青年は特に声も上げず、箒から下の景色を虚ろの目で見つめていた。魔理沙は何か話そうとしていたが、青年の様子に何も言いだす事ができなかった。自慢でもしたかったのだろう。
「さて、此処が私の家だぜ。」
魔理沙は箒の上から自分の家を紹介する。どうやら降りるつもりはないらしい。青年は背中を向けていたので首を回してチラッ、と見る。
「それで、今からどこに行くんだ?」
青年は最初に見ていた森とは違う怖さが潜んでいる森を見ていた。木の幹ほどの傘を持っているキノコがあったり、少々光を放っている果実のような物が垂れ下がっていた。その魅惑的な形相に青年は体を動かそうとした。
「友達の家に行こうと思ってな。寡黙だが良い刺激になるだろう。」
青年は魔理沙のその発言に少々の不安を隠せなかった。寡黙という言葉がどれほどの物か裁量出来ない。至って普通に話す人なのかもしれない。魔理沙は元気のある感じがするからこそ余計に思った。
「そうか、楽しみにしている。」
青年は一抹の不安をぬぐいきれないまま、魔理沙の箒にまたがり空の旅を楽しんだ。初心者である青年にとっては慣れないはずだが、アトラクションの一部のようにじっと風景を見ている様子である。最も楽しそうにしているわけではない。表情は変えずに風を切るだけだった。
森の中でも一際光が差し込む場所に黒い屋根が目立つ三角の形をした家が一軒あった。庭らしきところでは何らかの植物が育てられていた。青年は話を聞こうとするが、魔理沙はズカズカと敷地内に入り、ノックをしてから中に入った。青年はその様子を見て後に続いた。
「アリス、調子はどうだ?」
家の中は人形で覆い尽くされており、気色悪いを超えて感嘆が浮かぶ。形が不揃いな物から人間と同じような見た目をしているものまでその出来も様々なだが、大きさは概ね同じのようで規律正しく並べられていた。そして何人いるかは知らないが、だいぶ大きな長机の上に分厚い本が置かれていた。そして、椅子には一体の人形ではなく、家主が座っていた。
「あら、魔理沙。今日は何の用かしら?」
アリスと呼ばれていた少女は家の中に置かれている人形と同じく金髪で肩に当たらない程度で切り揃えられている。青を基調している服装でブーツを履いていた。頭に付いている赤いリボンのようなヘアバンドが綺麗に映えている。青年が間違えるのにも納得するような風貌であった。
「良い刺激を持ってきたんだ。」
魔理沙はアリスに向かって大きな声で話しかけている。テンションが上がっているのか淡々と話しているアリスとの温度差が激しい。青年は家に入る扉から半身を出してそう感じた。
「なぁ、早く入ってこいよ。」
魔理沙は青年が中に居ない事に半分驚きつつ、半分呆れながら手で招いた。青年は慣れない場所らしく、恐る恐る足を進める。魔理沙はその行動に苛立つが、表には出さなかった。空気が悪くなるといけないとでも考えたのだろう。
「初めまして。」
青年はアリスの近くで一礼した。ぎこちない様子に魔理沙は口を結ぶしかなかった。アリスは一目見てから椅子に座るように促した。長机には四つの椅子があった。背もたれが多少湾曲して一枚の板で、体にフィットするように設計されている。青年は音を立てないように椅子を引くとちょこんと人形のように座った。アリスとは斜めの位置で対面している。特に会話が生まれるようなことはなく、沈黙が続いた。
「何か話さないのか?」
魔理沙は抑揚もない声で話す。既に諦めというものが浮かんでいるかもしれない。
「済まない、見惚れた。」
青年はハッ、と気づくとそう言った。わざとなのかと聞くならそうでもないらしい。アリスは特に興味がないのかふーん、と返した。
「もう少し照れてみたらどうだぜ?」
魔理沙はアリスの反応にツッコミを入れる。アリスは我関せずのようだった。さっぱりとしている。
「その必要は感じないわ。人里で言われ慣れているもの。」
アリスはあっさりと答え、青年は身を乗り出した。
「人里は何処にあるんだ?」
「急に大きな声を出さないでちょうだい。折角だから野暮用を済ませようかしら。」
アリスは読んでいた本を閉じてその場から立ち上がった。青年はその様子を見て何処に行くんだ、みたいな呆気にとられたぽかんとした顔をしている。
「良かったな。案内してくれるらしいぜ。」
魔理沙は平然とした様子で立つように促す。青年はその様子を見て立ち上がり、家の外まで歩いた。
どうやら人里という場所についたらしい。青年にとっては同族が沢山いる場所についたわけだが、そこまで喜んでいそうになかった。低い屋根が立ち並ぶ東洋の木材による建築だった。皆が着物を着て歩いている姿を見て青年は困惑しているようだった。
「どうしたんだぜ、奇妙な顔してるぜ。」
魔理沙は青年を気にかけてか、話しかける。アリスはその真反対で話はしたくないようだった。付き合いはいいのだろうが。
「いや、何分初めての場所が多い。そうなるのも仕方がなかろう。」
妙に説得力のある説明の仕方に魔理沙は口を閉じた。アリスは何も言わずにスタスタと歩いた。手早く用事を済ませたいらしい。青年はアリスの後に続くと、魔理沙がその後に続く。箒は右肩に担いでいた。人の往来はあるが激しいわけではなく、柔らかくゆったりとした時間を過ごしていた。青年はアリスが鍵のついた本を左手に持っている事に気づいて魔理沙に聞いた。本人に聞いてみないと分からないが大切な本ではあると答えた。どうやら直接聞いたことはないらしいと青年は思った。
「アリス、そういや何が欲しいんだ。」
魔理沙は落ち着いた様子で話していた。何も話そうとしないアリスに気楽に声をかけているあたり、仲の良さが出ているように思えた。それにしても大分不気味ではあるが。
「ちょっとした雑品よ。別に話す事でもないわ。」
魔理沙はそうか、と相槌をうって青年に同じ質問をする。
「紙が巻かれている筒状のものが欲しい。」
青年はあるかどうか、疑問を持ちながらも二人に聞こえるように話した。当の本人たちはどのような物かよく分かっていないらしい。
「口に咥えられるものが欲しい。」
青年は更に加えて説明をするが、何も分かっていないらしい。そうなるのも仕方がないと言えばそうなる。青年は煙草と言うものを所望しているが、この幻想郷にそのようなものはない。青年の願いは叶いそうもなかった。
「変なものだな。なぁアリス、心当たりはないか?」
どうやらアリスの方が魔理沙よりは博識であるようだ。しかし、アリスにもよく分かっていないらしい。青年は致し方なく諦めることにした。
「香霖堂に行けばあるかもしれないわ。」
アリスは考え込んでいた頭を上げながら言う。青年はバッ、と首を回してアリスの顔を見る。その目は輝いていた。ちゃんと生き物として生きているようであった。
「おお、香霖堂か。確かにあるかもしれないな。さ、行こうぜ。」
魔理沙はうぬも言わせぬ素振りを見せた。青年は魔理沙の乗っている箒にまたがる。青年は強引に乗せられ空を飛ぶ箒の上から頭を下に下げた。礼は忘れないらしい。