「随分と遅いおかえりね。」
咲夜は何も感じていないのかそれとも軽く怒っているのかそんな無機質な感じを青年は重く考えた。
流石に長すぎたかとは考えたのか少ししょんぼりとして館中に入った。そこは変わらず紅いカーペットが敷かれているが何故か埃が付いている。怠業かと青年は感じたがそれがどのように館の中の明暗を分けたのかはよく青年には分からなかった。兎に角ここに居ても埒があかないのでパチュリーのいる図書館へと向かった。
何か知っているかもしれないと思って青年は何となく足を進ませるが嫌な空気を感じて入るのを躊躇った。今、自分が入ってもいいのだろうか?
虎穴に足を踏み入れば何が待ち受けているのだろうか?迷ってもいても致し方がないと感じてその調子でらせん階段を降りていく。いつも通り緊迫した重苦しい雰囲気はしている静かな空間だがそれだけではないかのような事を下から感じていた。
兎に角先に小悪魔を探せば何か知っているだろうと青年は図書館を歩いた。偶に興味のある魔道書を引き抜きながら練り歩いていく様はいささか不審者のような気はするが何とも思われないのだろう。気軽く話しかけてくる。
「どうされました?沢山の魔道書を読みながら歩いていますが。」
小悪魔は黒い羽をぱたつかせながら青年に近寄る。見るからに重たそうな魔道書を何でもないかのように持っている青年は器用に魔道書も読んでいた。何がしたいのか理解されにくい格好でも小悪魔は何も言わなかった。それどころか少しだけ手伝うと続ける。
「聞きたいことがある。一階には誰かいるのか?」
小悪魔はきょとんとした顔でその場を飛んでいた。小悪魔の気持ちも分かるが青年の気持ちはそこにいなかった。青年の視点は目の前にはなく、下の方に向いていた。此処からは絶対見えないところなのでもはや超越している。
「主人様とパチュリー様がいますよ。」
控えめに笑っている小悪魔の首筋には特に外傷というものはなかった。それどころか美しい曲線を描いていたので青年には疑問に思える。
「なら、行ってみようか。」
青年は魔道書を腕と顎で器用に支えながら両手で本を開いて目を通している。その囚われた亡者のような姿に小悪魔は何も言えなかった。それこそ、その場には実体がないかのような幻を見ているかのようだった。青年はその調子のまま歩いて一階へと到着した。パチュリーはいつも通りの場所におり魔道書を作成していた。その前のソファーで沈んだレミリアが居た。一回座りかけた青年は、一回机に魔道書を置いてからなんとなく状況を把握するために言葉を発する。
「ところでこれはどうなっているんだ?」
青年はどうにも変なことには気づいているがそれが何かは察するだけの力はなかった。レミリアは何のカリスマ性もなくソファーに伏せていて、パチュリーは魔道書を作っているという青年には疑問しか浮かばない状況だった。それでもどちらも答えないのでそのままの位置で魔道書を開いて青年は仕方がなく目を通していた。何枚かゆっくりと理解できるように読んだ頃、声がかかる。
「帰ってきたのね。少し嫌な格好だけど気にしないで頂戴。ところでその雰囲気は何かしら?」
青年は魔道書を読みながらその場で立っているのでレミリアにはどうにも理解が出来ていないのだろう、いつ来たのかも合わせて。
「座れないので仕方がなくては、何も気にするな、これはこれで快適なものだ。」
青年は飛行の練習のついでにその場に留まっていた。そしてレミリアはその場所で読む意味がよく分かっていないのだろう。それだけ青年の行為は奇行とも言える。
「それなら良いけれど。まぁ、横に座りなさい。そこだと読みにくいでしょう。」
レミリアは青年をソファーで横になりながら上半身を少しだけ起こして手で招いた。青年はチラッ、とレミリアを見てみるが、あまり気乗りしないので首を横に振って断っていた。別に座る必要もなければ何か特別に座ろうと思える理由もない。
「横に来た方が話しやすいのよ。嫌でしょうけど来てちょうだい。」
レミリアにはもはや横に座るのを強制させるほどカリスマ性はなかった。パチュリーはそんな二人の姿を眼鏡越しに見ていた。その目はジトッ、としているが助け舟を出そうとしていた。
