右脚で床を擦り何とかこれ以上転がるを防いだ青年。
その目が見つめるのはその先に居るはずの亡骸のような正邪。
青年は息を切らしながら床に座ると小刀と剣をすぐに取れるように置いていた。どういう意味合いなのかはさておき、後ろで見ているだけだった二人は不思議な事でしかなかった。その元凶というのは倒れていて目覚めそうにない。そして青年が急所を刺していたので何も問題がない程に完璧な退治をしていた。殺しと言うべきか。
「何を持ってそう思うのよ。」
赤い服を着ている博麗の巫女である博麗 霊夢は青年に対して聞く。言うまでもなく倒れているにも関わらず怯えているような表情をしていそうな声をあげた青年がどうにも不審でしかなかった。霊夢は青年の後ろから酷い剣幕で怒っているようだ。
「わらを切るような音がした。それだけだ。」
青年は簡素にそう答えた。ある意味では開き直っているようだが霊夢はその言葉に不思議に思っていた。
「わらを切るなんて何か仕込んでいた、と言う事?」
「確実ではないがそうだ。例えば人形とかで身代わりをしたとすればまだ生きている。」
「そうね。今度は私たちの番ね。」
霊夢は大きく開いた袖から札を出すと右手にはいつも通りお祓い棒を持っていた。白い大幣のついた博麗神社のもので多分神力が施されていると思われる。薄く赤く光り輝いているそれは青年が後ろにいても気付くものだった。
「本気なのか。そうか。着用している布には気をつけてくれ。まだ攻略法は分かっていない。」
青年は完全に座り込むと右腕で後ろに倒れないように支えていた。そして近くに剣を持つ事ができるようにされていた。今のところでは青年は参戦するつもりはないらしい。
「そうね。アンタが蹴りを入れていたところにすれば何とかなりそうよ。」
「そうか。それは頼もしい。」
青年はそれだけ答えると眠るように目を閉じた。霊夢はそれを起こさずに隣にいる魔法使いに声をかけた。
「行くわよ。早くしなさい。」
霊夢は黒い帽子をかぶっている金色の髪をしている少女に話しかけていた。その人は楽しそうに笑うと手に持っている箒に跨り宙を舞う。今回はいつも使っているこの人と言えばこの道具というものは持ってきていないが援護ならまだ何とかなると思う。
「おうよ。いっちょやってやるぜ。」
「いい気合いよ。」
温度差のある二人だがお互いのことは信頼している。青年はここに来る以前からの交流のある二人に何の邪魔も意味はない。どこまでも二人で行ってしまうのだろうがもう道は別れてしまっている。それだけはもう何も出来ない。
「霊夢、近接を頼む。」
「魔理沙に任せるつもりはないわよ。上から支援を頼むわ。当てるんじゃないわよ。」
霊夢は依然として冷たい声をしていたがそこには確かな愛があり青年は目を閉じて研ぎ澄まされた感覚からそのように感じていた。魔理沙としてもそのような事はする気はなく聞くまでもなかったと思われる。
「霊夢、右手に持っている小槌には気をつけろ。当たればお陀仏。そのぐらいの気持ちでいてくれ。」
青年は後ろでもう行こうとしていた二人を止めてそのように言った。言われなくても分かっていることを二人は話してふらふらと立ち上がり始めたその怪物に向けて走り出していた。
青年はもちろん動く事はない。そして懐から箱を出すと火を付けていた。
正邪は勿論無事と言う事ではなかった。だが、確かに身代わりとなってくれたわら人形はその場でバラバラと足元に散らばっていた。まともな人間ではない事を証明していたがそれで止まるほど意識が鮮明と言うわけでもない。
正邪は近づいてくる二人を見つけると走り出していた。そこにはもうフラフラとした弱そうなものはなくてしっかりとした足取りで小槌を振り下ろそうとしていた。左脚を突き出して右腕を上から下へと振り下ろす。
