黒い髪の青年は森の中を歩いていた。妖怪の居るはずの森なので警戒していると思うのだが来るなら来るで抵抗もしなさそうな気の抜けた表情をしていた。
逆に襲いづらい風貌をしているがそれでもやって来る人はやってくる。
木の陰からいきなり出てきたその妖怪は持ち前の傘を持って出てきていた。
「オドロケー。」
成功したと思われるがその幻想は首筋に当たるその金属のような冷たさのあるものが当たっていた。
「ヒャーー!」
「驚かせるならこれぐらいはしてみたらどうだ。」
後ろに居たのは先程驚かせようとしていた青年であった。どうやらこの人は驚かせる人を間違えてしまったらしくどうすれば良いのかさえ分かっていなさそうだった。
「そうだね。分かったよ。私は多々良 小傘だよ。」
「名乗る名はない。それではまた会おう。」
青年はそれだけ答えた。名などなく語るものもないので仕方がないのだがあまりにも素っ気ないので小傘は聞いてしまった。
「何処に行くのよ。」
「命蓮寺と言うところだ。」
青年は歩きながら答えていた。もう構っている時間もないのだろうか。本人に聞いてみないとそれは分かったものではない。
「私も行こうかな。」
小傘はそう言うが青年は振り返る事もなく答えていた。一種の興味というのかそう言う事なのだろう。
「そうか。それは構わないがやる事はないだろう。」
「そうなの。まぁ、良いかな。」
小傘は大きな傘を畳んで右腕に持ってから青年の近くへと寄って来た。青年は気にすることもなくその先へと向かっていた。
何もないようだが確かにこの先には灯籠が立ち並んでいる、その事だけはもう分かりきっているような事だった。青年は小傘が居ようと居まいとその事は関係なかった。前へと進んでいく青年に無言で歩いて付いていく小傘はある事を考えていた。それは先ほど言われていたこと。
「して、小傘はここら辺では有名な妖怪ではあるのか。」
「う、ううん。そうでもないと思うよ。」
「そうか。」
内心では焦っているような気もするがそれを表には出さなかった小傘は再度挑戦することにした。もう辞めてしまってもいいように感じるがそれが出来ないのが小傘の悪戯好きが出ているせいなのかもしれない。青年の足音で掻き消された小傘の足から発せられる音は自分でも聞こえるような事はなかった。これなら、いける。そう確信した。
「オドロケー!」
「もうそろそろ命蓮寺に着く。しばし待っていてくれ。」
青年は小傘の後ろに立っていた。そして左肩に手のひらを乗せているのがその温かみからよく伝わる。小傘はここでやめておくことにした。そうでもしないとこちらが持たない。心臓の鼓動がバクバクと鳴り響いていてもう制御が効かなさそうになっている。必死に抑え込む小傘が気がついた頃には目の前に建物が建っていた。
「此処が命蓮寺だ。ここの住職に用があるのだが通してはもらえるか。」
青年はいつの間にか出していた白い紙で包まれている棒を口に咥えていた。それを上下に動かして会話をし始める。小傘はどれだけ非効率的であるのかは見ていればよく分かっていた。それこそ多少だが音が潰れていて何を話しているかサッパリという感じになっている。
「おはよーございます。挨拶は心のオアシスですよ。」
「おはよう。それでは通ることにしよう。」
青年は何の気もなしにその中へと入っていった。その中には大きな建物が目の前に現れた。小傘はそれだけで驚いていた。