青い空を上から眺めている様子の青年は服を風に当ててばたつかせていた。雲と同じぐらいの高さにあった城から怪物を引き摺り下ろした青年だがその下にいた人達のことを忘れていた。人里の中心地にあった城の下は多くの人の犠牲が出るかもしれない危険な場所だった。
怪物にこの高さなど関係ないのだろうか。青年はそう思えた。
小槌を振ってその先から伸びている黒いものを青年に当てようとしていた。それは伸縮自在のようで届かないと思っていた間合いだったが軽々しく行われた。青年も油断していた訳ではないが珍しく驚いたというのなら分からないわけでもない。
小槌を振ったその先についていたものを捉えて小刀で受け止める。踏ん張りの効かない空中では飛ばされるのが普通だが青年はそれを何とか堪えた。魔法で弾いたのだ。そして同時に日の元素を使った針で引き離しておいた。まだ軽いものであったがそこそこ効くものだった。青年は其処から落ちているのを辞めて自分に陰の元素を纏わせていた。とは言え周りからはそのようには見えないが魔法に精通していれば大抵は見られるはずだ。その中に風を起こして自分の体を制御すると軽く足を傾けていた。
傾け方や風の方向で大きく変わる青年の飛行はとても難しく誰も真似をするようなことはないだろうが従来の方法よりも体に合っているのならこちらで良いかもしれない。青年は素早く怪物へと近づく。容赦なく小槌を振るうが青年はそれに対応して避けながら高度を合わせていた。そうしておけばまず目先の目的しか狙わないので簡単に青年に注目を集める事が出来る。此処から地面の距離なんて計っている暇などない。
青年は小刀で小槌に対抗していた。お互いに踏ん張りの効かないので吹き飛ばされて回数は変わらないと思われたが青年は其処で風の向きを変える事でそれを防いだ。青年とは違ってそのような術は持っていない怪物は青年の不思議な術に難儀していた。小槌を振っても吹き飛ぶことの無い相手は隙をくれずに小刀を振るっていた。それに対応しているだけで精一杯だった。下に見え始めた木造の建築物も目には入ってこなかったらしく怪物は地面に叩きつけられた。
対して青年は見えていたので左手に持っていた針で落ちてきたエネルギーを相殺した。針は三本壊したがまだ予備はあるので其処まで気にするようなことはなかった。
「親方、空から怪物が!」
「あと親方、空から男も!」
「命が惜しければ早く逃げろ。」
青年は斬り殺しそうな声で冷たく言い放った。それを聞いた人里の人々は逃げ去ってあっという間に人は近くには居なくなった。青年はそれを見渡してから目の前にいるはずの怪物を眺めていた。受け身も何も対処もしなかったので地面に伏せているだけで動きそうになかったが青年は油断をしなかった。
起き上がるまでに青年は念じていた。人が居ないのなら大きな技を出してしまってもまだ影響は少ないかもしれない。そう考えていた。それかまた別の場所で移動させて其処で行うのか。それは愚策なのだろう。
念じている間に起き上がってきた怪物は声にもならない唸り声を上げていた。一切聞き取れない言葉だが怒っているのだけは青年はよく分かった。それにしても此処から落ちても基本的に無傷であるので相当な生命力があるのだと思われる。
素早くズポンのポケットから針を三本取り出した青年に向かって大きく小槌を振る怪物。
それを見ていなかった青年はとっさの判断で地面を転がるように脱力しながら転がっていた。青年の上を通っていたがこれが当たれば一溜りも無かったのだろう。小槌から伸びていた黒いものは隣にあった家屋を真っ二つに切り裂いていた。その綺麗な切れ味に切られたことに気づいていないようだった。
青年はそんな様子を見ながらどうしたら良いかさえわからなかった。兎に角全力で出して何とか対抗できるくらいとなりそうなので青年は口に剣を咥えていた。その時に灰が付いていた白い棒は吐き捨てている。そして目つきを鋭くさせていた。そして冷徹な表情を浮かべ始めた青年は怪物に向かっていく。
小槌を振るうのを青年の剣は応えるように受け止めていた。首を左へ回した青年だが勿論受け切れるわけがなく軽々しく吹き飛ばされていた。家屋の間を転がり当たる事のなかったのは不幸中の幸いだったがそれでも相当なダメージを受けてしまったのだと思われる。青年は剣を落として何処かへと飛ばしてしまった。まだまだ発展途中だったのかそれとも通じなかったのか。
