の目の色が変わったように思えた。
「神なのか。これは有り難いものなんだな。」
「そうなんですよ。」
軽く笑っているので此処までのことは気にしていないようなのだが気の小さいように思える寅丸が妙に青年のペースに乗せられているように思えるのは後ろで見ていた二人は気になっていた。だが助け舟は出せなさそうなので何も手は打つ事はしなさそうだ。
「して、何か急いで此処に向かっていたのだが何かあったのか。」
「いえ、そのような事はありませんよ。」
「宝塔か。」
青年はボソリと寅丸にしか聞こえない声で話していた。その事に寅丸は驚いて目を丸くしたままにしていたが後はナズーリンから聞け、と青年が言うので何も言うことが出来ずにポンポンと進んでいく事柄に飲み込まれそうになりつつある。青年はそれだけを伝えると甲板の上に寝転がっているので何か別の空気感が流れているように思えた。
それこそ神の子なのか、と思えるほどその存在感は大きくなっていた。それとも悪魔の子として忌み嫌われていく存在へとなっていくのか。