吸血鬼というのは普段は大人しくしている。
しかし夜間に一人のところを見ると衝動的に血を吸おうとする。この人にはそんなことが出来ないらしい。このような一人のところを見ると吸血鬼として出してはいけないものが破壊という衝動で現れる。
濃い黄色の髪をサイドにまとめ、その上からナイトキャップを被っている。 瞳の色も服装も浴びたような真紅をしている。その背中からは、一対の枝に七色の結晶がぶら下ったような飛べそうにない翼が生えている。手には先端にトランプのスペードのようなものが付いた、グネグネと折れ曲がった黒い棒のような奇妙なものを持っている。
足元はソックスに赤のストラップシューズを履いている。 如何にも幼児らしい顔をしている。
「お兄さん、知らない顔だね。」
その少女は狂気に満ちた眼が青年に向けられていた。青年としては早めに助け出そうと小悪魔を探すが首筋を抉られた小悪魔が図書館の床を赤で汚していた。
誰がしたかなど見れば分かる。小悪魔の安否よりも自分の身の案じている方が賢明だった。青年には目の前に立っている少女が主人よりも凶悪であるのを感じた。
「初めまして。吸血鬼さん。」
青年はともかく挨拶はしておく。それがどちらに傾くかは分かったものではないがしないよりはマシかと思った。青年は右手でいつのまにか柄を握っていた。それだけ青年が怖がっているのを自覚した瞬間だった。
「私はフランドール・スカーレット。レミリアの妹よ。貴方は?」
フランドールは首を傾げなら尖った歯を見せていた。今にも飛び込まれて首筋を噛まれそうである。此処で逃げるのは良くないと青年は直感した。姉とは違うカリスマを感じる。がそれは狂った性癖の上で成り立つ恐怖というものに過ぎなかった。
「山本だ。此処では執事として働き始めた。」
青年は仮称の方で名前を名乗る。そもそも何方が仮称かは本人でも良くわかっていない。フランドールはふーん、と口を鳴らした。いつ来るのか気の抜けない脅迫に青年は身をたじろがせた。それは一旦休止が欲しいほど心臓と肺が悲鳴を上げている証拠であった。
「執事さんなの?ねぇ、お姉さまどこか知っている?」
フランドールはもしかしたらお姉様に何が言いたいだけなのだろう。青年には今は何処にいるか分かってはいない。しかし出来るだけ情報は与えても良いだろう。
「先程まで私はメイドと共に食事を取っていた。その後はどこへ向かっているかは知らない。」
これぐらいだろうと青年は思った。そもそもあれからそれなりに時間が経っている。今どこにいるかと思えばこの屋敷の何処かにいるとしか答えられない。
「そう、ありがとう。」
フランドールはそれで話をやめた。青年に背中を見せると図書館の中を彷徨いにいく。上に行く方法も教えようと思ったが先にパチュリーに知らせたほうがいいだろう。
何か違う視点から解決するだろう。フランドールと同じく青年も背中を見せる。青年は下に下がる階段を探してこっそりと話に行くつもりだ。
「ねぇ、お兄さん。何か隠していることない?」
フランドールは棚一つ分の間合いで会話を始める。
「逆に何かあると思うのか。下っ端の執事に何が情報が来るのは仕事内容くらいだ。」
青年はとても下には見えない対等かの様な話し方をしていた。それがフランドールには不思議に見えるのだろう。青年は何となく勘付いた。矛盾が生じている。フランドールは同じくふーん、と口を鳴らしたと思う。それが何を意味するのかは青年にはよく理解出来ないが、敵にしてはいけないタイプであるのはよくわかる。
「ううん。何もないよ。だって下っ端なんでしょ?そんな人に情報なんて回ってこないよね。あいつの為に身を削っていればそれで良いよ。」
ね!フランドールという悪魔は語尾を強めて怒気のような気持ちを見せつけていた。
青年は思わず剣を抜いていた。
「ただやられるだけじゃないんだ。」
フランドールは爪を立てて剣の刀身を貫かんとする勢いで当ててくる。その衝撃は凄まじく青年では対処できないと感じた。逃げるか?それとも騒ぎを起こすか。どっちが良い。取捨選択のようでそうでもないのが青年の中には思い浮かんでいた。
「偶々だ。妹様のカリスマのオーラが凄まじいので戯れに付き合えるように予め用意していた。」
青年はこの状況で淡々と答えていた。これが魔理沙だとどうなるかと言えば多分腰を抜かす。フランドールは狂気的に笑った。精神がおかしいとしか言えないので青年は黙っていた。あまり会話をしないほうがいい。
「キャハハハ、私とーても楽しいわ。」