家屋を二軒一気に斬って歩きやすいようにしていた怪物の小槌は何やら剥がれてきているようだった。中にあった鈍い金色が見えかかっていた。それでも青年に対する憎悪という感じは無くなっていないようで伏せていた相手にも容赦などしなかった。大きく振り下ろされた小槌は青年のとっさに引き抜いた剣に止められた。
地面と小槌に潰されそうな青年だが其処は必死に堪えていた。顔を歪めて首筋を抉られそうになっている。
小槌を両手で押し込んで最後の一手を決めようとしていた怪物。青年はその力に潰されかかっていた。
腕や背中、身体中に負担をかけているのを痛みで感じながら限界と言うのも分からなくなったそんな頃合いだった。スパッ、と小槌から伸びていたものが途切れて怪物が自分の力によって転がされていた。青年は何が起こったのかは知らないが兎に角起き上がる事にした。青年も小細工はしていたがあそこまでなる事はなかった。
何が起こったのかは全く分からなかった。だが、その事により黒いものが剥がれ落ちて元通りに戻っていた鈍い金色の偽物の小槌は簡単に言って効力というものを失ってただの小槌となっていた。青年は何か気になる事はあったがそれはまた別として起き上がると右腕には剣を持って地面に突き刺しながら三本足で立っていた。左手には三本の黒い針を持っている。だが、力が入らないのか今にも落ちそうになっていた。まだ込み上がってくるものがあったので青年は抵抗もできずにその場に吐き出していた。前よりも体力の血を吐いて服で拭ったがそれでも溢れ落としていた。どうやら先ほどのもので傷が大きく開いたらしい。
小槌の魔力というのを失ったマントを纏っていて頭には二本の角を持っていた黒髪の赤と白のメッシュの入っている正邪は黒色の汚れた何かを落としていた。もう時間切れだと思われる。
青年はそれを見ていたが意識があるようには見えなかった。朦朧としていて目も定まっていないような感じで其処まで追い込んでいたのだと思われる。だが、それで止まることではないので青年はフラフラとした足取りで時折剣で地面を突き刺しながら正邪の方へと向いていた。
そして止まる事のないゾンビのような形相で最早止める事は出来なさそうだった。
正邪はそれこそ小槌の魔力に今まで食われていたが目の前から歩いてくる青年の雰囲気を見て倒してから向かう事にした。計画を邪魔したのでその始末をするのも悪くないと考えたのだと思われる。それほどに弱っているように見られたわけだが青年は気にするような様子はなかった。気にしている余裕もなかった。
「随分と弱っているな。何があったのか知らないが此処で殺してやるよ。」
正邪は言った。だが、そう出来るように見えるだけ。そう感じるだけ。それだけ。
青年はその言葉に答えることもなく今まで通りに歩いているだけだった。左腕は吊るされているだけのようで両脚も万全の状態と言い難くなっていた。軽減したところでそれ相応のダメージはあったのだろう。生まれたての子鹿のような足取りをしていた。まだ剣で倒れないようにしているのでまだ酷くはないように見える。
正邪はヘラヘラと笑っているだけで右手に小槌を持って大きく振り上げていた。そして走り寄ってきて高く跳んだ後に小槌を振り下ろしていた。
だが、正邪の放った一撃は空間を叩いているだけで何でもなかった。青年はいつの間にかどこかへと行ってしまった。青年が逃げられるはずもなかったので正邪は不思議で仕方がなかった。何が起こったのかは分からない衝撃が背中に三回来るまでは。
正邪は腰の辺りやられていたが首を使って後ろを振り向くとその時すでに遅し。
足の膝を剣によって落とされて膝を強く地面にぶつけていた。そして目の前には青年がいた。左腕の袖は汚れていて前の部分も垂れ流しという状態であるが目だけはしっかりとしていた。そして正邪は振り下ろされた剣のその光にやられてしまった。
前へと倒れ込んだ正邪は泡を吹いて目を白くしていた。意識を失っていたいるようだった。
「疲れた。」
青年は兎に角左脚の膝の裏に最後の針を投げて動けないようにしておいた。もう誰かが来ないと何ともならない。懐から取り出した煙草の箱を出して一本だけ出してから口に咥えていた。火も付けられそうになかった。