アリスは香霖堂へ向かってから帰るまでの間に全ての用事を済ませていたらしく荷物を人形に持たせていた。特に表情は変えず、重たそうな大きい荷物を背負っているため青年は少しだけ持とうと提案した。アリスは訓練の一環だから気にしないで、と話した。魔理沙は片目でその会話を見てすぐに辞めた。別に関わる気はないのだろう。
「今日は疲れたでしょう。紅茶を出すわ。」
アリスは家に着いて人形に荷物を任せてから自分は紅茶を作り出した。カップを棚から三つ取り出すと、ポットと一緒にトレイに乗せて運んできた。青年はその様子には気に留めず目の前に置かれていた本を開けて読んでいた。青年には読めない不可解な字で書かれていて到底読めるとは魔理沙は思っていなかった。
青年は案の定ペラペラとページをめくっていた。まるでぎっしりと書かれている文字と説明している絵を漫画かのように読んでいた。魔理沙は隣の椅子に座りその様子を見ていたが、青年のその行動には理解できない部分があるらしい。
「興味でも湧いたかしら?」
アリスはトレイを長机においてから声をかける。青年は反応を見せなかった。アリスは一瞬また声をかけようとしたが辞めてしまった。
「おい、紅茶を飲まないのか?」
魔理沙は青年を揺らして知らせるとはっ、としてキョロキョロし始める。そして目の前に紅茶が置かれている事に気づき、一礼する。
「済まなかった、人形を操っているのがどうにも気になってな。」
青年は冷静に答える。その様子にアリスは口を隠して笑っていた。魔理沙は二人の空気感が似ていると思い、二人にさせた。
「そんじゃ、私は帰るぜ。」
魔理沙は空気を読んでなのか、アリスの自宅から何処かへ行ってしまった。青年は置いてけぼりを食らった訳である。青年はそれで諦めたのか本に視線を落とした。
「貴方は外から来た人よね。何処から来たか教えてくれるかしら。」
アリスは金色の美しい髪を耳にかけて少し身を寄せた。青年は本からは目を離さなかった。
「それは分からない。いつの間にか森の中に居て近くには二本の剣が置かれていた。記憶も曖昧だから自身の名前も知らない。」
青年はぶっきらぼうに答えた。アリスは悲しそうにしているだけで何かを察したように思える。
「この森ではないのよね。と言う事は博麗神社の近くね。彼処は妖怪が多く出現するけど襲われたりはしなかったの。」
アリスは少し興味があるらしく、青年は困り顔を示し始めた。しかし、答えないと言う訳ではなかった。
「人を咀嚼していた少女に道案内をしてもらったが、何か不味かったらしい。」
青年はよく分かっていない、と言わんばかりに自信なさげに答えた。アリスも不安になる程だ。
「よく襲われなかったわね。」
「運が良かったのだろう。美味しそうに人間を食べていた。」
あっさりと答えるその様は人間と言うよりかは妖怪に近い。アリスはそのことを危惧していた。青年の発言も気になるが幻想郷では慣れてくると当たり前であったりする。
「貴方本当に外から来た人間よね?何も疑問に思わないの?」
青年は少し考えてから本から目を離してアリスの方を見始めた。アリスはその細く鋭い視線に普通ではない事を悟る。
「その世界では常識が通じなさそうでな。色々と学ぶべきだと感じた。だからこう色んな所に連れて行ってもらっている。とは言え、昨日来たばかりだから四箇所しか見ていないのだがな。」
青年はアリスの事を見ていないようなそうでもないようなところを見ていた。勿論アリスもそのことは疑問を持っているが聞くほどのものではないと感じた。そもそも関係ない。
「それにしては落ち着きすぎじゃないかしら。」
「そうか。」
了承とも疑問とも取れる返事をした。青年にとってそのような評価は興味がないらしい。
「少し教えてあげましょうか。」
