第80話
襖の近くには赤のジャージを着た青年がいて、その部屋の中に黒髪の美しい輝夜がいる。
そして襖の外で青年に声をかけたのは冥界の住人であった。
「幽々子さん、久しぶりですね。」
青年は手軽く挨拶だけは済ませた。しかしそういえばと思っていることがないとも言えなかった。
「山本さん、もういらしていたの?」
幽々子は優雅に扇子で口を隠して小さく笑った。久しぶりなので忘れていたがその上品さに心を奪われたのは事実である。
「山本?竹林じゃないの?」
青年はこうなるだろうと思っていたがかなり冷静にその場で板に挟まれていた。かなり痛いはずだが特に気にしていなさそうだった。
「俺は元々名前がない。だからその場で思い出した事で名前を変えている。」
「山本さん。そうだったのね。」
幽々子は急に調子を落としていた。青年は悪い気がしたがいつかは話さないといけないことだった。これで良いと青年は開き直ることにした。
「好きに呼んだらいいのね。」
輝夜はその事は何も感じておらずその場でクスクスとその二人の話を聞いていた。青年はそんな二人に挟まれながら結局座り直すことになった。不本意だがこうなるのは仕方がないのか、と割り切った。
「貴方はどこから来たのかしら?」
幽々子は多分輝夜の正体を見破っているのだろう。それを確かめる為に真剣な眼差しで輝夜と目を合わせていた。
「月から来たの。」
輝夜はすんなりと答えた。この早さには驚くが青年はどうやって来たのだろうかと思い始めたが口には出さなかった。少しだけ面倒なのだろう。
「月?もしかしてそこからの使者から守るためにしているのかしら?」
幽々子の洞察力には敵なら肝を冷やされる。青年は幽々子の右隣に座っているがどれだけ心強いかは言うまでもない。
「そうだと良いのだけれど。」
「そもそも此処には月の使者は来れないわよ。博麗大結界がある限りはね。」
博麗大結界、その言葉は青年と輝夜は初めて聞いた。青年は少しだけ顔をそらして右下の畳を見て何とかその場を乗り越える。輝夜はどうにも言い逃れ出来なさそうなので永琳を呼ぶことにした。
「初めまして。」
そこから幽々子と永琳は一言名を述べてから話を進めた。青年は余りにも興味がなくその事は表に出ていたがその事を気にするような幽々子ではなく話は進んでいく。
「それでその博麗大結界はどの様なものなんですか?」
「八雲 紫と博麗の巫女によって作り出されたこの幻想郷を覆う大結界よ。丁度ここと同じような結界が張られているわ。」
幽々子は紫とは交友関係があり、青年も一度だけ会った事はあった。その事がどれだけ青年の印象に残っているかと言えばそれなりと言うわけである。
「そうなのね。こうなれば信用する他ないわ。姫様この箱庭結界を解除いたしましょう。」
永琳は輝夜に膝をつけて頭を垂れた。つまりは輝夜の方が上に位置するらしい。その事実は青年にはかなり衝撃的だったのだろうかポカリと口を開けていた。
「分かったわ。永琳が言うなら私は良いわよ。」
正座をしていた輝夜はその場から右脚を使って立ち上がると襖を開けて月夜に右手を振った。
「これでその内、日が出てくるわ。」
青年は後ろの事なので何も見ていなかったが何かをしたのは感じ取っていた。妖力なのか魔力なのかは知らないが確かに大きな力が使われているのを感じた。
「輝夜、貴方は時間を操る事ができるのか?」
ここで青年は口を開けた。ここで沈黙を続けていた分、その言葉の重みはそれなりにあるのだろう。輝夜は青年の問いに襖閉めずに外から答えた。
「永遠と須臾を操るのよ。その能力で軽く朝を迎えるわけよ。」
輝夜としては自慢気にしていたがそれを青年は特に見ていなかった。永琳が不安そうな表情を残して幽々子は少しだけ面白そうな表情をしていた。輝夜からしてみれば特に何もしていないように見える青年に視線が注目するようになる。
「折角だから一緒に朝日を見ましょう。」
突き出した輝夜の手は青年の赤いジャージの袖を掴んでいた。
青年こそ為す術は持ち合わせていたかもしれないがそんな事御構い無しに連れ去るので青年は連行させれる形になっていた。
青年は不服そうな表情はしていないが何も変わっていないので永琳から見えた青年の印象は奇妙なものへと変わった。
「私も見ようかしら。」
幽々子はその場から立ち上がると襖の間を通って優雅に輝夜と引っ張られている青年の後に続いた。
「私も行きましょう。」
永琳も即座に立ち上がり三人の後に続いた。朝日を浴びた四人は時の進まない異変を解決した。青年が向かう事で門をこじ開けて幽々子が交渉して輝夜は話し相手が欲しかったとばかりに白状し永琳はそう言ったものの頭を悩ませていた。
これにより上空で戦っていた三つ巴の泥沼は終わりまた平和が訪れた。その後の新聞で博麗 霊夢と八雲 紫による功績として掲載され一部の人間から反論があった。
当の本人はその事は耳には入っておらず気にする事もないので保留されて揉み消されることとなった。