懐かしいという言葉が一番似合うのかもしれない。
神霊が此処にいる方に導かれたのと同じくある女性の霊はあらぬ事かここまで来てしまったのである。
その人は緑色の服装をしていてそれよりは薄い色をした同じ色のボサボサとした髪型をしていて頭には黒い烏帽子をかぶった貴族のような風格のある人だった。
だが、その人に足というものは存在しているようには見えないので此処に生きている者ではないことをその目で確認することができる。
対してその人の侵入にも気づくこともなく剣の手入れをしていた青年は上からのその声には驚くしかなかった。
「お前は此処に何をしにきた。」
「特に何もない。だが、今は人待ちをしている。」
表にはその様なそぶりは見せないが確実に驚く場面である。
目の前には宙に浮いた足のない女性がいるにもかかわらず平然とした態度で何も取り乱すこともなくその場で立ち続けるのでその人は妖怪の類であるか同類だろうと考えたらしい。
「太子様の導きを受けたのか。」
「いや、自分の足で来た。」
「そうか。随分と力を蓄えている様だが何を聞きたいんだ。」
「いや、何も。強いて言うなら連れてくるらしいからその人に会うくらいだ。」
「お前も霊の類であろう。何か悩みが具現化した者なのか。」
「いや、普通の人間だ。事の流れでこうなってしまった。」
あっさりと答える青年にその人はキョトンとした表情を見せるしかなかったので何か話す様なことはなかった。
青年はおもむろに剣を鞘の中に納めるとどこから取り出したのかわからない布と針を取り出すと何か作業をし始めた。その様子を傍観しようとするが一切何をしているのかはわからないので一層の事放置しようと考え始めていた。
「して、貴方はどの様な要件で此処に来たんだ。」
「今更な質問だな。まぁ、答えてやらんこともない。」
「そうか。」
青年は適当に相槌を打った。
「そもそも此処に眠っている方は様々な悩みを抱えている人の話を聞いて導くことができる。十人の話を一切に聞くことができる逸話を持っている素晴らしいお方だ。」
「それで何か悩みでもあるのか。」
「いや、話す義理はないだろう。」
その人は目を細めて少し小馬鹿にする様に答える。
「いや、そうでもないかもしれない。」
「それは。」
ヒョッコリと後ろから現れた白い玉は正しく神霊そのものである。その近くに来ても離れようとしないのがある意味では驚きの種である事に場違いないだろう。
「神霊らしいが懐かれた。悩みがどうやって剥がそうか考えているくらいだ。半人半霊というのはもう見飽きている。」
そういう問題ではないと感じるがそれが通じるならこうならないだろうとその人は感じた。
「私は蘇我 屠自古。聞き覚えのある名であるか。」
「いや、人の名前には興味がない。」
青年は平然とその様に答えた。ある種では今までに会ったことのない様な人であるらしく屠自古は立場を逆転させていた。
「そこまで驚く事でもないだろう。」
「そうだな。そうなるとお前の名前は無いということか。」
屠自古は恐る恐る言葉を出してみるが青年は最後まで口を挟むことなく聞いていた。その点では普通の印象を受ける。二極した何かの持ち主である様だが何が何だかそれは全く分からない。
「そうだ。別に決まった名は持っていない。それに此処はその事には寛容だ。色んな人に付けてもらうのが一番いい。」
「千四百年前には無かった概念だな。」
「そんな昔から命を受けていたか。長い人生だ。」
「お前ほど濃い人生ではない。もしかするとお前の方が経験量は多いかもしれないな。」
屠自古は悪態をついた感じで話している。青年はその全てを受け止めていた。
ある意味では優しい父親の様な感じである。
「そうか。その事には興味はない。皆等しく生きていたのであれば等しく経験はあるだろう。」
「それでこんな辺鄙な場所で誰を待っている。」
「それは知らない。」
「知らない?だと。」
屠自古はその青年のその辺答の内容にまた驚いているらしい。そうでもしないとこうならないと思われる。
「そうだ。会わせたい人がいるとそれだけしか聞いていない。」
「ふぬ、誰かは知らんが私も待っている事にしよう。何かの縁だ。」
「好きにしろ。」
青年は軽く答えていた。まるで何もなかったかの様にしているが本当は何かあったはずだ。確実に何かあったと思われるがそれを表に見せる様なことはないので屠自古は仕方がなくその場にいる事にした。
青年もその事は気にするようなことはなく各々の時間を過ごしていた。青年が屠自古に話しかけるようなことはないがその逆もなかった。
二人のそのままある人が現れるまで待つ事にした。