風情を感じる場所で青年はその時間を過ごしていた。
竹の葉が風になびいて音を鳴らす中で頬を撫でる風と微かに聞こえる鳥の声、そして近づいてくる足音に気づいて青年はバッ、と上半身を起こした。
その動きに元々小心者の鈴仙は身をたじろがせた。
「朝食の時間ですので食卓までお願いします。」
その小さな元気のない声に青年は耳を澄ませて聞き終えた後にその場で立ち上がると頭を軽く会釈程度に下げて鈴仙の横を通り抜けた。
こんな一瞬の事なのだが鈴仙にはとても怖かった。異変の件で青年の目によって抑止され続けたので苦手意識が奥底から湧き出ているような感覚を覚えていた。その事が関係しているのかここまで一言も話してはいなかった。
鈴仙は恐る恐る足音を立てないように青年の後に続いていた。食卓と呼ばれる場所は青年の時に入ってきた入り口のところから見えるところにはなく廊下を直角に曲がったその先にあった。
青年の見ていた景色を横から楽しむことが出来るようになっている。その先にある縁にある一角の部屋で輝夜と永琳は既に悪意のある座り方をしていた。四人が座れるようになっているのだが隣同士で座れるようにしてあった。
鈴仙はこの二人から見るに玩具の一つなのだろうと青年は感じて奥の方の輝夜と対面になるように座った。
そして師匠の前で恥を見せたくないのか即座に座ると少しだけ距離を開けていた。人が見れば気になる距離らしく青年も横目でその事を気にしてはいたが何も言うつもりはないらしくそのまま流されていった。
「では、頂きましょう。」
全員が揃ったからだろう、輝夜はそう言うと箸を取り出してお椀を手にした。青年はその声と共に下を向いていた。
白飯と水のような汁に漬物と干し肉が並べられていた。まず青年は気になったものから手に取り出していた。透き通った汁に花麩を入れたシンプルなもので青年は何となく口につけた。
その淡白でほんのりと出汁の味がするのがとても良いと青年は感じた。
要はお吸い物と呼ばれるものだが白玉楼ではこのような物は出なかったので新しい味の一つとして青年の記憶には刻まれた事だろう。青年はその味を忘れないうちに白飯を箸で一口ずつ食した。
偶に漬物を食べながらその塩気をかき消すようにお吸い物を飲んで白飯を口に入れる。
「気に入ったかしら?」
きっと無心で食べていたのだろう。静かな食卓でカツカツと箸と食器の当たる音がするので永琳は少しだけ嬉しそうにしていた。
目の前でこのような食べていたらそうなるのだろう。
「もしかして貴方が作ったのか?」
青年は一旦口に含んだものを飲み込んでお吸い物で整えてから永琳と話し始めた。
近くに湯呑みは置かれているが手をつけないのはきっと認識していないのだろう。
「そうよ。私も偶には作る事もあるわ。こうでもしないといくつ年を取ったのか分からなくなるのよ。」
「そうなのか。それなりに練習はしているのだろう。食に飽きたりはしないのか。」
「それは無いわ。私はこの味で舌が慣れているもの。今更何か変わる事はないわ。」
「それで輝夜も偶に作るのか?」
輝夜は眉を動かして青年の言動に驚いた。表には分かりにくいがきっとそうなのだろう。
「いいえ、私は姫よ。作る必要はないのよ。」
輝夜は自慢気に答えるが青年は悲しそうな表情をしていた。
「輝夜のも一回は食べてみたいな。」
そのぼそりと呟いた青年の一言に輝夜は袖で口を隠しているだけで何か答えたりするような事はなくその場をやり過ごした。
別に答えないわけではないらしいがきっと苦手なのだろう、青年は少しだけ思った。
「姫様は作らずとも私と鈴仙が作れば良いのよ。」
永琳は舟を出して輝夜を救う。力の均衡の合わない主従関係が青年の目の前で起こっていた。
青年はやっと気付いたのか湯呑みを手に取り少しずつ口を啜る。湯気も出ていて器も熱かったのに口に含んだので吐き出すことが出来なかった。
鈴仙の青年の横で耳をシワつかせていた。それだけの恐怖をいつ与えられたのか対面の二人には通じるものはないがひしひし苦手意識が向いているのは感じていた。
「鈴仙、その間は何かしら?姫様の客に失礼でしょう。」
青年は舌を冷ましながら永琳のその冷徹さを感じていた。逆に失礼だから、とかの理由で言うのならば別に青年は構わないのだが永琳の言う言葉には確実に悪意を感じるので青年はどのような表情を浮かべていれば良いのかよく分からなかった。
「別に気にしないでくれ。じき慣れるだろう。」
白飯に漬物を乗せて干し肉一口、白飯一口を続ける青年にからすればやはり興味がなかった。
まるで遠くの小さな火事のようである。
「では失礼する。」
青年は急に立ち上がり襖を開けて食卓を後にした。
鈴仙としてはやはり怖かったのだろう。異変の時に感じたあの強大な力を目の前にして何も出来ずに通り抜けられた。そして何もされる事なくその場で放置された。その事実が青年を見ると鈴仙は感じるようだ。
その重圧は本人にしか分からず、永琳と輝夜には苦手意識がある、としか認識されないらしい。
「竹林さん、何処かに行かれてしまったわ。鈴仙、貴方の気を感じ取ったのかもしれないわね。」
永琳はほんの少しだけ怒っているかのようにも思えた。輝夜と永琳には長い関係があるが鈴仙とは姫と比べるとはるかに短い時間しか会っていない。
永琳の中での比重は9対1程度の割合なのかもしれない。そうなるのは仕方がないと鈴仙は珍しく机を叩いて襖を乱暴に開けて食卓から出ていった。
「どうしたのかしらね?」
輝夜からは一言だけ永琳に伝えた。鈴仙の座っていたところに置かれていた食器にはまるで一口も食されていないような量が置かれていた。
「さぁ、」
永琳にも理由というのはよく分かっていないらしい。いや、知っていてなのか。