左腕で対抗するように投げた札。それは正邪の近くに寄ると身に纏っている布で弾かれて力を失い紙切れとしてその場に落ちてしまった。そして怯む事のない正邪を振っている小槌は確実に霊夢を捉えていた。
当たる、霊夢が瞬時に感じ取り、お祓い棒で受けようとした瞬間。
目の前で小さな爆発が数十回起きた。
それに正邪は足を止めて霊夢へと一撃も止めていた。霊夢でさえ何が起こったのか分かっていなかった。瞬時の事だ、全てを理解するには意外と苦労する。
「有難う、魔理沙。」
霊夢は上を向かずにそう言う。感謝の念を述べられた魔理沙も声は出さずに右手で親指だけを立てて上へと向けていた。
相手は想像以上に手強い事を知覚した霊夢。だが上にはまだ援護してくれる人がいるのでまだ何とかなっていた。
「ナゼ、ダ。」
片言でしか話す事のできなくなっていた正邪はもうその原型を留めていないと思われる。これから更にそれは進む事だろう。
霊夢はその事を危惧している。それは上で箒にまたがっている魔理沙も例外ではなくて何もかも無くなってしまったような感覚を覚えていると思われる。正直どうしたら良いかさえわからない。
偽物に飲まれた汚い貪欲を持った怪物はその力を望んだ代償というものであった。それは仕方がないものである。
霊夢は今までにない悪意のあるこの異変に一種の賭け事でもあるような感じがした。此処で止められなければいつか落ちる。勝てば此処で止められるので何とか救える事だろう。
「行くわよ。迷っている暇はないわ。」
霊夢は強い口調で怒っているようだったが単純に気合を入れただけなので魔理沙は木にする様子はなかった。強いて言えば気合を入れた事に驚いたというのか。その事である。
「早く行け。私は霊夢の援護しかしないぜ。」
魔理沙も霊夢のことは信じでいる。だからこそここまで命を賭けた場所へと来ても安心した表情をしていられる。楽しく行える。
「ワタシガカツ。」
霊夢は気合を入れた全てをつり上がらせた表情で怪物へと走りお祓い棒を振るう。青年の剣よりも軽い素材であるので身軽な動きを可能としている。
霊夢はまず一度止めた足からステップを踏むようにマントを纏っているところへと当てる。
もちろん弾かれるのだがそれも計算の内だった。油断を誘ったその一撃から霊夢は素早く切り替えして斜め上の怪物の顔面を突き刺した。
それは見事に当たったがそれで怯む訳もなく痛覚もないかのように小槌を振るう。
剣の唾と化したところで叩かれたが霊夢はお祓い棒の持ち方を逆手に持ち替えて何とか防ぐがその力は侮っていた。
後転して受け身を取った霊夢。その力には霊夢の姿勢が悪かったことも加味しても強力なものだった。神力を持ってしても此処までされる。
舌打ちをした霊夢に怪物は追加の攻撃を与える。魔理沙には背中を見せていたが魔理沙は何も出来なかった。霊夢の札が弾かれているので此処で何か自分がしても何も起こらないと理解していた。出来るだけ邪魔しないように魔理沙は行動をしていた。冷静な判断である。
クルクルとお祓い棒を回して順手にして怪物に大幣を向ける。怪物は小槌を振るって霊夢のお祓い棒を弾く。
自分のものを弾かれたが怪物の方が動きは早かった。
だが魔理沙に背後を譲っていたのはまずかった。
足元を狙った正確な一撃は怪物の体勢を大きく崩すのには丁度良かった。其処を霊夢はお祓い棒で叩いてから後方へと大きく飛び退く。
霊夢はアイコンタクトで魔理沙を称賛したが魔理沙は箒から落ちてしまった。通常であればそんな初心者のような過ちをすることはない魔理沙だが今回ばかりはそうとはいかなかったらしい。
霊夢は誰がしたかくらいは分かっている。目の前では全く効いていないような感じで立ち上がっていた怪物は魔理沙に対して小槌を向けていた。
「魔理沙、大丈夫、よね。」
霊夢は急な出来事に慌てていた。一体何が起こったのか動揺してしまったのかもしれない。
だが、怪物も合流させるのを阻止する。
