青年放浪記   作:mZu

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第209話

石の擦れる音、その中から川の声が聞こえていてそれ以外の音は風に流れる木の葉の音とお互いの息遣いぐらいだろうか。それぐらいの小さな波動の流れを感じる事で青年はその場に立っていた。

 

その前では青い髪を風に揺らして今にも飛び込んできそうな体勢で今か、今かと待ち続ける猛者がいた。それ故に青年もその場からは迂闊に動くような事はできなかった。

 

「やっと、乗ってきてくれたわね。」

 

「天子、勘違いはするな。惨めに思える。」

青年は鋭い目つきであるが気合が入っているわけではない。その逆であり、やりたくないから来づらくしているだけである。青年もまだ本調子というわけではない。体を無理に動かしただけなので何も言えないのだが。

 

「知らないわ。構えているだけで私は宣戦布告と感じるんだからね。」

 

「勝手にしろ。」

左脚を前へと出して河原の石を踏みつける。グリュ、と地面をえぐる音と言うのか靴の裏と石が擦れる、そんな音がした。青年は剣の先を揺らして明確に何処にするかは何も決めていなかった。

 

いや、決められるわけがなかった。愚直な天子の剣だがそれをそのまま受け止められるほど柔らかいものでもない。青年は素早く左肩を守るように切っ先を下へと向けると天子の振る剣の下へと潜った。

 

下から押し上げてから通り抜けると背後を取り体を反転させて力の入っていない一撃を与える。だがそれは当たる事はなかった。緋想の剣が天子の背中を守るようになっていた。

 

その上を滑らせた青年はとんとん、と足裏で地面を蹴り上げながら後ろへと退がった。そんなに綺麗行くわけでもない。青年は仕方がない事だと思っていた。

 

逆手に持ち始めた右腕とは裏腹に左腕で小刀を懐から取り出した青年は間合いの違う二つの剣を使い始めた。緋想の剣よりも短い青年の剣、そしてそれよりも短いので一見不利のように思えた。だが何かしら青年の考えがあるのでもしかすると不利のように偽装された必殺となり得るのかも知れない。

 

そこから青年は一歩だけで間合いを詰めると右腕を左斜め前へと伸ばすと手が首を内側に捻って切っ先を大きく動かすと右脚で押し出した体に捻りを加えて左腕に力を込めると遠心力を用いて素早く振った。しかし天子には意外にもさらりと避けられてしまった。

 

最初の一撃は当たらなかった。それは青年も読めていた。それだけなので別に良かったのがその先の一撃にはまさかの展開をされた。後ろへと退いた天子が足元にあった石に躓いてしまった。

 

その拍子に尻餅をついてしまったのである。ここで勝負がつくのなら良かったのだが青年も勢いが転けた天子に足を持っていかれる形で前転していた。その受け身を取るのに精一杯になっていた。

 

「怪我はないか。」

 

「私を誰だと思っているのよ。高貴な天人よ。人間風情に心配されるほど弱くはないわ。」

 

「そう思うなら話しかけないでくれないか。」

青年は河原にある石に片膝をつける感じで天子とは会話していた。無駄な力を入れていたので思ったよりも左腕へのダメージがそこそこあるのだが許容範囲だった。

 

それよりも棘でもあったかのような背中の痛みがあった。少し悩みを持ったようだが気にするだけ無駄となるのだろうと思ったらしくその場では何もしなかった。

 

「なら私の近くに近寄らないことね。」

 

「それならもし近くにいても話しかけない事を強くお勧めする。」

 

「そんなの詰まらないわ。」

尻餅をついたままの天人がそのままの体勢で少し怒っているかのようにしていた。それだけではないはずと半信半疑になっていた青年は何かまた別のことを思っていた。

 

「面倒な話だ。」

すぱっ、と切り捨てる青年に何処か変な気分になっている天子は素早く立ち上がり反転してから青年と向き合った。立場の逆転したのだが青年はのろりのろりと身体を起こすと背中を猫背にさせていた。

 

そして右腕を中段で首筋を狙うようにして左腕は逆手に小刀を持って左足でビートを刻んでいる。二人の側には川が流れている。陽の光を照らし返すようでキラキラとしているがその深さは知るような事はなかった。何か潜んでいるのは確かだが腰ぐらいなのかそれとも埋まるのか、考えても無駄だった。

 

「さぁ、行くわよ。」

ゆっくりと現れた注連縄のついた要石という天子特有の能力によって生み出されたものは回転を加えられて青年の元へと来ていた。

 

黒い刀身に何らかの線を浮かび上がらせた青年はその回転を触れるだけで止めた。極限の中で生み出されるその技は偉大なる力とその代償の元で生み出されていた。

 

青年の足元に落ちてから消え去る。天子はさらりと終わらせたので唖然としていた。天子が弱いということでは決してない、しかしそう思わされるほどの場面のその目で見ていたのでそれを信じる他なかった。

 

「こうなったらやってやるわ。」

天子は周りの何かを吸い込んでいた。そして青く染まった緋想の剣を天使は青年へと振るい出した。対して青年は冷静にその剣を受け止めた。右手の力は抜いてあり天子は早くも体勢を崩された。その隙を狙って青年は動き出したが要石によりその手は阻まれてしまった。

 

大きく飛び込んで距離を開けた天子は青年の一撃を浴びる。しかし殺傷する為の一撃ではなかった。峰打ち、これは殺し合いではなく勝負である。

 

その点は弁えていた青年だが向こうの方がそれを分かっていなかった。

 

天子は口角を上げると青年に対して後ろから不意打ちを仕掛けた。回転などはかけずに純粋に要石を動かしただけだった。それに青年は気づかなかった、いや音もなく忍び込むその影に気づけるはずはなかった。背中を押し出された青年は天子の上を飛び越えて河原の石の上を転がっていた。

 

しかし単純に転がっているだけではなかった。片膝をついて戦闘は続行できることを示していた。そしてその目に宿るものを見た時には天子も驚いていた。電気でも纏っているかのように全身をピリピリとしていてそれでいて氷のような冷たい瞳をしていた。そして月のように静かに周りを照らしていた。何が始まるのかはどうかは分からないが不穏な空気は流れていた。

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