月夜に照らされた竹の葉の下で奇妙な座り方で煙草を吸う青年がいた。
その座り方は忠誠を誓うつもりなのか片膝を跪いて左手で煙草を挟んで口から離して紫煙を吐き、寂しい口を黙らせるように煙草を咥える。その姿にはきっとなんらかの意味があるのかもしれない。
「今宵も月が綺麗だ。」
目の前には白いウサギ耳をしてローファーを履いている女子高生のような格好をした優曇華院 鈴仙 イナバ、青年が言うには鈴仙がその横に座っていた。
大分慣れたのか、それとも慣れようとしているのかは分からないが頭を埋めていた。
「はい、そうですね。」
鈴仙はまるで元気がないように気の抜けた返事をした。青年には目に見えて落ち込んでいるのはよく分かったが月は鈴仙が元々居たところであるのはこの人は知らない。まるで水泡を見つめる童のような興味を持っているのには違いない。
「何か、あったのか?」
青年は少しだけ戸惑いながら言葉を出してみた。何かあるからこうなっているわけだが青年には人の裏事情など微塵も興味はないがそれなりに不安を感じた、と言うのが正しい。
鈴仙としても口籠った様子で潰れた言葉を出すが青年の耳には聞こえず、反応を見せないので彼女は黙っている事にした。青年は反応を待ちつつ欠けた月の湾曲の美しさに見惚れていた。
「好きにすると良い。話すなら俺はしっかりと聞く。この場から離れるならそれもまた一興。」
待ちきれなくなったのか、それとも少し理解できるところがあるのか青年は鈴仙に無理に話させようとはしなかった。
青年がそれなりに興味を示し始めたとも言えるが真相は本人に聞くしかない。
「分かりました。少しだけ話しましょう。」
青年は口に含んだ紫煙を薄く長く吐き出して鈴仙のいない左側で灰を払うともう一度含みのある笑みをこぼしてから煙草を咥える。
今日の朝、青年に対して言葉にならない嫌悪感を受けた鈴仙は地面に擦り付けていた頭を上げた後の話だ。
青年の言動の意味が分からず困惑しているからだ。負けを認めさせた相手にもう一度挑もうとするのはどうかと思えた。鈴仙はどうにも許せずに断るつもりだった。
「貴方は戦士なのだろう。ならその誇りをぶつけてはくれないか。」
青年はとても察しが良かった。鈴仙が何処からか来ていたのは見抜いた上でここまでしていたらしい。
「頭を下げる時の潔さで何となく思った。別に隠す事もあるまい。事情はどうであれこのままなのは一番嫌だろう。」
青年は中途半端な長さの煙草を踏み消すと拾い上げて懐へとしまった。鈴仙のところまで歩み寄ると起こす訳でもなく汚すわけでもなくその場所で見ていた。
「少し話を聞いて欲しいです。」
鈴仙は涙ぐみながらも青年には顔を見せないように伏せていた。
青年からすれば少し困った状況ではあるがこれはこれで構わないと言う事らしい。青年は立ち上がって少し考えた後にゆっくりと踵を返した。
「気分が優れないなら隠れていろ。俺が代わりにやっておく。」
青年は廊下まで上がると食卓の場所まで向かった。何らかの会話をした後に食器を持って裏口へと向かう青年を鈴仙は庭で一部始終を見ていた。
青年に洗えるのだろうか、と言う訳ではなく自分の小ささに悲観したと言うのが正しいと思われるが鈴仙は竹林の中に消えてその後の帰ってくるまで誰も探そうとはしなかった。
そんなこんなで青年は鈴仙の話を聞くことにした。
別に下に見ているからではなく、それなりの興味があるのみで邪念があるようには見えない。況してや真摯に受け止めようという態勢である。青年は竹の背を預けて地面に尻をつけて足を伸ばしてゆっくりとしていた。落ち着いたようなので鈴仙は何となくで話し始めた。
「私、昔は月で兵士としてその場に居ました。それなりの実力を持っていて随分と可愛がられた方だと思います。」
鈴仙はゆっくりとそして落ち着くようにして話を始めた。青年は此処から何を話すのかを予測しながら聞いてみることにした。
「月には都市とかは此処だとあるのだな。」
青年としてはそもそも月に何か建物があるものというのが初めて知ったことであるのでそれは大層驚いたのだろう。
「とても大きい都市です。此処よりも高い建物が立ち並んでいました。見上げるほどの高さがあったと思います。」
青年にはそのような見上げるような高さのものは知らないが此処よりかは幾分か技術があるように思えた。
そこで兵士をしている意味は言わば警護のためと言えるのだろう。青年はそうなるとどのような事を実践しているのかが気になった。
きっと厳しいものだろうと思っている。
「そのような技術のある場所で兵士をしているのかは置いておく。して、其処からどのようにして此処に来たんだ。」
月と幻想郷ではどのくらいの距離が離れているのかはよく知らないがその方法に興味が向いた。青年は何らかの物に潜入してここまで来たのだろうと予測する。
「とても簡単な事なんです。」
鈴仙は其処で口を包み隠した。言いたくないようなことでも秘めているのだろうと口を開くまで待ってみることにした。
青年は目には見えない流れを感じながら耳元で囁いてはいなくなる風を愛おしそうにしながら時が経つを待っていた。
