雛と椛を満足させて一人で歩いていく土に汚れた白い着物を着た黒髪の青年。その人は椛に勧められたままに妖怪の山の道を越えていき裏側へと進んでいく。
「それでここがその場所になるのか。」
青年は少しだけ迷っているかのように一人で誰にも聞かれないように呟いた。元々聞ける人が周りにいるわけではないのでどれだけ大きかろうと問題はないだろうがそう声を荒げるような事はしないので呟く程度ということだ。
青年は山道を下っていてそれらしき道へと進むと一人でその賑わいを見せる道へと突き進んだ。
前にも見たことのあるような屋台が立ち並ぶその道を仕方がなく歩いていく。別に目的があるわけでもないのだが冗談で言ってみたところあるらしいので行ってみることにした。何か買い出しや欲しいものがあるというわけでもないので行き当たりバッタリで生きてみることにした。青年は大抵そんな生き方をしている。考えてもいなければ何か思っている事もなくやる時はやるが諦めれば素早い。
「兄さん、ひとつ食べていくか。」
屋台の受け持っている人から話しかけられて青年は立ち止まってから首だけを向けていた。屋台には底の浅い木箱が置かれていて色取り豊かなものが置かれている。
「幾らだ。」
青年は聞いた。他にも聞く事はあるのだろうがそれだけしか聞かなかった。
「一切れ二枚でどうだ。」
屋台の人はそう答えた。青年は準備する間にあることを聞いていた。
「してこれはどのようなものだ。」
「寿司っていう食べ物らしい。最近幻想入りした代物だ。あまり売上が良いわけではないがこれから売れるだろう。」
「そうか。だが何か混ぜ込んでいるだけのようだが理由があるのか?」
青年は聞いていた。ご馳走として認知している青年はこのようなものではなかったはずだと思っていた。ご飯は丸っこいものでその上に切り身が乗せられている。そのはずだと思っているのだがどうやら違うらしい。
「実は魚を使用するものなのだが此処ではそこまで多くは取れないからな。仕方がないから山菜を混ぜて押し込んでいるものを寿司として扱っている。本物ではないが許してくれ。」
その人はそのように言うが別に食べられたらそれで良い青年はこう新しいものを見ていて一口ぐらいは食べてみても良いかもしれないと思った。そんな訳で屋台の人に二枚渡した。
「こんなに良いのかい。」
「宵越しの金は持たない主義だ。それに来たばかりで使い方はよく知らない。運が良かったと思って持っていけ。」
青年は大きい方のものを渡したらしく屋台の人は非常に驚いていた。そもそも見た目ではそのようなものを持っているとは思わなかったのだろう。何が起こったのか一切分からないように目をパチクリとしていた。
「兄さん、それはいけない。せめて食べてからそうしてくれ。」
屋台の人がやっと正気を戻した時には青年は山菜の混ぜられた押し寿司を食していた。もちもちとした食感にお酢の味がするさっぱりとしたもので爽やかな気分になれる食べ物だった。青年は口一杯に寿司を押し込んで大きく動かしている。しばらくは話せないようなので屋台の人は待つことにした。
「美味しい。」
青年は口一杯に入れていたものを飲み込んでから笑みをこぼしていた。いろんなものを食べている青年だがまた新しいものがあると感心したようである。
「それは良かったぜ。どうだい、もう一つぐらい持っていても。」
「そうか。ではもうひとつ。」
青年は素早く手に取るとまた違う種類のものを取っていた。金額の面は気にする必要はない。既にそれ以上を払っているので屋台の人も気にするような事はない。
「どうだ、美味いか?」
「美味しい。して一つ提案を聞いてはくれないか。」
青年は満足したのかそれ以上は取るような事はしなかった。
「何だ?」
屋台の人は期待の込めて青年の言葉に乗っかる。
「食べてもらいたい人がいるから持ち帰りたい。」
「何人に渡したい。」
「少し待て。数える。」
指を折って数え終えるのを待っている屋台の人は次の為の仕込みを始めていた。酢をあらかじめ入れておいたご飯を作る為の木箱の中に入れて上から蓋のようなものを押し込んでいる。
「五人だ。」
少し考えていたのかタイミングを見計らっていたのか青年は仕込みを一通り終えてから話し始めた。屋台の人は青年の声に素早く振り向いた。
「二つずつ持ってけ。先に払ってもらっているからな。」
屋台の人は今作っていた木箱を青年に渡した。もしかしたらあらかじめ用意しているだけだったのかもしれない。
「このままの状態で一日待ってくれ。そうしたら食べ頃になるだろうさ。」
「そうか。有難く頂戴する。」
青年は少しだけ戸惑っていたが縄できつく縛られている木箱を受け取ると手に持ってさらにその先へと向かった。その先には何があるのかは分からないが青年は楽しみにしながら奥へと進む事にした。
「また来てくれよ。」
屋台の人はこの時は気づいていなかった。青年に渡し過ぎていることを。
満足気に道を歩く青年は更に奥へと進むことにした。別に食べても食べなくても良かった青年だがそこそこ満足しているので何か雑貨はないか探していた。
屋台は多く立ち並ぶが食べ物ばかりで困りかけていた青年は仕方がなく誰かに話しかけられようとも軽く会話をして通り過ぎる事にした。もうこれ以上食べようとも思わない。それが青年が今思っている事だった。
「兄さん、お疲れのようだね。」
「そうだな。」
青年は道端に座り込んでいた人に話しかけられた。どうやら食い倒れてしまったようで見るからにきつそうな表情はしている。
「誰かに持っていくのかい。」
酢の香りがする木箱のことを言っているのだろう。青年はそう思った。
「世話になっている人に渡そうと思っている。」
青年はすんなり答えた。疲れているもの同士似ているものがあるのだと思う。
「そうかい。そりゃ、良い事だ。」
「何かされたのか。」
「おうよ、微妙に高いものを買わされて困っている。」
「何も使う事はできないものなのか。」
「俺は絶対に使わない代物だよ。」
その人は諦めたようにそう言っていた。
「見せてくれないか。」
「持っていくなよ。」
「触らないからそこは気にすることではない。」
青年は一言断ってからそう言った。
「女性物のかんざしなんだ。俺は絶対に使わないし送る相手もいない。買った以上は捨てるわけにもいかない。さて、どうしたものか。」
「無理な提案かもしれないが俺が買う事にしよう。最低限送る相手はいる。」
「それは本当かい。助かるよ。」
その人は嬉しそうにしていた。そもそもどうしてそのようなものを買おうとしたのかは青年も理解できない。
「してどうして買ってしまったのだろうか。」
「簡単な話、断れなかったんだ。軽く脅されてしまって買わざるを得なかった。」
その人は青年の質問に怯えるように答える。本人はそのようなつもりはなかったのだが聞いてしまったものは仕方がない。
「そうか。それは災難だったな。」
「有難うな。蜘蛛の糸のような存在だよ。」
「その例えは分からんが良い風に捉えておく事にしよう。」
「兄さん、もう持ってけよ。」
「支払っているのだろう。良いのか。」
「良いさ。良い人に会えたからそれで良いよ。謝礼だと思って持っていってくれ。」
「そうか。貰うことにしよう。」
青年は日本のかんざしを受け取っていた。豪華なものではないが綺麗な白い菊の花を付けているもので何故か二本も渡された。如何使うかは別として青年はしっかりと握りしめて更に奥へと進んだ。