青年放浪記   作:mZu

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第41話

蝶のような弾が未だに宙に浮いていた。大きな扇子を背中に纏っている。その優雅さ散っていく蝶の儚さ。

 

そして蘇る羽ばたきを三人は必死に避けていた。ろくに攻撃も与えられずにただただ体力と時間を奪われる絶望感というのは言い知れなかった。

 

それでも霊夢は少しも諦めてはいなかった。それどころかいつ何処で撃ち込むか考えている。そう言う所は博麗の巫女といえる。何でもないような場所から攻撃を放つ。

 

魔理沙は缶から出されるポケット式の魔法を大量に撃ち込み幽々子を追い詰めようとするがやはり相手も易々と当たってくれそうになかった。

 

優雅にかわされる様は何事にも言えない敗北感がある。自身が弱いとまで誤解してしまいそうなその劇のような踊りに魔理沙は少しだけ落ち込みつつあった。

 

咲夜としては時間停止をうまく使って角度を変えながら機敏に動き続けた。

 

今のところ一番の決定打は彼女だが幽々子には扇子で弾かれるほどでその身に当たったナイフはなかった。

 

三人でやっとと言う強大な力を持つ幽々子に太刀打ちは出来るのだろうか。

 

「魔理沙、あんた早めにマスタースパークを撃ちなさい。私がそのうちに仕留めるわ。」

霊夢は限りなく隙間のない弾幕の中を潜り抜けて魔理沙の元へと向かった。魔理沙は急な霊夢の登場に少しは戸惑ったが直ぐに霊夢の指示通りに動こうとしているらしい。

 

魔理沙は素早く八卦炉から最大出力のマスタースパーを放つ。幽々子としては何も思ったのかは知らないがやはり滑稽だと思われているのだろう。

 

低空から魔理沙を狙おうと弾の中に潜り込み一人ずつ潰すようにした。今までその様にしなかった理由は単なる時間つぶし。見知らぬ客とも桜見を楽しもうとするその余裕さからきていた。

 

何もかも上回る幽々子に霊夢は対抗するかのように札を投げ続ける。その札は一定の範囲の箱状になっていた。幽々子は到底その事には気づかないのだろう。ここまで行けばやはり霊夢の手腕が輝いていた。

 

「もうそろそろ終いにしましょうね。」

幽々子はいつのまにか地面に立っていた。この弾幕の量で下から声が聞こえた魔理沙と咲夜は一旦攻撃をやめた。

 

それは姿を見失ったからではない。

 

幽々子は反魂香のように辺りに大きな赤い弾幕を張る。その誘われそうな弾幕に一旦は吸い込まれつつも避ける手段は残されていなかった。

 

「あら?」

幽々子は素っ頓狂な声をあげる。

 

「夢想封印!」

霊夢は何処からかその様に叫んだ。

 

赤い札が伸びるように赤、青、緑、黄色、様々な色の光弾が飛び交った。幽々子には予想外だったのだろう。

 

そして札の外には逃げられなかった。幽々子はその事も確認してその場で降参した。そもそもごっこ遊びに付き合っただけでも褒められる行為である。

 

 

青年は橋の前で立っていた。そこには人工的に作られた川のような細長い池がある。しかし此処からではどこまで続いているかは分からなかった。見ればわかると言う長さではなかった。この敷地の中には

 

「もう観念してください。」

妖夢は息を切らしながら青年を追いかけた。妖夢はここまで青年に遊ばれ続けていた。

 

それは襖をうまく使われて屋敷内を走り回り、挙げ句の果てに攻撃をまともに当てることも許されなかった。

 

足をかけられて風を起こされて行動を止められて。それは青年が勝負を挑んでおきながら敢えて勝負しない異様な決闘となっていた。

 

「その調子で勝てると思うのか?」

青年は至極当たり前のことをいう。そうなるのは百も承知と妖夢は答える。青年はゆっくりと剣を構えた。右肩を前に出してそこに注目をさせた。

 

「いざ、参る!」

何度聞いた言葉だろう、と青年は思った。しかし此処でも当たり前のように勝負はしてこなかった。

 

高欄にもたれかかった青年はゆっくりと橋の上を歩いていた。誘い込まれている、そう感じた妖夢は流石に諦めていた。何かの拍子に池になど落とされれば青年の思惑通りになるのだろう。それだけは許せなかった。

 

「なら早く来い。早く剣を合わせたい。」

何を、妖夢はそう思った。どちらが剣を振っていないかは一目瞭然だった。それは青年は怠そうに言葉を連ねる。それが妖夢には侮辱されたようで許せなかった。

 

青年はここで初めて剣を合わせた。

 

青年は少なからずまともに相手できないとは感じていた。相手の動きに合わせて刀を振る。

 

