風に揺れている竹の葉の音とその下を歩いている様な地面の擦れた音がこの今の状況を支配していた。
影狼と別れた後で本来の目的地である永遠亭へと向かおうとしている青い着物を着た下半身にズボンの様なものを着用した青年は何か考えている様にも意識がある様にも見えない力の抜けた歩き方をしていた。しっかりと意識はあるがその様に見えるのはもう仕方がないことだと思われる。
だが影狼のところまで長い距離を歩いてきたらしくどうやら本当に迷子となっている青年は適当な道まで来てある事を思いついた。それは本来あまり使うべきでは無いのだが致し方がないと思われる。迷いの竹林の本気を見た青年は平衡感覚も左右の感覚を狂い始めてしまいもう何ともならなくなったのだ。理由はそれだけでは無いが青年は剣を抜いてこの場を脱するの事だけを考えていた。
青年は何となくだが風の吹き荒れる嵐の様なものを思い浮かべていた。そしてそのマントを纏う様な感じで思い浮かべるとそれを念じることにした。久しくやっていないと言うことと一回変に高い威力で使用した事があるので変なトラウマとなっている。だが今はそんな事を考えている暇もなければやってみるしか無いと言うのはよくある。
青年の着ていた衣服が上方向へと揺れ始めていた。それに合わせて黒髪が揺れている。そして体が浮き上がるような感覚と平衡感覚を失われていく様な感覚を同時に受けていた青年は足を少しだけ動かして倒れない様に耐える事でゆっくりと動かしていた。そして放心状態となる。何も考えることなく感覚で手足を動かしながら少しずつ浮かび上がらせる。そこからはもう早かった。翼の様なものが生えた様で竹の林の中を通り抜けていく。風を切るような音とそれに共鳴するように竹の葉が揺れているだけで誰も何も邪魔するような事はなかった。
いつのまにか建物のある前へとたどり着いていた。白い壁がその先に何があるのかを予想させせてくれる。青年は一通りどこら辺に来たのかを把握しながら周りを確認していた。先ほどのように急に暗闇から襲い掛かってくるようなこともあるので周りには細心の注意を払っておく必要がある。
兎に角木製の白い壁よりは高い所を目指す。此処からは何となく見えるがそれだけで何か成果があると言うわけでもないので青年は走る様に足を動かしていた。そして何となく辿り着いた木製の門の前で一息ついた青年は何の抵抗もなく入っていく。
此処は竹林の奥地にある永遠亭と言う屋敷だ。蓬莱山 輝夜とその従者が居住している場所でどうやら診療所として使える様に改築したらしくどの様に変わったのか見に来たと言う事である。そのついでにどの様な薬剤を作製しているのか気になったと言う所だろう。
敷地の中はあいも変わらず何かものが増えていると言うことではなかった。池がありその奥に竹が生えていて浮かんでいる三日月がその隙間から見え隠れしているだけで前と変わりはなかった。そしてどうやら緑色の葉が生えているものがあるがどの様な植物であるかは青年は分からなかった。唯一の変わったところはそこぐらいだと思われる。
「あまり変わり映えはしないのか。地上のウサギ。」
「あらら、いつから気付いていたのかな。」
「さてな。」
「まぁ、良いさ。今日は何の用で来たのかな。」
「別に言う必要もない。いや、言わなくても分かるだろう。」
「危害を加えようとしていないのだけは分かっている。此処は壊さないでほしい。」
「分かっている。」
そして後ろに居た何かはどこかへと行ってしまった。その人の姿は分からないがどうやら地上のウサギの中では一番の長寿であり青年とは比べ物にはならないほど生きている妖怪の兎だ。何年生きているのか知らないがきっとそうなのだろう。
特に青年は気にする事なく永遠亭の中を歩いて入っていく。いつも通り直角に曲がった建て方なのだがこまめに木の柱が付いていた。見た目的には単純に襖が続いていただけなのだが余りそうではなくなったらしい。どうやら個室になったのかそんな予想を立てながら縁側へと足を踏み入れた。特に汚い所はなくて何となく布で掃除はされているが意味があるのかと言われると埃を落とすぐらいしか意味はないと思われる。きっと此処で一番働いているウサギがしているのだろうと青年は考えていた。
