幾日かは経っていると思われる。いや、幾月かもしれない。
その日というのは正に異変として大きな問題が起こりそうなそんな淀んだ黒っぽい泥のような雲をしている。朝の光がまだ出ていない坐禅をするその瞬間だった。良からぬ風の流れに住職に付き添う形で命蓮寺の縁側を歩いていた青年はふと足を止めた。住職である聖 白蓮は止まった足音を不安に思い後ろを振り向く。
「何か問題はございますか?」
聖はその潜ませた悪意のあるような声で青年に話している。青年はその事を気にしていないかのように腕を組みながらまた別の方を向いていた。それこそまるで関係のない事であった。
「そうか。そうだったのか。」
青年は何かを閃いたように一人でブツブツと話していた。誰に話しかけているのかはまた別の事として側にいる聖でさえも何も聞こえないほどの大きさで声を出している。
青年は何か自分で解決したのかその場で踵を返すと聖を急かす感じでずんずんと歩いていく。それは悪意か或いは何とも言えない達成感という虚偽かは全く読み解けなかった。聖は首輪を強引に引っ張られる犬の気持ちでいつもの場所へと近づく。
「では、始めましょう。」
聖は線香を焚いて心地よい香りを出しながら坐禅の体勢を作り目を半分だけ開いて己の内に聞いていた。別にそれだけで済まされるという話でもない。
己の手足の感覚を感じ、鼓動を感じて針のような鋭い痛みを伴う北風を感じながら体を震わせてその場で忍耐をしていた。
手足は冬の寒さで痺れて足も動かせないような状態でも己の内なる声は聞いている青年はその声に真正面から受け止めていた。
「頼る事もなくなったか。」
「俺には皆がいるから。それで良い。」
「ならば迷う事も何もあるまい。」
「そうかもしれん。だが俺は俺であるのは忘れない。」
自分の心の中の自分はヘラヘラと笑っていた。
「甘いな。」
それだけを残してその後は無音の中で線香のいい香りを鼻で感じながら手足の感覚が薄れていくのを感じ、ザラザラとした舌触りを感じて何か苦い味を感じていた。
そしてふと蘇るようなその気に青年は内なる声に問い質す。しかし、返答というのは全く返ってこなかった。それとも答えはもう見つけているというのが正しいのか。
青年は聖から終わりを告げられたので目を大きく見開いてゆっくりとした動きで立ち上がった。無表情で目の前を見つめる青年は左足を立ててから力を入れて立ち上がりその足で聖の後をついていく。
もう日は昇っていて朝は通り過ぎたように思える。腹の空き具合はある程度コントロールできるらしく食欲にまみれているわけでもなさそうだった。
「今日は粥です。」
今日の当番には住職である聖らしくそのように話してから何処かへ消えてしまった。青年はこのまま食卓に座るのも良いが何故か気に入らないように感じたので廊下の掃除でもしようかと思っていた。
桶に水を入れて布を入れてから手で固く絞って水気を落とすと全身を使って素早く廊下を走り回っていた。その音は聞こえているのだろう。
中に居る住人も手伝いを始めて食事の支度をする頃にはもう終わっていた。後は掃き掃除を残すのみ。住職は驚きながらも質素な精進料理を振る舞う。
青年は素早く食事を済ませるとその場からは離れた。この命蓮寺には裏側に人里や他の人のための墓地がある。それを磨くのが青年の昼間の修行ということになる。青年はいつも通り桶と布を持ち、腰には双剣を携えていて針と小刀を持ち合わせていた。
青年はその事だけは譲るつもりはなく聖との口競り合いの後に寺の境内では本来武器を持つことは禁止しているが青年の方の意見では決まった。その代わり墓地の掃除という事である。青年はその事はとても嬉しく感じている様子で今日も足取り軽く向かうわけである。
だが今回はまた違う雰囲気を感じて青年は足取り軽やかに歩き進めていた。右手には桶を入れて左手で柄を舐め回す青年に水色の髪をしている小さな少女はしがみついた。その赤と青の瞳をした少女の目には少なからず涙の一粒があった。
ウルウルとしたその目に青年は目を奪われる、そして同時に何が行なわれていたのかを推測するようにその目を見ていた。
「どうした?」
青年は聞いた。右膝を地面につけて桶を地面に置いた青年の目の前には大きな傘を持っていて一つ目の赤い大きな舌の付いた紫色の物。そして水色に染められた衣服でスカートの部分に白の零したような横に広がる模様をしている。最近寺の墓地で青年で脅かす練習をしている多々良 小傘は驚かせる為にしているようには見えないので青年は何も言わずに立ち上がった。
「この先に見たことのない妖怪がいたから退治しようとしたけど何も効果がなかったの。」
「そうか。様子は見てみよう。案内を頼めるか。」
青年は促すような素振りで小傘の肩を叩くと先に歩かせてから青年はその場に桶を置いて小傘の横をついて行くことにした。青年は右腰に携えている剣の柄を弄びながら何処から現れてもいいように準備をして警戒を怠るような事はなかった。
「その人ね、とても硬いの。まるで岩山を叩いているように反応がないから何とかしてよ。」
小傘は青年を頼る。それだけの信頼があるのかはどうかは知らないが一目で剣筋を首元に通されては認めるしかない。青年も別にそこまでするようなつもりはなかったが何となくの気分である。反省はしていない、と思われる。
「そうか。他に特徴はあるか。」
「額に札があるんだよ。それ以外は何か特徴的なものはないかな。」
小傘は青年の質問に普通に答えた。それだけであるのだが何か関係あるように思えた青年は少しだけ考えに落ちることにした。小傘は青年のそのフラついた足に注目を向けたが別にぬかるんでいるわけでないので不思議に感じていた。
「そうか。断定は難しそうだが何となく仙人か鬼か妖怪の可能性が高いだろう。注意は怠るつもりはない。」
青年は平たく薄いその言葉のような吐息を吐いていた。小傘はその様子が怖くなってそれからは口を開けるような事はない。
それから青年は歩いて行く、その方向は小傘の道案内で方角を狂わされるが命蓮寺の裏側へと来ていた。其処には小さな洞穴のような場所があり何か人が立っている。両腕を前に伸ばしていて青白い死人のような肌で青い寒色系の色の帽子と髪で上は赤色でスカートでは同じ色となっていた。
靴は履いているが道士のような見慣れないものである。それだけであるが青年は一度立ち止まっていた。ここで待っていた欲しいと口には出さないが小傘は感じ取ったらしくその場に止まると青年は音も出ないナイフを投げるような素振りを見せていた。
途中で手から離れるようなことはあっても一部かのように付き添うその小刀を青年は追いかけるようにしてその人の背後を取った。首筋に冷たい吐息を当てる青年だが相手からの反応はなかった。