「幻想郷と月での戦争がありました。私はその戦場に駆り出されて沢山の命を散らしました。その報いなのかは知りませんがスキマに入れられてここにやって来ました。ほんの一瞬の事なので何も分らなかったんです。その時に救ってくれたのは同じく月から逃げている師匠の元で、身を置かせてもらえることになりました。」
鈴仙は顔をうつむかせたままで口籠る音声を集中して聞き取りながら少し考えたことがある。
スキマという単語には心当たりがあるからだ。八雲 紫が確か使っていたような気がする。そもそも何者かは青年は知らないが並大抵の者ではないのは確かなので興味がないようなことではない。
「それで今は楽しいのか?」
青年はもしかすると何もしていないのかもしれないがよく考えた上で言葉を力一杯に絞り出すようにしていた。
月では兵士としてその場を守る事を全うして戦争中に多くの命を散らせた。それを気にしているのはきっと鈴仙が心優しく人を傷つけるようなことが嫌いなのだろう。
一回だけ調子に乗って本性を露わになっていたこともあるがそれは今は関係のない事だ。誰しも内に秘めている力というのはあるものでどれだけ引き出すかでその人の強さは決まるものである。鈴仙が秘めている力は慈愛なのだろうと青年は思った。
「楽しい、なんて思った事はありせん。でも気は楽なんです。」
気は楽、何とも可笑しい言葉であるのは確かだが青年にも思っているところがあるように見える。
青年は視点を上にあげて三日月を見ていた。其処にはかつて鈴仙が過ごした都市がありその場から捕虜として捕まえられたが何らかの事故でこの幻想郷の何処かに落とされた。
其処で歩きながら探していくうちに永琳の所までたどり着いたということらしい。その幸運はその人の善行をどれだけ積んできたと言うのも物語るには十分なものであった。
「なら良いじゃないか。何か熱中する事をしてみると良い。俺は此処に来てから魔法に興味がある。夢のような話だったが案外様になって来たと最近は思っている。鈴仙はどうだ?」
「私は師匠の医学の才能を学びたいです。私にもきっと少しはあると思います。」
「して、今からどうしたい?まさか上にのぼりたい訳でもあるまい。」
青年は背を任せていた竹から離れると一瞬で立ち上がった。鈴仙はその先輩のような青年の背中を見つめて呆然としていた。
青年としては何も考えていないで行動を起こしたのだろうが鈴仙にはまだそこまで能天気にはなれなかった。まだ塞ぎ込んでいる箇所はあるらしく何処か殻に篭っている節がある。青年にはもちろんどのような経緯で戦争が行われ結果的にどのようになったのかは何も知らない。
それどころかあまりにも無責任な発言の数々にその内誰かに迷惑をかけないか見張っている必要性もあるようにも思えるが青年には悪意と言うものはない。人の思いを汲み取れないわけでもなかった。
「貴方は如何してそんなに行動を素早く起こせるんですか?」
鈴仙は横を通り永遠亭へと戻ろうとしている青年を引き止めて何となく聞いてみた。
何も考えていないように見えるがそれで別に失敗をしたようにも見えないのがその波長から読み取れたのだろうがそれでも分からないのが青年の性なのである。青年は鈴仙の言葉に足を止めて首だけを回して対応するように体まで回していると言う感じだった。
その表情は流石に迷っていた。誰にも聞かれるようなことはなかったのだろう。そんな気がする、と鈴仙は思った。
「やってみないとわからないことが多いから。それだけに尽きる。」
いつもの調子で煙草の箱を開ける青年に鈴仙はどうにも別の次元の人間と対峙している、と思ってしまった。何処を向いているのかは自由に生きる青年のスタンスは鈴仙にはおそらく真似できないものなのだろう。
「やる前から分かる事もたくさんありますよね。それでも貴方は突き進むんですか?」
「そのような知識は持ち合わせていない。自分の身で培った経験しか俺は持っていないんだ。」
気楽にそして快活に答えた青年には鈴仙は雷のような衝撃を受けたに違いない。かつて此処まで何も考えていない生物がいるのだろうかなんて思えた。
「人と関わることは少なかったからその点では誰よりも疎いだろう。鈴仙にはきっとそのような事はないだろう。とても羨ましい。」
青年は唇に煙草を咥えさせてあげると今度は体ごと鈴仙の方へと向けた。その立ち振る舞いは何処かの盗賊のようだがしっかりとした目つきで鈴仙を見つめていた。
「きっとそのような事もあったと思います。それでも貴方のような人には巡り会えなかったですね。」
「それも一興。して、生きていく覚悟は出来たか?きっとこれから多くの難が待っているだろうがきっと上手く行くだろう。」
根拠のない、しかし青年の経験から導き出された結論に鈴仙はついていく事にした。
きっと道は開けるのだろうと信じて、何より青年の性格を知っておきたいと言うのもあったのかもしれない。いつものように煙草を咥えた青年は永遠亭への帰路につく。
上には三日月があり、その光によって此処では照らされたりそうでもない自然の摂理がある。鈴仙がその数が生きていく事なのだろうと思えた。
どの道でも何処かに闇は存在する、そしてより多くの光を集めたいなら素早く切り替える必要がある。青年はその事を知っているのだろう。鈴仙は歩きながら頬を濡らした。