兎に角奥に進むことにした青年はいつも通り永琳のいる部屋の襖を開けた。今日はどうやら簡単に開いたが中には何か特別なものはなく布団と箪笥の様な物入れがあるだけで他に何かある様な事はなかった。本当なら此処で永琳が薬剤の材料の調合をしている。天才故に特に使用をして様子を見ることをしなくても扱えるのだがきっと人里での評判はいいのだと思われる。咲夜からもその様な事は聞かない。
青年は部屋の中に入ってもぬけの殻となっている場所へと入る。その場所は何の変哲のない場所であるが青年は何か違うと悟ったらしい。
「別次元か。さて、どうするか。」
青年はそれだけを呟いた。別にそれを言う必要はないのだがそうしないと自分の中で整理がつかないのだと思われる。兎に角ラチがあかないのでまた別の人を探してみることにした。それは此処の屋敷の主人である蓬莱山 輝夜だ。此処で何をしているかは分からないが楽しそうな生活というのはしていないと思われる。青年の勝手な予想だが。
踵を返してこの部屋から出ると襖を丁寧に閉めてからまた別の部屋へと向かっていた。確か食卓のある場所であると思う部屋の襖を開ける。
「今日は要らないと言ったはずよ。あら、違う人ね。いらっしゃい、竹林さん。」
綺麗な墨のような黒髪をした床についているほどの長さをした女性で薄いピンク色の服装をしていて赤いスカートには竹の模様が施されていた。その人がこの屋敷の主人であるがあまりその様には見えないと言うのか。何とも気の抜けた感じを覚えるがそれが罠だと思われる。青年は特に気にしないが実際には結構な実力を有している。
「来てしまった。あまり顔を出すつもりはなかったが。」
青年はあまり好ましくなさそうに話していた。わざとなのであるがそう軽口を言い合えるだけの中であると言うことだ。
「何よ、その言い方。これでも私が輝夜であることを忘れているんじゃないのかしら。」
「して、永琳はどこにいるんだ。」
「話は聞きなさい。」
輝夜はいつも通り無視されたのでそこで終わらせる事にしたのかそれ以上は何もそのことで話すような事はなかった。青年はそのつもりらしく襖を開けたその場所で立ち止まってそれ以上は入るつもりはないらしい。
「その事は置いておこう。無駄な時間を過ごすことになる。種が違うことも考慮してほしい。」
青年はそれだけを話しているが話はそれだけではないと言うことを言いたそうな輝夜だが目的が大きく違うので聞く耳を持たなさそうと感じたのか話すような事はなかった。
「分かったわよ。それなら隣に居るはずだけど貴方のその様子では結界でも張られたようね。解除してあげるから付いて来なさい。」
輝夜は重たい腰を上げて青年の横を通り過ぎる。その後ろ姿は美しく天皇が惚れた理由も分からなくもないと言うのが青年の感想だった。そして多くの男性に貢がれていたがその全てを断ったのも青年は知っていた。
「助かる。少し話したい事があったからな。」
「その後で私にも付き合いなさいよ。」
輝夜は悔しそうな声で青年に指を指していた。指名された青年はそれを無かったことにしようとしたのか無視しているがあまり得策ではないのは青年も知っている。
「して此処は診療所として使われているのか。」
青年はその様に言う。一切話しを聞いているようには見えないがそれが青年というものでありそれに付き添うのが輝夜と言うことである。
「私の相手もしなさいよ。」
輝夜は自分の能力を使って須臾を操って青年の背中へと乗ってくる。女性としての武器を利用するが一切興味のない青年はそのまま背負っていくことにした。逃げることも出来なった輝夜はそのまま背負われる事にした。
「ここで合っているのか。」
先ほど居た部屋の隣であるが此処は前は空き部屋となっていた。そこがどの様になっているのかは青年は知らないが住人である輝夜が知らないはずがなかった。
