白い衣服を身に纏った青年は薄暗い場所へと踏み入れた。
昼や夜という時間の概念は無いようで別世界かのような場所だが道から続いているのできっと幻想郷だと思われる。
青年はその場で一服しようと懐から箱を取り出すと剣を抜いて素早く火を付けると唇に咥えて紫煙を口の中に含ませていた。それから特にやる事もないのか水場の近くに座り込むことにした。
波立つような事もなく風も起こるような感じがしない音のない世界でただ水仙が咲き並んでいるだけの周りは開けた閉鎖的な空間だった。一体此処がどのような場所なのかは知らない青年は兎に角誰かに聞いてみることにした。
だが誰も来るような事はないので一層の事泳いでみようかと考えていた。一見深いわけでもないので疲れたら足をつけて休憩するのも良いと思ったが向こう岸が見えない以上は無駄な事はしないほうがいいと思われる。青年は座りながら煙草の煙を吹かせて意識のないような表情をしながらボッーとした時間を過ごしていた。別にやるような事もなく何処なのかも分からなければそうなるのだろう。危機感のない青年は余計にそうなってしまうものである。
何処から音が聞こえているのを感じとった時には目を閉じて仮眠を取るかのような格好をしていた青年はハッとして目覚めていた。
そして何が音を出しているのかを探していると前の方から水を切る音がしていた。何かの乗り物を利用しているのだろうが誰が乗っているのかは分からなかった。通り過ぎる訳でもなさそうなので青年は待つ事にしていた。
「おや?生者がここに居るようだね。迷ったかい。」
舟の上には赤い髪で両方にトンボを付けている長身の女性が乗っていた。青色の着物で半袖の姿をしている。そして必要のない鎌を持っている。
「小町か、知り合いの死神とは思わなかったよ。」
青年は特に驚きもせずに紫煙を口から吐いていた。まるで気にしていないようなので向こうもその事は何も言わなかった。
「まさか死にたいなんて言わないだろうね。」
小町は舟から降りて青年の近くまで歩いていた。
「まだ時期が早い。」
青年はすぐに答えていた。あまり状況が理解できていないようであるが小町がいる時点で大抵分かると思う。
「何が目的で此処まで来ていた。」
「何もない。ただ妖怪の山の裏側に道があるのを見つけたからそのまま道順に歩いてきたら此処まで来ていた。不思議な事もあるものだ。」
微妙に違うがそれらしいことを話している青年。小町は相槌を打つだけで深くは考えていないようだった。
「お気楽だね。此処は三途の川だよ。」
小町は呆れたように話していた。目的もなく歩いているのは知っているがまさかここまでとは思っていなかったのだろう。青年はその言葉には流石に驚くのだろうと思っていたがまた別のことを話していた。
「そうするとこの川を泳げば映姫に会えるのか。」
青年は楽しそうに言っていた。
「確かに会えるだろうけど泳いでいくのはお勧めしない。いくら泳ぎが得意だろうと引きずり込まれるだろうね。」
小町は注意を促していた。三途の川には地獄の使者がいる。その人から守る為に小町は毎日のように船を漕いで死んでしまった魂を運んでいるという事だ。偶にサボって青年とばったりある屋台で会ったりするが重要な仕事をしているのは言うまでもない。
「ならいくら渡せば渡してもらえる。」
青年は冗談半分に言っていた。渡る気もないし渡らせようとするならどんな手段を使っても逃げるつもりだ。別に負けるような事もないだろう。
「その身体と他の人の記憶を貰おうか。誰も何も忘れるだろうけどそうでもしないと渡るような事はできないよ。」
小町はそれだけ答える。青年がそう質問した理由は如何であれ渡る気はさらさらないという事は理解している。
「そうか。映姫に会うのにも難しいものなのだな。」
青年はそれだけを言ってから立ち上がると踵を返して歩いていく。
「また会って時は宜しく頼むよ。今は仕事中だからどうしても低い声でしか話せなくてね。四季様にも少しぐらいは話してみると良い。」
小町は別に返事がなくても良いと思っていた。青年に一応伝えておくつもりなのだろう。
「分かっている。俺にはまだ早いところだから今日のところは帰ることにする。また会おう。」
青年はそう言ってから来た道を戻ろうとしている。
「中有の道のぼったくりには気をつけな。私から言えるのはそれぐらいだよ。」
「そうか。していつぐらいに仕事は終わる。」
「さて、いつになるやら。」
「そうか。」
青年は其処で満足したのか一言も話す事なく帰っていく事にした。今日のところは早く帰って行く事にしようと決めた青年だがいつも通り夜遅くになっているのは言うまでもない。