アリスはよく分かりもしないだろう字で書かれている書物の読み方でも教えるなのだろうか。
「頼みたい。先程から何の内容かわからねぇ。」
青年は本を放り投げる代わりに自身を背もたれに預けた。相当疲れているらしい。
「そうね、上級魔法の書物よ。早々簡単に読まれてたまらないわ。」
アリスはくすくすと笑っていた。青年は落胆にしたようでアリスの方を見ていた。
「人形を扱うのはやはり難しいものなのか。」
青年は半ば諦めたような表情をしていた。そこまで求めている理由は知らないが、若いのかどうか判別がつかなかった。落ち着いているが子供のようだとアリスは感じた。
「流石に一体なら簡単なものよ。微弱な魔力で操れるわ。」
「魔力か。何でもありなのか。」
「魔力を知らないのね。誰しもが生まれつき持っているものよ。でも引き出すのには相当の時間を要するの。」
アリスは魔力について話を始めるが青年は聞いていないかのように適当な返事をし始める。しかし深く考えているように見えるのでやめるつもりはなさそうだ。
「つまりは引き出せば何とでもなるのか。念じれば浮くものなのだろうか。」
青年は椅子から立ち上がると、アリスの了承を取ってから適当な一体の人形を取り出す。そして長机にそっと置いた。
「一つ聞きたいことがある。」
アリスはどうぞ、答えるだけだった。
「ここにある人形を全て操ることは可能なのか。」
「流石に二十体が限界よ。先が無くなるわ。」
アリスは連れていた六体の人形よりも多くを操ることは出来ると答えた。青年をそれを聞いて首を縦に振る。伝わってはいるようだった。
「なら、一体ぐらい浮かせるのは容易そうだな。」
青年は興味深い行為をしようとしていることに実験をする学者のような顔を見せた。とても嬉しそうである。アリスはそんな男の様子を見て微笑ましそうにしていた。
「やってみようか。」
青年は両手を人形の上に掲げた。それから心の中で浮け、浮けと念じていた。そんな真剣な表情にアリスはじっくりと様子を見ていることしかしなかった。かえって邪魔になると感じたからだろうか。青年は念じ続けるが、一向に浮くような気配は見せなかった。
「やっぱ、駄目なのか。」
アリスは落ち込んだ男を励ます。
「きっと魔力の方向が違うのよ。」
「それはどういう事だ?」
青年は念じるのを辞めて腕を組んで気難しそうな顔でアリスを見つめた。
「人形を操るのは操作魔法。物を作り出すのは創造魔法。自然物を作り出すのが自然魔法。この三つなのよ。私は操作魔法が得意だから人形を使ってるわ。」
アリスは何かを思い出したように隣の部屋へと向かっていた。多分書斎になっているのだろうと青年は予想した。立証する証拠はないし、する気もない。
「この書籍には自然魔法が書かれているわ。小さいものなら簡単だから挑戦してみて。」
アリスから一冊の分厚い読もうすれば気が失せるような本を渡された。青年は気にせずに表紙を見てペラペラとページをめくる。
「紙とペンを頼む。少しだけ教えてくれないか。」
青年の目にアリスは感心して、教えてあげようと感じた。
青年はその日は夜が明けるまで本を読み続けた。その間アリスの方が疲れるほど質問をした。疑問に思った事すべてを青年はアリスに聞き、アリス自身は青年に分かるように丁寧に説明した。青年は聞いたすべての事を流れるようにペンを走らせて書き続けた。紙に書けなくなるとアリスは新しい紙を渡す。そんな事を十枚ほど続けた。
「よし、終わらせたな。」
青年は日が昇っている事に気付いたが、男は背中を伸ばす事を優先した。アリスも同じく背中を伸ばす。流石に両者が疲れているらしく、机に伏せてしまった。時間はそこまで掛からなかった。