フランドールのスイッチが完全に入った瞬間だった。青年は一本の剣でフランドールの攻撃を受け止めたり避けたりしていた。青年は徐々に下がりながら一階から見える場所へと移動する。今はパチュリーの力を借りないとやっていけそうにない。それだけは簡単に分かった。青年はフランドールを見つめながら後ずさりで距離をとる。
「そうか。それは良かったな。」
青年は軽く会話を続けておく。青年が自分が正常である事を知るためには話すことで確かめるしかなかった。話さないと精神が破壊されそうだった。
それだけは免れようと青年は距離を取りながら本棚へと隠れた。
棚一枚が青年とフランドールの距離であった。その距離から逃げるためにはその場所から走るしかなかった。此処の図書館は規律よく並んでいる、もしかしたら本棚を倒してくることがあるかもしれない。それだけはやはり避けるべきだろうか。
青年はゆっくりとした歩調で本棚の厚みで助かるような場所を歩いていた。この場所で伏せれば助かるかもしれない。それは淡い期待だった。
「見ーつけた。お兄ちゃん、もっと遊ぼうよ。」
危険だ、一瞬でそう感じた。どうすれば良い?青年はその事で頭がいっぱいになっていた。とりあえず此処は剣で受けておく。
青年はその場に立ち止まってしまったのが良くなかった。
此処は図書館だ。頭上には沢山の蔵書が収められていた。フランドールは棚の上に立つと猿のようにその本を落とす。此処からでは逃げ場はないのか。
青年はフランドールの投げてくる本を避けた。魔道書だから拾おうとなんて甘い考えが出るほど優しい弾ではなかった。本は床に強く当たった後に本が開いている。その大きな音はドン、ではなくバキッ、だ。床が本によって壊されていた。その時点でもう自分の命が危ういと思えてしまった。
「もう少し優しい遊びをしないか?」
青年は本棚の上にいるフランドールに大きな声で提案した。それでも届きそうにはなかった。
「これ以外の遊びは知らないわ。でも、それ剣だよね。仕方がないから変えてあげるよ。」
フランドールは一旦本を投げるのをやめて下まで降りてきた。それから何をするかと思えば黒いスペードのような先の曲がった棒をくるくると回していた。
そしてそれが火を纏いフランドールが構えた頃には大きな剣へとなり変っていた。青年にはもう勝ち目がない。そう思えた。フランドールはその剣を振る。
「このレーヴァテインでお兄ちゃんと遊んであげる。」
火か、青年は冷静にそう分析した。まともな思考は働きそうにないので敢えてまともでない変わった判断を下してみる。こうなれば騒ぎを起こすしか何とも出来なくなっている。
フランドールはその日に当てられて見せていいような表情はしていなかった。今から殺すね、と天使に言われているようである。天邪鬼な天使だがやるしかないと青年は覚悟を決めた。
「あまり暴れてくれるな。パチュリーに迷惑がかかる。」
フランドールはレーヴァテインを振りかぶって青年の左側から襲いかかる。
その剣により魔道書は跡形もなく斬られて燃えてしまった。パチュリーの防護魔法も効かないらしい。青年もなんとか受け止めるが強く本棚に叩きつけられた。
右肩に激しい痛みを感じた。青年は此処で生命の危機を感じた。このままいけば吹き飛ばされる、そのぐらいの怪力は軽々しく持ち合わせていた。
その横暴で無鉄砲な一撃は生命の危機を感じる。フランドールは更に押し込もうとしていた。青年は必死に抵抗したがそれが無意味となった。
頭上から魔道書を落ちてきたのを青年は気づけなかったのである。頭にも強い衝撃を受けた青年は力を抜いてしまった。フランドールのレーヴァテインは本棚ごと青年を吹き飛ばした。
青年はどうしようもなく本棚の上を転がった。本棚三つ分を転げて手すりにも嫌われたわけではなかった。青年は二階の手すりを掴んで衝撃を吸収した。それから安全な場所に降りた。青年は息を整えた。此処まで来てしまったのだ。
「パチュリー、助けてくれ。」
青年は命からがら此処まで逃げてきた。パチュリーは青年を見つめて状況が掴めなかったがすぐに理解したらしい。後ろにはレミリアの妹であるフランドールが立っていた。
「フラン、暴れちゃ駄目よ。」
パチュリーは当たり前のようになだし始める。青年としてはそこらへんは幻想郷らしいと思えた。それとも昔から知り合っている間なのか、まぁ今はいいか、と青年は思った。何が始まるのかそれはパチュリーに任せればいい。
「パチェ、今日こそはお姉様に文句を言いたいんだ。」
フランドールは甘えたようにパチュリーに甘えていた。こちらの方が姉妹のように感じる。青年は考えてはいけないことを考えていた。