「合っているわよ。」
輝夜は青年の背中から襖を開けようと手を伸ばす。それを感じ取って青年もそれを手伝う様に一歩前へと進む。そして触れた指先から襖を開ける輝夜と一緒にその中へと入り込んだ青年は目の前に居た人に一礼だけしていた。
その人は銀色の髪で三つ編みにしたものを後ろへと流していた。白い十字架のある看護師のような青い帽子をかぶっていて赤と青のツートーンカラーの衣服を上下で左右逆で着用していた。スカートの丈は長くそこには星座の様なものが描かれているが興味のない青年には何があるのかは分からなかった。恐らく十二星座のものなのだろう。
「貴方は笑いを取ろうとしているのかしら。」
八意 永琳という輝夜の従者で大抵のことは何でもできる天才と呼ぶべき人物である。今は製薬の技術で色んな人を救ってもらおうと青年が無理やりにやらせているが本人は満更でもなさそうなので別に気にする様な事はないと思われる。
「いや、何故かこうなっているだけだ。」
青年は簡素に答えるだけでそれ以上は答える様な事はなかった。
「姫様、今は席を外してください。」
永琳は姫に対して深々と一礼していた。無礼なのを承知であるがなぜそうさせるのかは青年にはよく分からなかった。
「青年に言ってちょうだい。何も出来ないのよ。」
輝夜はその本人の上で必死に抗議しているが手が緩まる事はないと思われる。今そうすればどうなるかは分かったものではない。不老不死であるが怪我をしないと言うことではないので打ち所が悪いとどうなるのかは分からない。
「姫、先ずは落ち着け。行動するのはそれからだ。」
青年は素早く切り返して伝えていた。永琳が何を伝えたいのかは知らないが青年は何となく重要な事を話したいと思ったので輝夜を半ば強引に追い出すことにした。
「分かったわよ。」
輝夜が大人しくなってから青年の背中から降りた。それから踵を返してその部屋から出て襖をゆっくりと音を立てない様に慎重に閉めていた。そしてこの部屋の中には永琳と青年の二人だけとなっていた。
「して鈴仙はどうした。」
青年は聞いていた。
「此処には貴方を探す様に命令しているわ。そして帰ってこない様にとも。それだけ話したいことがあるのよ。」
永琳は差し迫った表情をしているが青年には何をしたいのかは分かっていない。それにしても鈴仙を使ってまでそうさせる意味は分からないが青年は取り敢えずそれまでして伝えたいことがあるのだろうと解釈することにした。
「それは何だ。」
青年はそれだけを聞いていた。ふざける事は許されないと永琳の目がそう伝えているので青年は直球で話を聞くことにした。
「何か脅威が差し迫っているのだけれど何か心当たりはないかしら。」
永琳は青年に聞いていた。今更それを聞く理由はわからないが永琳がそうなる理由があるのだろうと青年は感じて珍しく真剣に聞くことにした。
「何もない。そもそも何があるのかも分からない。」
「幻想郷には多くの外からやってくるものがあるわ。妖怪に食べられてその生涯を終える者、博麗神社まで辿り着いてなんとか脱出する者、でも貴方みたいに此処に居残る人は居ないのよ。何か企んでいる事はないかしら。」
「何か企んだところで何になる。俺一人で何が出来る。」
「少なくとも人は動かせるでしょう。」
永琳は何か含みのある発言をしていた。青年もそれに答える様にしていた。
「そうか。それで何をすると思う。」
「私には分からないわ。でも何か嫌な事が起こりそうなのよ。それだけがどうしても拭い切れないから聞いているのよ。」
「必死だな、永琳。貴方の頭は所詮その程度なのか。」
「今日の所はもういいわ。貴方の言い分もないと言うわけでもなさそうね。頭を冷やしたいから一人にさせて頂戴。それと入ってこない事よ。」
永琳はそれだけを青年に伝えていた。その青年は何かを感じ取って踵を返すと襖を開けていた。そしてそこで待ち構えていた人に覆い被さられる様になって連れ去られていくのを永琳はいつもの椅子に座りながら眺めていた。永琳の不安というのはどこで現れるのか。