霊夢の前に現れたのでお祓い棒を構えている。だが、そこから動くような事はなかった。時間稼ぎの様なものであった。魔理沙を出来るだけ苦しめさせるために行われている様だった。
魔理沙は横腹を抑えていた。その場所からポタポタと垂れているものが床を濡らしていた。赤い液体が徐々に広がりつつある。
霊夢はそれだけで何となく察した。一撃で戦闘不能まで陥れたのは怪物であるがもう容赦と言うものを見せていても仕方がなかった。
お祓い棒は手の中で舞う。
棒の先は怪物の方へと向かっていた。突き刺す様に動かしていたが叩き落とす様に小槌を振るわれていた。その返しとして小槌は霊夢の方へと向かっていた。魔理沙にもされたように突き刺されそうになった。
経験がないということでもない霊夢は札で自分自身を作ると間一髪で避けて返しとして大量の札を怪物を当てさせる。意味がないのはよく分かっているので霊夢は別に気にしているわけではないが無駄名札を使う事になった。その事だけは気にしている。
紙切れとして床に大量に落ちるということではなかった。
霊夢の方へと向かってくる札、簡単に言って絶命の可能性を秘めていた。
札を順番に叩き落とす霊夢だがあまりにもそこだけに気にしていた。
怪物の事をすっかり忘れていた霊夢は思わぬ一撃を受けていた。その場で膝をついていた霊夢に自分の投げた札が当たりに来る。
必死になって避けていた霊夢だが当たらない訳もなく転がされるようにされた霊夢だが流石の巫女だった。
「夢想封印。」
赤、青、白、緑、様々な色をした弾が無差別に向かっていく。そして視界を奪うような密度をしていてどのように良ければいいのか考え付いているうちに倒されそうなほどだった。
怪物の纏っているマントには弾かれるだけなので何も意味はない。一種の時間稼ぎでしかない博麗の最終奥義は虚しくもすぐに終わってしまった。これは撃つ本人の体力と精神力に比例する。勿論疲れていればその分時間というのは短い。最早どうしたらいいのかさえ分からなくなってしまったようなものであるが霊夢は諦めるわけにはいかなかった。
幻想郷を有事の時は守るべきである巫女がこれで倒れていては笑い者にされる。
霊夢はその想いから立ち上がり肩で息をしながらも力強い睨みを効かせた目付きをしていた。左肩はどうやら負傷したらしく動くような事はなかった。先程一撃を貰った時にどうやら其処に当たったらしい。
「シネ。」
「まだよ。」
霊夢は怪物の宣言を真っ向から否定した。
まだ倒れる事はできない。期待している人もいる。頼む事でもある。それを破る事は霊夢には出来なかった。
怪物は軽々しく小槌を振るう。一切のダメージを受けていないらしくまだ元気そうにしている怪物はトドメを刺そうと霊夢に対して攻撃を行う。
お祓い棒で弾かれるのでまだ何とかなるかもしれない。
霊夢は何も考えずにお祓い棒で小槌の一撃を受け止める。両者はお互いが持ち合わせている力によって弾かれる。霊夢の方がかなり弱ってきたらしくよろめいて後ろへと下がっていた。其処を怪物は狙う。
霊夢もまだやれるらしいが後、何回かだろう。
怪物の持っている小槌は新たなる獲物を仕留めようとしている。大きく振り下ろした小槌に霊夢はお祓い棒で受け止めるがその力には体が受け付けるような事はなかった。
ガタガタに震えた手足では致命傷にさせないだけが精一杯というものである。
尻餅をついて勢いに滑らされる自分の体を止めた霊夢だが更なる一撃は避けようもなかった。
死を覚悟して霊夢は目を閉じて諦めたような表情をしていた。それを容赦なく怪物は小槌でトドメをさす。
きっと油断していた。いや、忘れていた。
その剣が当たる前に誰かに止められた。
その人物は怪物の持っている本物の小槌を力を持っている道具のうち自分の身代わりとなってくれる効果を持つ道具を破壊した者だった。