金色の髪をしてレイピアのような七星剣の構え方をしている神子。
対して黒い刀身の切っ先を下に向けて冷静にこの状況を見つめている青年。
この二人は一歩も動くようなことはなかったがそれ以上に動けそうにない他の二人はその場で二人の状況を眺めるしかなかった。
「布都、この場からは逃げていなさい。」
神子は後ろにいるはずのその人に話しかけていた。目だけを向けて視線で伝えるがそれだけ目の前の人から目を話すことができない事を示していた。
お互いが牽制し全くもって行動を起こせないようにしていた。軽く動いたら負けると暗示しているかのように微動だにしないので屠自古は自主的に遠くへと離れることにした。
「神子、貴方の流派は知らないが腕が立つのは見てわかる。」
「お褒めの言葉として受け取っておきます。それでは参りましょう。」
「そうか。」
青年は短い言葉で牽制し神子はそこでピタリと行動をやめた。そうしないといけない理由はないがそうせざる理由はある。
青年は不意に歩き始める。まるで死人のさまようそれであるが神子は確実に距離を開けてから何かし始めようとしていた。
神子は不意に距離を詰める。
青年はとっさの判断で剣先を止める。
右脚を突き出して地面を踏みしめるその足音だけが金属の擦れる音の後に聞こえてくる。
青年は顔色一つ変えずに神子の一撃を受け止めていた。それだけ素早かった、ということはないが外れると大惨事であるのには変わりない。
「肝を冷やされる。」
青年は自分の剣で神子の七星剣を弾くと素早く武器を変えていた。取り出したるは小刀。黒い刀身は同じだが10尺という長さであり今までのものとは間合いが異なるものだった。
「それはありがたき言葉。」
「だがまだ足りない。」
「何と。君はまだまだご所望ということか。」
「そうだ。」
青年は怒気を含めたような物言いで事を進めていく。その言い草にはさすがの神子も立腹したと思われる。
神子は七星剣を持ち直してから構え直して確実に青年の額を狙っていた。
青年も同じく両手に持ち合わせている小刀を地面に向けて自然体で相手の攻撃を待っていることにしたらしい。
青年が今度は走り出した。
小刀は神子の肩を狙うように振り下ろす。
神子は瞬時に反応して後ろへと下がると七星剣で突いた。
金属音が鳴り響く。
「見えていなかったか。」
「君はどこでそれを覚えたのか。」
「反撃を考えているのはいつもの事。造作もない。」
「そうかい。」
神子はそこで会話を辞めてしまった。もう分かっていたのかそれとも集中を切らせるために行ったものであるのかは見ている限りでは一切分からない。
青年は小刀の持ち方を逆転させる。
それから前へと走り出して左腕を前へと突き出した。
ボクシングのような拳の突き出し方で冷静に針の穴を通すかのような一撃。
そこが敢えていうなら悪かった。
神子はすんなりと避けると七星剣で青年の顔を貫こうとする。がら空きとなっていた顔に来ているその一撃に右腕を合わせることは難しかった。
青年は顔を背けて何とか避けてから引かせないようにした。軽い拘束を行う。
「やりますね。」
神子は苦言を呈していた。
青年は七星剣を歯で咥えて抜かせないようにしていた。それから目だけを神子の方に向けて威嚇をしている。何ともならなくなった両者はその場からは動けなかった。
抑止し合った結果、大きく行動を起こすことができなくなったのか青年は口を動かすことが出来ず、神子は右腕を動かすことは出来なかった。
青年が口の力を抜くと小刀で軽く切りつける動作をしてから後ろへと二歩下がった。
石畳に擦れる急ぎ足の音が辺りには響いていた。それ以外の音はお互いの息遣いか後は風の音だけだろうか。
元々密閉されている空間なので洞穴の入り口から入ってくる風ぐらいしか響くものはなかった。
固唾を呑む二人の間で青年は小刀を手の内で振り回す。その動きには何も意味がないのだが巧みであるのは確かで好きというものは生まれるようなことはなさそうに思える。遊びのつもりがいつの間にか達者になっていたことも考えるとそういう事だろう。
対して神子は仕方がないのでその場で立ち止まり青年の手の中が暴れるのを止めるまで待ち続けてみることにした。七星剣を振り回して対抗する愚行に走らないのは神子が聖なる人物として崇められているからなのかそもそもそのような事に使わないつもりなのかどちらかと言うのは分からない。兎に角今は時間稼ぎされているとしても攻撃を仕掛けるようなことはできなかった。
「恐れか、それとも慢心か。」
青年は文字通り急に話しかけた。それに律儀に応えようとする神子だがその必要はなかった。青年の左手が自分の右肩の方へと運ばれると一気に元の位置へと戻った。
それが命取りであるのは後で分かった。
神子は右肩に言い知れぬ痛みを感じて左手の内でその場所を抑える。その場所から温かい体熱程度の物が出ていた。急いで神子は手を覗く。
「やりますね。」
神子は素直に答えていた。
「掠ったのは課題点だ。」
対して青年は冷静に状況と現状だけを見つめていた。夢など見ることはなくただ現実の問題点だけを観察していた。視野の狭いといえばそれまでだろうがそうではないのは見ていてよく分かる。
「それでも良くぞ。」
「俺が惨めになるからやめろ。」
「そうですか。では辞めておきましょう。それで君は此処にこのために来たのだろうか。」
一旦休憩を取りたいのか此処で話を始めた神子。青年は追い詰めることはなくただただ牙をちらつかせるだけで襲いかかるようなことはなかった。それがどうした、と言いたいかもしれないが青年はぐっ、と堪えていた。
「別に。俺に何か目的があって何処かに行くわけではない。足に任せて着いたところで何をしようか考えるだけだ。茶を飲んでみたり、勉学に励んでみたり、体を鍛えてみたりするだけでしかない。今の瞬間も俺が望んだ。」
「そうですか。君は本当に欲望に忠実であるようだ。確かにそのようにしか見えない。正に放浪しているよ、当てもなく今日生きる場もなくその場を行き来して一日を過ごす。偽善的だと感じる事はないだろうか。」
神子のその発言に青年は眉を細めた。
「善も悪も俺には存在しない。故に本物か偽物かなど語る必要はない。」
「厄介だよ。君のような人間は見たことがない。そしてここまでどのような人生を送っていたのかとても気になるよ。」
「そうか。人の事はあまり掘り返さないことをお勧めする。例えば俺が聖人と呼ばれているあなたのことについて何も質問したりしないようにな。」
青年はそう話す。確かに一度この出生について質問をしている事はなかった。それはいち早く本人が気がついた。
「確かに。別に聞いた事はなかった。何か自分が掘り返されたくないことでもあるのかな。」
「人の技量は見ただけでは予測でしかない。聞くに値しなかった。」
「君は余程人の事に興味がないと見えた。自分がして欲しいことしか話したり行動したりしないのだろう。その傲慢はやがて身を滅ぼすことになるだろう。」
神子の言葉はごもっともであると示すかのように力強く首を縦に降る青年。それを見て素直であるように感じた神子は相手からの言葉を待つことにした。それぐらいの心の余裕はまだある。
「もう身は滅ぼされているだろう。順番が逆転している。」
「そうだね。そういう事にしておこう。」
神子は七星剣を構えていた。もう準備は整ったらしい。青年は手の中で収めていた小刀をしっかりと持つといきなり走り出した。勝負がこれで決まるだろうか。