今日は晴天だった。
川の流れる音や木の葉が風に揺れる音があってその中で風切り音だけが響いていた。
白い着物ようなものを着ているだけの青年は特に洒落た格好もしたりせずに妖怪の山の中で剣を振っていた。
別に紅魔館の門の前でも出来るだが時間的な制約があるのでそれを気にすることなく行える場所へと移動してきた。それが此処と言うわけで何か特別な理由というのも何もないのだが一つだけあるとすればある人の教えを請うているからだとしか言えない。
前にパチュリーに半ば強引に図書館から追い出された後にお世話になっている人物で主に剣術の指南をしてもらっている。その人は白髪の人物で赤い山伏の帽子をかぶっていて白い耳のある人物。モコモコとした上と独立した袖をしている服装で黒色のスカートに赤い色の紅葉の模様をしている。そして赤い紅葉が付けられた白い盾を左腕に持っている。
「椛、如何だろうか。」
「癖が酷いですね。何ともしてあげられそうにありません。」
椛と呼ばれた哨戒天狗は長細い目で青年を見ていた。その理由は簡単に言えば型にはまっていないのでどのように伝えるといいのか分からないと言うことである。
「そうか。やはり難しいのか。矯正しておく必要があると思っていたのだが難しいと言うことか。」
青年は少し残念そうな顔をしながら椛の言うことを素直に聞いていた。この人には敵わない点が多いので抜かせるようになるまではこのままなのだろう。師の教えは必ず守る、それが青年の最低限の規則である。
「いえ、整っていて何も教えることがないのですよ。」
「それはどう言う意味だ。」
「それはこちらが聞きたいです。何をしてましたか。」
「特に何もしていない。」
「一心に振り続けていて一切の乱れがありません。癖が酷いのは前から変わりませんが。」
「そうか。俺はどうすれば良い。」
「それは知りません。」
手を振って首を傾げる椛に青年も同じような格好をし始めるので此処にいる誰もが同じような事になっていた。とは言え、二人しか居ないので絶対にそうなる。
「ならこう剣を交えてみると俺はよく分かるかもしれん。どうする。」
青年は右腕で持っていた剣を下げていた。そしてどちらでも良いように準備だけは始めていた。椛は流石に困っているようで目線を明らかに逸らした。本来は職務の途中であるのであまりその様な事は受け付けないのだが言い分として一理あると考えたのだと思われる。
「良いでしょう。」
椛は片膝を立てて座っていた石から降りると自分の腰に携えていた剣を引き抜こうとしていたが青年の方が早かった。左腰から投げつけるように抜いた剣は椛の右腕で捕らえられていた。
「これは何の真似ですか。」
椛は本気の状態になり掛けていたのでその心がけのままに低い声で答えていた。そして馴染まない剣を握ってどうしたいのか相手の主張を聞こうとしていた。
「ちょっとしたハンデだ。別に扱えない訳でもない。」
青年は右腕に持っていた剣を肩の上に乗せると椛の方を向いて楽しそうに笑っていた。椛もその誘いに乗るらしく一度握った柄から手を離すと青年から渡された剣を握ることにした。
「思ったよりも重たい物なんですね。」
椛は戦いの前の軽口程度にそう伝える。鉄よりかは重たい川の近くに落ちていたものを拾い集めて香霖によって作られた黒い刀身の剣なので仕方がない所ではある。青年はその旨を伝えると共に魔法という概念を教えてみることにした。
「何か出したい物があるなら念じてみると良い。もしかしたら出せるかもしれない。」
「それは遠慮しておきましょう。自分の剣には自信がありますので。」
「そうか。」
腰を低く構えて突き刺すような持ち方をしている椛とそのままの姿勢で身が肩に乗せたままで左足を前に出している青年はお互いの目を見ていた。いつ来るか、どのように来るのかを知るのはその機会しかない。
