暫く時間が経ち、霊夢がまともに口を聞けるようになった。
「茶を持って来たから飲みなさいよ。」
「猫舌なんでな、後で飲む。」
青年は霊夢の言った事を否定しつつも丁寧に言った。霊夢はその言葉を聞いて平常に戻ったらしい。青年は一向に動く気は無さそうで横になっていた。帯に挟んでいた鞘はしっかりと体に沿って置かれていた。青年は脚の組み方を逆にしていた。どれだけ気楽にしているのだろうか、と霊夢は思った。
「じゃあ、アンタの事はなんて呼べばいいのよ。」
霊夢は不安そうに聞いた。
「好きに呼んでくれ。名前は持っていない。」
青年は適当に話をはぐらかした。あまりこのような話は好きではないらしい。霊夢はその事を察すると、ある提案をした。
「私が名前をつけましょうか。」
「なら、自分でつける。」
青年は霊夢の言葉を最後まで聞こうとはしなかった。あくまで自分でつけたいらしい、何だろうなと霊夢は不満に思った。
「好きにしなさい。私はもう付ける気は無いわよ。」
青年は目を瞑りながら少しだけ考えていた。
「お前の名前の一部を借りてもいいか?」
「好きにしなさい。」
霊夢がそう答えたが、もう話す事はないだろうと湯呑みに口をつけたそんな瞬間であった。湯呑みから伝わる茶の熱さを耐えながら机の上にそっと置いた。
「なら、幻想郷の幻にお前の霊の字を使って幻霊って事にしておく。」
幻霊は適当に自分の名前を決めた。彼にとって名前などどうでも良いものらしい。それどころか要らないさえ思っていそうと霊夢は感じた。
「げんれいね、退治したいような名前を付けたわね。」
茶を啜って息を吐いて余韻に浸ってから霊夢は答えた。その姿は縁側で日でも浴びているかのようだった。
「退治したい、悪霊退治が仕事だったりするのか?」
「そうよ、私を邪魔するのは全部敵よ。」
霊夢は机に右肘を置いて頬杖をつく。見知らぬ人が居るからか、眠たいと感じる所と寝るわけに行かないと言う反抗が入り混じっているようだ。
「なら、俺が此処で剣を抜いたら戦ってくれるのか。」
幻霊が急に起き上がり、頰を滑り落とした霊夢はその発言に呆気にとられた。霊夢はそれから幻霊の方を向いた。巫女としての敵を見る冷たく鋭い視線を送る。
「それはしないわよ。面倒臭いもの。お互いに利益がないじゃない。」
霊夢はそう言いつつも、幻霊の一挙手一投足を見逃さないとばかりに見ていた。幻霊は右脚を立てて右腕を引っ掛けてから湯呑みを左手の親指、人差し指、中指で掴むと口元に運んで一口だけ飲んだ。
「これは美味いな。」
青年はそう言ってからまた寝転がり始めた。霊夢はこの男がいつまで居座るつもりなのか、と先々のことを考えていた。何がしたいか分からず、何か目的があるわけでもないその人は何方にでも傾く。此処で撃ってしまうのもありだと札を取り出した。しかし、未然に怪しいから、危険そうだからと気軽く人を討っても良いだろうか、心の中で善悪の傾きがグラグラとし始めた。
「辞めましょうか。」
霊夢は袖に札を隠すと茶を啜って体内を通る熱気の余韻に浸りながら、男がいる事が気になりちゃんと横になる事ができなかった。
固い感触に霊夢は何か異常でも起きたかのようにバッ、と起きた。其処には飲み残してある湯呑みと空となっていた湯呑みがあった。何方が自分のかはこの際どうでも良かった。横になっている青年が居なくなっている事に気付いた時、机を蹴飛ばすほど霊夢は動揺した。霊夢はどうしたら良いか、部屋の中を犬みたいにぐるぐると回り始めた。霊夢は襖を乱暴に開ける。その音に驚いたのか剣を振るっていた青年はそそくさと鞘に納めた。
「何してるのよ。」
霊夢は青年にいた事に安堵をする。どっと疲れが出たのかその場に座り込んだ。縁側で一休みをし始める霊夢を横目に青年は見ていた。
「ちょっと剣を振っていただけだ。」
青年は少し笑いながら、そう答える。戦闘をするのが好きなのだろうと霊夢は予測した。外れているとは思えないほど自信はあるらしい。
「そのようね。起きたら居ないから驚いたわよ。」
「そう言えば布団をかけ忘れた。」
青年は急に気づいたかのように言葉を放つ。霊夢はその事に首をかしげるが相手に流されそうになるので深く考える事は辞めておいた。
「それは仕方がないわ。何も言ってないもの。」
青年はほっ、としたのか霊夢の元へと向かった。青年の額には汗が浮かんでいた。霊夢はその事に感心する。
「なら良い。体調は大丈夫か?」
腰を抜かしているかのようにその場に座っている霊夢の右横に座り、青年は左脚を右膝の上に置いた。左脚の上に右肘を置いて頬杖をした。
「心配はご無用よ。アンタみたいにね。」
霊夢は強気に言葉を返すが、青年は鼻で笑った。
「腰抜かして何言っている。」
その笑い方に腹を立てた霊夢だが、何も言い返す事はしなかった。その状況では何も言えなかったと言う方が正しい。
「今は何も言わないでおくわ。」
霊夢は観念したかのように手を上げそうな勢いだった。青年はその様子を神妙な表情で見ていた。霊夢はその目がどうしても気になったが、何も言えなかった。
「巫女と言っても人間である事には変わりないのか。」
青年はボソッと言葉を漏らす。霊夢はその口元を見てそう言っているように感じた。声が聞こえなかったので、本当に心から思っている事に違いないと感じた。それが少しだけ表に見えるようになったらしい。霊夢はそう思われている事に落ち込む。
「さ、まずは食事をとりましょうか。」
霊夢はその場から立ち上がる。青年はその様子を横目で見て、徐々に視線を上げた。そして首を振る。
「ほら、アンタも立ちなさい。」
「客人に手伝わせるのか?」
「なら、食べてなくてよろしい。ただでさえ不足気味なんだから。」
霊夢は少し口角を上げて下品に笑みをこぼす。青年はその顔を見て目を細めるが言い返せないので渋々ではあるが手伝う事にした。
「仕方がない、手伝う。」
青年は靴を脱いでから部屋に上がると、隣の部屋に移動した。外につながっていたので、慌てて靴を取りに行ってから手伝いを始めた。