「どうしました?先程までの勢いはどこに行きました。」

妖夢は鍔迫り合いに持ち込みながら口でも威嚇する。両者の顔が間近になる程の近さだった。青年も妖夢も互いの顔を見ていた。

 

「白く綺麗だな。玉のようだ」

青年は少なからず故意ではなかった。青年はいつも通りのように相手を褒めた。それは素直で屈託のない言葉から放たれた。

 

妖夢は少しだけ力を弱めた。その隙に青年は距離をとって剣を納めた。もう勝負が決したかのようにしているので妖夢は向かっていこうとするが青年は構わずに口を開いた。

 

「幽々子と霊夢の勝負が終わったようだ。一緒に見に行かないか?」

青年はそう呟いた。

 

もう闘気というのは感じられなかった妖夢は仕方がなく剣を納める。

 

もう勝負は決した、妖夢はその事だけが気になった。

 

「仕方がないですね。戦う理由などもうありません。」

妖夢は恭しく話を進める。青年は気にする事なく妖夢の横を通り館の中を通り抜けた。

 

別館である全ての襖は妖夢により破壊された。所々柱には剣により傷つけられた場所はある。

 

渡り廊下でさえも無事とは言えなかった。そんな惨状を見ながら妖夢は青年の後に続いた。

 

青年の男にしては優しい背中に何かを感じたがその場では説明できるようなものではなかった。妖夢は幽々子が茶を飲んで客を待っていたところまで襖がボロボロであると気づいた。

 

「話は終わったか?」

青年は幽々子と異変解決に来た三人のところまでまだ来た。

 

「ええ、終わったわよ。くだらない理由で桜を咲かせようとしていたみたいだけどね。」

霊夢は不機嫌に答えた。

 

魔理沙はそんな霊夢を見て苦笑いを浮かべている。

 

咲夜は何も感じていないのか冷たい生の籠らない眼をしていた。

 

青年はその三人と幽々子を見て縁側に座った。ゆっくりとしている様子で青年は縁側でくつろいでいた。

 

「ここから見る桜も風情があるもんだ。」

青年はこの空気を感じていないようだった。幽々子もそれに乗る。

 

「妖夢、茶と菓子を人数分持ってきてちょうだい。」

幽々子もそもそも周り重く考えてはいなかったのだろう。それは同じく青年もそうであった。

 

お互いに感じるところは似ているのかとしれない。仕方がないと三人は同じく縁側に座った。妖夢は頼まれた通りに五人分を用意に向かった。

 

「しかし桜を咲かせたいなら幻想郷のところまで取るな。」

青年は少しだけ疲れたようで今にもため息をつきそうなほどだった。そしてかなり崩れた言葉で幽々子と話す。

 

「だってなんとか咲かせてみたかったもの。」

幽々子は子供かのように甘えていた。青年はそんな様子を小馬鹿にしたかのように笑うが屈託がないので幽々子はそこまで深く考えてはいなかった。言うならこれからの楽しみに期待していた。

 

「幻想郷の何処かには桜は咲いているんだ。妖夢とならどこでも行けるだろう。」

青年は腕を組みながらゆっくりと話していた。

 

「なぁ、霊夢。幻想郷で桜が咲いたら幽々子も呼んでみるか?」

青年は此処でもやはり屈託のない笑顔で話していた。素直と言うのは周りを見ていないというのか、それ以上に幽々子は何を考えているかさえも分からなかった。

 

「山本さん、ありがとうね。私も誘おうなんて中々器量があるじゃない。」

幽々子は嬉しそうに足をばたつかせていた。その淑やかな振る舞いには誰も文句は言えなかった。

 

其処に五人分の茶菓子と茶が配給された。各々は自分の分を取って遠くに見える桜を見ながら茶を飲む。妖夢は自分のも持ってきて幽々子の隣に座った。

 

「妖夢、山本さんに貰われなさい。」

幽々子は突拍子も無いことを口走る。妖夢ならず青年までもが幽々子の顔を見ていた。一番遠くにいた魔理沙が飲んでいた茶を吹きこぼした。

 

「幽々子様、失礼ながら断らせて貰います。」

妖夢はきっぱりと断った。幽々子は不思議そうにして青年に訳を聞いた。

 

「姑息な手段で時間を稼がせて貰いました。二対四では分が悪く感じたので俺が妖夢の方を引き受けた訳です。」

青年はそのように幽々子に説明した。

 

妖夢はやはり不機嫌そうにしていた。それでも幽々子は扇子で口を隠して冗談かのようにくすくすと笑っていた。

 

そんな様子を見ていた青年は同じように笑い、その場が和んだのはいうまでもない。

「後日、体力が回復したら決闘を挑ませてもらいます。」

 

妖夢だけは空気が読めないのか、宣戦布告を青年にした。青年は和やかな表情でその場に座っていた。

 

「負けたら此処に婿入りする。」

青年は何の気なしに答えていた。


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