別にお互いがどの様な剣筋をしているのかはすぐに分かる。椛に関しては見飽きるほどに青年の剣は見ているのでもしかすると青年の方が圧倒的に不利になるかもしれない。それを無くすための青年の策だろうが吉と出るか凶と出るのかはまだ分からない。
椛が右足を大きな音を立てて一歩前に出していた。それで怯ませようとしたが逆に青年も右足を地面に滑らせて間合いを詰めようとしていた。そして見つめ合い緊張感が高まる中で何か感じたのか青年は不意に構え方を変えた。切っ先を地面の方に向けて右腕と左腕の力をできるだけ取り除く。そこから直立姿勢のように脚を一本にまとめる。
その隙を突いた椛は左脚を前に出して下から突き上げるような動きで剣を移動させる。青年は持っている剣の刀身で受け止めると自分の右側へと弾いていた。そこから変に間合いを開け始める。勝負する気があるのかもよく分からない。闘気と言うものを感じられないのが一番の特徴とも言える青年の戦法は大抵の人を迷わせるが椛は絶対にぶれない。昔から哨戒天狗として妖怪の山から追い出すようにしているので昔からの癖というのが一番強いのだと思う。
「辞めようか。」
青年は先ほどの一撃で何かを悟ったのか元気のない声で椛に停戦を提示していた。だがそれが通用するような相手でもないのは言わなくてもわかる。
「斬り捨てますよ。」
恐ろしく低い声で威圧をかけるような声をしていた。だが弱点などはつく事なく真っ当な剣であるのでそこで振るなどはしない。
「知ってる。」
青年はわざとそう言ったようだった。ブレないのはよくわかっている。それ故に試したくなったのが本心となるのだろうがそれは青年は知らない。
「なら言わない事です。本当なら斬り伏せますからね。」
多少の優しさのあるうちはこのように軽口で終わらせる事ができる。その程度で良いのだが本当はまだあるのだから恐ろしいものである。
それだけ言うと椛は襲いかかるように剣を振るう。飛び上がり上から斬り伏せるように振る。
その軌道は確実に青年の首筋を狙っていた。
青年はそれを感じて後ろへと一歩だけ下がる。
椛はそこまではよく分かっていた。だからこそ次なる一撃を見舞う。
左側へと移動していた剣を突き刺そうと動かしていた。それに青年は反応して右脚を後ろにして半身になりながら避けると脚の力を抜いていた。
刹那、その青年の剣に重たい一撃を見舞われた。
それに合わせて青年は受け身をとっていた。もう知っていたかのようで傷一つ付けるようなことはできなかった。
「やってられないな。」
「種族が違いますから仕方がないですよ。」
椛はそれで慈悲を見せてくれるほど天使というわけではなかった。
一気に距離を詰めてきた。
地面を蹴り出して青年との間合いを詰めてきた。
青年はそれに答えるようにしていた。
椛の一撃は確実に手を痛めつけるほどの威力を持ち合わせていて青年には一つ受けるだけでも生死を分けるほどの選択をしていた。
青年は軽く飛んでから右腕をしならせる様にして振る。
そして青年は地面に転がりんでいていた。
地面に青年が着地する前に二つの金属が擦れる音が聞こえていた。
「やりますね。」
椛は吐き捨てるように言っていた。冷徹な鬼となっている剣士は優位な位置に立っていた。
「勝てるか分からなくなった。」
青年は急に弱音をぼやき始めたがその顔は絶望には満ちていなかった。それどころか童のような満面の笑みをこぼしていて言葉が嘘かのようだった。
「私の剣は四天王とも並びます。」
「そうだった。」
青年はそれだけ言うと立ち上がって軽く衣服についた泥などを払い落としていた。多少の汚れはあるのだろうがその事は今は気にしないほうがいい。生と死を分ける一撃が続いている極限の緊張感のある一戦ではそこを気をつける程余裕というのは存在しない。
青年はゆっくりと歩き始めていた。その速さはいつも通りの歩く速度と同じで特に間合いというのを考えていないかのようだった。逆に考えているようには見えなかった。