「そうなの。何が言いたいの。」
パチュリーは誘導するかのようにフランドールの背中に魔法陣を描いていた。青年はそれが何を意味するのかよく観察していた。魔法陣を習い始めた青年だが、流石に読み取れるわけではなかった。
その魔法陣というのは前にも言ったが正確さを要する。だからこそ少しのズレが全く違う魔法を描くこともある。青年はそんなことを考えながらパチュリーが何をしたいのか青年は考察していた。
「お姉様、私を閉じ込めて一切会いに来ないなんてひどいと思うの。私はただ皆と遊びたいだけなのになんでお姉様は私を閉じ込めるの?」
フランドールは単純に皆と遊びたいらしい。とても子供らしいといえばそれで終わるのだがそれでは済まないような理由が絶対にあると感じた。先ほど感じたあの狂気は確かに人と対峙していいわけではなかった。
パチュリーは確実にフランドールを無力化しようと魔法陣を描いていたと思われる。青年は静かに見ようとしてソファーに座った。幾分か青年の中で落ち着いてきたところがあるのだろう。
ゆっくりと腰掛けた青年はパチュリーに甘えるフランドールという目の前の光景を見ていた。フランドールの頭が乳房を揺らしている。子供だから許されるような行為をフランドールは平然としていた。
「そうね。やっぱりそれはよく分からないわ。」
パチュリーはフランドールの頭を撫でて優しくなだめている。青年はそんな姿を見て大分慣れているのだろうかパチュリーは落ち着いていた。青年はそのようなことが出来るのかよく分からないのでパチュリーに任せるしかなかった。
「そう思うでしょ、パチェ。」
フランドールは眠たそうにしていた。即効性の睡眠魔法らしい。その分発動には時間がかかる。パチュリーは背中をさすってあげて魔法陣を擦り付けていた。かなり強力な睡眠魔法らしくフランドールはほぼ無力化した。
「ところで小悪魔はどうしたのよ?」
目の前にいた青年にパチュリーは聞いた。フランドールはパチュリーの手の中で安らかに眠っていた。それがどうしたのかと言われればとても安心したと一言である。
「首筋を抉られて床を汚した。」
青年はどっと疲れたのかその場に膝に手を置いて肩で上半身を支えていた。パチュリーは無理はしないで、とだけ言って何処かへ行ってしまった。歩いてどこかへいく姿を青年はその背中を見ながらソファーへと身体を倒した。
青年は微睡みの中で悪夢を見ていた。その夢は黄色の髪をした少女が燃え盛る剣で青年のことを追いかけている夢。それは昨日の出来事と一致している。
青年はその夢に歯ぎしりを立てながら対抗していた。何がしたいのかよく分からない悪魔は青年を剣を振り回しながら狂乱に快楽的に追いかけていた。その姿は昨日の悪魔、フランドール・スカーレット。
「はぁ、」
青年は夢と現実の区別も出来ずにいた。それは夢と変わらない場所であった。そして同じ人物が目の前に現れていた。
「昨日は疲れましたよね。少し安静にしていてくださいね。」
其処には誰かがいた。その誰かが全くと言っていいほど思い出せなかった。視界がぼやけているからではない。意識がはっきりしていないからでもなかった。それは単純に怖かったのだ。
「どうしたんですか?口を開けて間抜けな顔してますけど。」
そこに居たのは小悪魔だった。青年は現実と夢の区別が付かなくなっていた。ゲームかのような昨日がついフラッシュバックする。ピカピカと脳内で映像が流れ込んでいる。青年は落ち着かせようと腕を組んで背もたれに身を任せた。
「夢か?」
青年はやっと言葉を話したが二人には意味の伝わらないものであった。小悪魔は首を傾げていた。
「現実ですよ。安心してください?」
小悪魔は困り果てたようで何か言ようとしたが余計に迷う結果となっていた。青年は頭が痛いのかすぐに押さえた。青年はその場に倒れてうずくまる。それは激痛だった。
「今日は安静にしてなさい。軽い錯乱状態よ。」
パチュリーがそう言ってフランドールにかけていた魔法と同じものを青年にかけた。パチュリーとしてはこれで良かったのだろう、そう考えていたがそれで治まるような気はしなかった。
「嫌な予感がするのよ。小悪魔、回復魔法の魔道書を持ってきて。」
パチュリーはこのあからさまに荒らされたこの図書館を冷静になって捉えていた。足掻いても致し方がないとしか考えられなかった。フランドールの力は姉よりも強い。
そしてその真っ直ぐな強さを青年は受け止めていたと思われる。
冷静な判断力、直感、全てが人間ではなさそうな青年を不思議そうに見ていた。