「座ってあげて。可哀想よ。」
「パチェ、」
青年は無言で首を振るとレミリアの横に座った。魔道書は持って別世界にいるかのようなほど気ままにしている。レミリアが嘆くのも無理はない。それだけ青年はパチュリーの方に比重が重たいことになる。レミリアは主人という看板を背負っているだけの人。
「それで何か話すことがあるのか。」
その冷めたような目を見せる青年に負けそうなレミリアは今まで以上に面白く感じた。それがどの方向に傾くのかはどちらにもいかない。そのまま立っている。
「妹の事よ。貴方が急に居なくなってしばらく帰ってこないから話は進んでいるの。」
「心当たりがないからさっぱりだな。」
青年はパチュリーがレミリアの元へと向かったのを見ていなかった。パチュリーが青年の言葉に賛同して起こした行動とは到底考えないのだろう。自分の言いたいことだけを言ってそれで終わっている青年には二人の話はやはり分からなかった。
「話が違うじゃない。パチェ、どうなってるの?」
「どうもこうも自覚が無いんでしょうね。」
レミリアは事の経緯をパチュリーに聞いた。レミリアには今のところはパチュリーにしか頼ることができないらしく青年にも目に見えるほど何かが衰えていた。そんな姿を見たくないのか無言で舌を鳴らす。レミリアは魔道書を読む青年の舌打ちに心を嫌な感じにはねさせた。
「早めに本題に入ってくれ。読みたいところも読めなくなる。」
青年には今の所余裕がないのだろう。此処でいつのまにか寝ていたのを今だに忘れてはいないのでその時のことがふと蘇る。
「それはすまなかったわ。フランドールの扱い方について前にパチュリーから意見を貰ったの。私はあまり気乗りしなかったのだけどしてみる事にしたのよ。」
「つまりパチュリーの言いなりというわけか?」
「うるさい。」
「して、何から始めた?」
青年はレミリアの言い分を無視して話を進める。興味のないことには何も口を出さないのは子供のような幼さを感じる。
「まずはフランドールと話してみることにしたの。沢山の不満を聞いたわ。私が気になったのはやはりこれまで相手にしていなかった事ね。とても寂しかったそうよ。」
「だろうな。対峙した時に今にも壊れそうな脆さを感じていた。俺は何も知らないがそれなりに互いが擦れ合っていたのだろう。」
「その結果として力の加減を知らなかった。あの子の能力はあらゆるものを壊せるのよ。その制御も出来ないと私たちも相手に出来ないわ。」
「何か失礼な事を言った気がする。その点はすまなかった。」
青年にはうろ覚えの記憶が残っていた。確かパチュリーと話していたような気がする。その事だけは覚えているのだがそれ以降は到底思い出せなかった。何となく失礼な事を言った気がする、というものだけは感じていた。
「それはもう気にしないわ。初対面から嫌な人だったもの。」
青年は鼻を鳴らしてレミリアへの相づちとした。青年にも少しだけ言い分はあるのだろうが今はそれよりもフランドールの事が気になっていた。
「今はとりあえず妖精と色々な事を教えてあげているわ。力の制御はもちろん、紅魔館に住む者としての気品も教えているわ。」
「それでうまくいくのかどうかは今居る奴らによるという事か。」
青年は何となく考えていた。青年にフランドールが何らかの理由で、もしくは何もなく襲いかかってくると青年にとって心苦しいところがある。もしそうなればどちらか倒れるまで大立ち回りになる事だろう。それだけは絶対に避けたい。
「だから力を貸して欲しいの。私からお願いするわ。」
「パチュリーはどうして欲しい?」
「急に振らないでちょうだい。レミィの為にもやってあげて。」
「よしやるだけはやろう。」
「悪意を感じるけど良いわ。それでお願い。」
青年には聞こえていないのだろう。もう既に魔道書に没頭する青年はまた新たな知識を求めて本の中をさまよっていた。その中での新しい考え方や方法、失敗例が載っている本は青年にとっては宝であり、財産であった。心踊り身を昂ぶらせてくれるものは誰にとっても欲しいものである。
「もう何。この空間。」
レミリアはその二人に嘆いていた。