青年は未知の事にかなり興味があるらしく寝る間も惜しんでメモした事を丁寧な字で書き始めた。カリカリと字を書く音にアリスは気付いて、片目でその様子を見ていたが、止めるのも失礼だと気付かないふりをした。青年はそんな気遣いに気付くはずもなく、黙々と字を書き続ける青年の目は充血していた。その事に気付いたのはアリスの家に堂々と入ってきた魔理沙だった。
「ちょっと待て。早く辞めろ。」
青年は背筋を伸ばして書き続けていたため扉を開けた魔理沙にまですぐにその目は見えた。
「魔理沙か、昨日ぶりか?」
青年は何食わぬ顔で魔理沙に挨拶すると、字を書き続けた。魔理沙は慌ててペンを取り上げる。青年は不思議そうな顔で見つめるだけで何か行動は起こさなかった。
「ちょっと、魔理沙来てたなら言いなさいよ。」
魔理沙は二人に敵対している事に気づく。しかし、主張だけはしようと口を動かす。
「お前、流石にやり過ぎだ。目が充血している。」
「だからか、視界がぼやけている。」
青年はさらりと答えると、ペンを取られているので仕方がなく本を読み始める。
「ちょっと、少しは休みなさいよ。」
アリスは青年の体調を心配して一言だけ伝えた。青年は分かってる、と答えただけで止める事はしなかった。魔理沙も諦めて椅子に座り始める。青年はどうしても止めるつもりはないらしい。
「こう見てると昔の私みたいだな。」
魔理沙はぼそりと呟いた。青年は聞き逃していなかったのか、顔を上げた。
「そうなのか。そう言えば魔理沙の得意魔法は何だ?」
昨日とは違い、テンションが上がっている青年を魔理沙は鬱陶しく見ていた。あまりにも人が変わっているので仕方ないかもしれない。徹夜をした人間というのは意外と元気が良いのかもしれない。
「私は箒の操作魔法以外は魔法道具に頼っている。」
魔理沙はどこにしまっているかわからないが、小さい八卦炉を取り出した。これは小さな炎から山を打ち砕くようなものまで出せる、と説明した。青年は少し持ってみる事にした。
青年は八卦炉を手に取るとじっくりとよく観察していた。どのような原理は見て分かるものではないが、火の放出口をじっくりと見ていた。厚さは手に馴染むほどなのでそこまで分厚そうなではなかった。青年は後悔のないようによく見てから返した。
「道具には何か魔法をかけて出力は自分でしているのか。」
青年は落ち着いた様子で魔理沙に問いかける。
「その原理は香霖に聞いてくれ。私は知らない。」
魔理沙は八卦炉を手で投げ遊びながら答えた。随分と手慣れているので前からの付き合いであるようだ。香霖とは。
「なら、聞いてみる前に少し使ってみたいのだが、良いか?」
青年は椅子から立ち上がるとゆっくりと歩き始めた。魔理沙は難しいぞ、という。まさか使える訳がないと当たり前な反応は見せる。アリスは何となく付いて行くことにした。何されるか分かってものではないのと、青年の成長を見届けたいと思われる。
「扱えるかはどうかは知らないが、念じろ。炎を出すイメージをしろ。」
魔理沙は博識者のような堂々とした説明をしている。アリスと同じような説明である。青年は火が出てくる口を上に向けて炎が出るように念じた。
「もっと明白に念じろ。どんどん行こう。」
魔理沙も熱が入り始めたのか、得意分野に興味を持ってくれたのがそれほど嬉しかったのか声を張り上げていた。青年の体調を忘れてしまうほど。青年もその言葉を聞いて鼓舞されたのかよりはっきりと火山の爆発をイメージした。すると、どうだろうか?
大きな火柱が上がる。吹き出し口からは似合わぬ程の太いレーザーが放たれた。青年はその八卦炉が出す力に押されて両手で持ち始めた。左膝が曲がって地面に着きそうになった。
「凄え威力だな。」
青年はその場にばたり、と倒れる。口に咥え続けていたシワシワとなった煙草が落ちた。まるで命を絶やしたかのように倒れ、二人はすぐに近寄る。魔力が枯渇した時偶にこうなることもあるらしい。