戸を叩く音がする。
「どうぞ。」
其処で横になっていた人は中に入るように促した。
「咲夜さん、怪我の方は無事ですか?」
美鈴は少し寂しそうにしていた。昨日の敵が手伝いをしている事を言う必要がある。それが昨日はお嬢様を狙っていた賊なのであった。
「ええ、貴方の処置が上手かったのね。」
咲夜は少しだけ微笑むながら沈んでいる美鈴を励まそうとしている。昔の仲である二人はこういう所は一蓮託生と呼べる関係だった。それだけの信頼を裏切ろうとしていることに心を痛めていた。
「実は話したい事が、あるんです。」
美鈴は言葉を詰まらせた。やはりそれだけ気にしていたのだろうか。咲夜にも少なからず伝わっていた。
「良いわ、何でも話しなさい。」
咲夜はそんな顔をするのを見ていたくないのだろうか優しく聞いていた。四肢に怪我を負わされて安静にしている咲夜は何もする事も出来なかった。多少なら歩く事も可能かもしれないが。
「実は今、紅魔館で私と一緒にメイドの仕事をしている人がいるんです。」
美鈴はもう隠す事はしなかった。話さないとけないそれだけが美鈴の心を締め付けていた。
「誰か入れたの?」
咲夜はその美鈴の態度から何か不味いものを入れた事は察していた。それでも聞こうと覚悟は決まっていた。
「昨日、三人が入ってきたのは覚えていますか?その中の男性の方です。」
咲夜は目を見開いた。どうしてもお嬢様の命を狙った賊を此処に入れたのか。それを問いただしかったがそれはやめておいた。あまりにも可哀想だから。そして自分が倒れなければそんな奴の手を借りることはなかった。そう思うと責める気にもなれなかった。
「どうして、何か言うと思った?」
「仕方がないわ。そうしないと何ともならなかったんでしょう。」
咲夜は何かを悟ったかのように目を閉じていた。美鈴はこの穏やかな表情を初めて見たように思えた。
「どうしてそんな風に考えたんですか?」
美鈴はどうしても不思議でならなかった。それはあれほどお嬢様を第一にしていた咲夜さんがこう軽々しく投げ捨てた、それに近いような言葉を放つ。美鈴には何があったのか分からなかった。
「あの人は冷静に考えてみれば、嫌々連れて来られていたわ。それでも戦闘が好きなのか私と戦って、私が倒された。必然だったのよ。」
咲夜はどこにも焦点が合っていなかった。滲んだ風景が辺りを包んでいた。そして音が聞こえなくなった。頬を伝う水がある時に気がついた。自分が、自分が。
「咲夜さん、一人抱え込まないでください。私が居るんですから。」
美鈴は思わず咲夜を抱き寄せた。そして優しく抱擁していた。咲夜は何をされたのか分からないような顔をしていた。そしてこの状況を許容して自分を許して自分を認めた。
「懐かしい感覚だわ。美鈴に昔はこうされていたわね。」
咲夜が流す涙の量は変わらなかった。それでも涙に含まれていた感情は既に変わっていた。
山から日が地面を照らす。青年は既に起きていた。そんな暗い中から真っ直ぐに満遍なく照らす太陽を見てから青年は中へと入っていた。怠そうに歩いている様はやる気がないように思えるが妖精が辺りを飛び回っていた。
妖精は子供らしくいたずらが好きなため、好き放題に暴れ回る。しかもこの朝早くの時間から。多分この時間には誰も起きていないのだろう。
そんな様子を青年は見ていた。知らない顔だと思われる青年に妖精は話しかけた。
「お兄さん、一緒に遊ぼうよ。」
青年は沢山の妖精に囲まれていた。あらゆる所から服や手を引っ張られて対応が出来なくなっていた。青年はどうしようもなくなる。
「ところで、どうしてこの時間に遊んでいるんだ。」
青年はとにかく話を聞いてみないと始まらないと思った。妖精が遊ぶ事が好きなのを知らない青年にとっては一昨日の様子とは似合わないと考えたのだろう。
「私たちね、昼にもこっそりと遊んでいるんだ。」
「いつもメイドに怒られるからこの時間に遊んでいるんだ。」
「仕事をしたくないんだ。」
妖精が言っていることを青年が沢山の言葉を聞き分けて何とか大体の人に合うにした結果、このようになった。
つまりは仕事がつまらなくて昼に遊んでいるけど怒られるからこの時間に遊んでいる。そういう事らしい。
「仕事はそんなにつまらないのか。」
青年は妖精たちにどのような事がつまらないかを聞き出した。多くの文句の中で青年が気になったのが中で暮らしている事だった。
此処にはあまり窓というものがない。何処まで行っても壁が続く。しかも紅と蝋燭以外は無数に部屋があるだけで他は何もない。楽しくはないか。青年はその事を念頭に置きながら美鈴に相談してみようとしていた。
「よし、ちょっと話をしてくる。」
青年は煙草を咥えてやはり怠そうに歩いた。青年は広間の隅で壁を背にして軽く寝ていたのだが、妖精が騒がしくしているので眠る事が出来なかったらしい。それで怠そうなのだ。
「面倒ですね。」
美鈴は青年の提言を聞いてみたのだが、少し考えていた。急な提言なので困ったものではあるが、それはさほど問題とは思っていなかった。門番が勝手に判断しても良いのだろうか、その事が一番な問題だった。
「だが、それで仕事効率が上がるのなら願ったり叶ったりだ。」
青年は最後の一押しとばかりに話を進める。美鈴はやはり困った顔をしていた。
「してみるだけしてみましょう。どうなるか分かりませんが。」
「よし、早速行こう。」
青年は少しだけ笑ってから美鈴を連れて広間へと向かった。
「咲夜さんにも話をつけておきましょうか。」
美鈴は最後の頼みとばかりに名を出した。青年はしっかりとその事を聞いていた。その微妙な表情の変化も青年は見逃していなかった。
「発言するだけはしよう。俺は顔を見せないがその方が良いだろう。」
青年はその方が手っ取り早いと思っていた。メイド長に聞いてそれで了承を得られるならそれに越した事はない。青年は軽くそのように考えていた。最後まで気を抜くつもりはないが。
「そうですね。私が交渉してみることにします。」
美鈴としては新人に先を越されるのは良くないのだろう。せめて一矢報いたい、そう感じていた。
「任せる。」
青年は煙草を咥えながら事の行く末を見定めるらしい。美鈴としては青年の言う通りになるのかどうか、その事が不安でしょうがなかった。