椛は剣を振るう。
青年はそれに合わせて剣を右腕で運ぶとそれを受け止めていた。
金属音が鳴り響いている。それ程までに硬い素材なので仕方がないと思われる。
青年は変に力んだ表情をして椛の剣を受け止めていた。
両手で持ち始めた剣でさえ押されかかっていて非常に危ない状況になっていた。何が起こっているかは分からないがその事だけは言える。
そして青年は片手を離して刀身の刃紋の上で止めながら力を与えてあげるようにすると下へと潜り込んでいた。
椛の持っていた剣はストッパーを失って体の体勢を崩していた。
青年は地面に足を滑らせながら胸元から取り出していた小刀を使って下から突き上げていた。
椛の持っていた盾に当たった。
そして青年の剣はまた別の方向へと曲げられてしまった。
体勢を崩しているところでそれが通用すると言うことなく水泡と成り果てた青年の行動の隙を椛は突いた。
青年を潰すように振り下ろされた剣はその人の頭の上で止められた。
青年は間一髪のところで地面に剣を突き刺しながら地面に転がり込むようにして何とかしていた。
椛は内側へと軌道を変えられてその方向へと前転した隙に青年は地面を転がって起き上がる。
腰を低く構えていた青年は目を鋭くさせていた。それがどのようになるのかは分からないがそうしていた。
青年は走り出す。研ぎ澄まされたその勘に任せるように何も考えていない。
青年の剣は椛の首筋を狙うように鋭く振り下ろされていた。
それを椛は盾で受け止める。少しでもずれたら斬られるような状況だが椛は右腕を振るう。
その先に居る青年は小刀で受け止めるとその勢いに任せて後ろへ退がっていた。
そして青年は剣を振り上げて椛を斬ろうとしていた。
椛は剣を受け止めようとしていたがそれはフェイントだった。
青年は直前で止まるとその場で回転して回転の勢いを乗せた一撃を浴びせようとしている。
だが、椛も分かっていないというわけではなかった。瞬時に感じると剣を振った勢いで自分を回して左腕に持っている盾で青年の剣を受け止める。
椛の方が純粋な力が強いので押しつぶされる形で青年の剣は弾かれて地面へと押し付けられた。
青年もまだ終わっていなかった。
瞬時の事であるが左腕に持っていた小刀を逆手持ちから変えて突き刺そうとするがそれを椛は防いだ。
青年は瞬時に防御に徹したが純粋な力では確実に負けるので右腕に持っていた剣と同じく地面に叩きつけられた。
小刀を手放した青年は悟っていた。
地面に背中から叩きつけられた青年。
椛は渾身の一撃を放ちこの勝負を終えた。
青年は地面に転がっていたが何か込み上げてくるのが激しくむせていた。椛の剣は確実に鳩尾のところを狙っていた。小刀で致命傷にはならなかったがこの状態ではなんとも出来そうになかった。気分の悪いそうにしていた青年は左腕で胸を擦り付けていた。
椛は特に何かしようとはせずに青年の様子を静観していた。
これは勝負なので情けをかけるわけにもいかないがこのまま斬るのもまた違うので何もしないと言う事であるらしい。
「降参する。」
青年はやっとの事で負けを認めていた。それまで話せなかったから仕方がないのだがそれほどの力を持っているので通用する部分はあるのだと思われる。
「分かりました。」
椛は静かに答えて借りていた剣を青年に渡していた。青年は受け取ると左腰に携えている鯉口に剣を納めてからゆっくりと自分の握っていた剣を納める。右膝を立てて左腕で後ろへと倒れこむのを防ぐような体制をしていた。
「少し休憩がしたい。川の近くにしよう。」
「分かりました。体調の方は如何ですか。」
「俺の失態だ。気にするな。」
「手加減が出来なかったものですから。」
椛はそれだけ言っていた。冷たいと言うわけではない。如何したらいいのかは分からないからだ。
「そうか。やっとこの程度なのか。」
青年は仕方がなさそうにしているが確かな確信はあるのだと思われる。