寝殿造と呼ばれる屋敷の作られ方をしている白玉楼では襖は一枚しかなかった。
縁側に幽々子が居ない事に気付いた青年はまるで自分の家かのようにズカズカと中を探索し始めた。何かそこまでの目的があった訳でも心当たりがある訳でもないが青年はうろ覚えの館を歩いていく。
本館として建設されている場所は客間として使われる事が多く襖で上手く囲って幽々子と紫が話していたりする。
その奥にあるのが中庭があり別館へとつながる大事な通路が青年が出てきたところから左にある。別館には中庭を通って真っ直ぐ向かっていた。
その先には基本的に本館にはない機能がある。例えば妖夢が食事を作る所であったり寝床であったり、その他生活に必要なものがある。その場所で幽々子は座り込んで何かをしていた。
「また腹が空いたのか?」
青年は蔑むようなそうでもないような普通の目をしているがその目は常人のそれであった。幽々子は肩を上げて後ろを振り向く。
そこに居るのが従者である妖夢ではないのは声で知れるが逆にその人の方が幽々子としては嫌な方だった。
「な、何かしら。客人の歓迎は主人としての務めよ。」
幽々子は媚びたような声音をしてなんとかその場をごまかそうとしてみるが青年に通じるものなど何もなかった。しかし特に何か叱る訳でもなくただ一言だけ告げた。
「今日は貴方の悪行を叱りにきたのではない。そのような事は従者にでもさせておけ。永夜異変の事についてなのだがどうにも不可解な事が多くてな。何か知っている事はないだろうか。例えば妖夢とか。」
「妖夢?確かに私の為に弾幕勝負を挑みに行ったけど。それ以降は何も見ていないわ。竹林を見つけたら上白沢 慧音という方に道案内をして貰って永遠亭まで来たのよ。」
幽々子はいつも通りの砕けた態度で青年に接した。青年からすればそのような事には興味はなくただの言葉として受け取っていて真意は伝わる事はなかった。
しかし青年にはそこで本当と嘘が分裂した事を知れた。
「そうすると妖夢は上の方で誰かと戦っていたのか。そうなると誰と相手をしていたのかが気になる。」
青年は首を傾げながら更なる興味があったのだと思われる。
その真意こそ誰も知らないがきっと疑念が確信に変わるところがあったのだろう。幽々子はそんな風に首を傾げてから深く考え込む青年を見てそう思えた。
「それが博麗 霊夢と八雲 紫なんだそうよ。」
「話が読めん。」
青年はあっさりと一言だけ伝えた。幽々子の為に弾幕勝負を挑んだ相手がなぜか霊夢になっている。
異変を解決したのが霊夢のはずなので青年からすれば妖夢が敵となる。
結局のところ馬鹿騒ぎをしていた結果、何もしていないで異変が解決してしまったように感じた青年は目を細める。
その内心はアホらしいと思っているのかあまり深くは考えていないのかその極端な思想が浮かんでいそうだが何処かそのような気はしない。
「確かに新聞には異変の解決主として載っているのよね。何があったのかは妖夢に聞いても何も分からなかったわ。」
えへっ、と言って肝心なところをはぶらかす幽々子とは別にして青年はこの場所で茶菓子と茶を汲み始める。素早く道具を取り出す速さには幽々子と驚いているが妖夢に教えられたのだろうと割り切っておいた。
青年は手軽い茶菓子を棚から出して皿に盛る。白い丸い形をした饅頭で幽々子なら一口、二口ぐらいで終わりそうだがそこまで気を配れる程青年は余裕があるわけではなかった。
「また後で話を聞く事になるだろう。今は茶でも飲んでゆっくりとしていよう。」
青年は既に湯呑みに茶を淹れ始めた。作法、淹れ方等未熟な点も多々あり、とても美味しいものとは呼べないがそれでも幽々子は満足そうにしていた。
青年は手早く渡した茶を直ぐに飲んだ幽々子の表情を見てそう思えた。
「せめて景色の良いところで行こうか。」
青年は器が熱くなる前に持ち運び左手には既に茶菓子の置かれている皿を持って裏庭へと向かった。無骨で何も敬意のない青年の茶の淹れ方だが元々そのような性格であるのを知っているためあまり幽々子は不満には思っていなかった。
それどころか少し気分が良いようで青年の後ろについていった。まるで威厳のない姿だがそれはそれで良いと二人の中ではなっている。
「貴方はこちらの方が好きなのよね。」
幽々子はペタンと縁側に座ると左側に茶菓子と湯呑みを置いた。青年は直ぐ右側に座り右側に同じく置いた。その距離は親密的な距離であるが互いが何も気にしていなかった。
青年が女性に対して無関心な所があり、その点には興味が向かないので気を許しているところが多いにある。
「広いところが好まない。小さな所にある大きな世界の方が好きなんだ。」
青年と幽々子の前には小さな横に細長い池とその場所に赤い簡素な装飾のされた橋が架かっているだけの単純な構造をしていた。
物が少ないからこそ良いと言う日本の美を体現している庭である。偶に幽々子も居たりするが青年ほど好んではいない。
「随分と難しい事を言うのね。」
本気にしているのか単純にそれも一人の意見として大きく見ているのかはよく分からないが何か含みのある言い方をしていた。幽々子だからそう感じるのか、果たして。青年は特に気にしている事はなく自分の意見として述べたまでと一線引いた態度を取っている。
「あれ、幽々子様。珍しいですね。」
「あら、妖夢。此方に来なさい。」
スッと扇子を出して口を隠して手招きをする様子は正しくここの主人である所以なのだろうと思えるが急に取り出した扇子は確実にその隣の人を不快にさせたのだろうと青年は思った。
「どうだった?気晴らしになっただろう。」
青年はその隣に居たうさぎ耳の少女に話しかけた。少女は首を縦に振るだけで言葉は発しなかったが青年は軽く受け流す程度で済ませておいた。
あまり聞くのも良くないだろうという勝手な青年の想像である。妖夢は幽々子に耳打ちをされた後に先程まで青年たちの居た場所へと向かうと何かを準備していた。
鈴仙は変に小さく縮こまり何もせずに居たが青年に招かれて右横に座る事にした。
「急な客だから驚いただろうが、今日は気晴らしにきた。ここの庭は素晴らしいからな。」
青年はやっと冷めたのであろう茶をゆっくりと口に運んで啜った。
その唇に飲み込まれて行く淡い緑色の液体が無くなる頃には既に何かが始まるのだろうか。何か特別な事は起こらないにしてもきっと何が産声を上げる。
「鈴仙さん。茶と茶菓子を置いておきますね。」
妖夢は支度を終えたのか縁側へと顔を出した。客人の前だと言うのに和みを与える妖夢の表情を横目に青年は見ながら幽々子の隣へと座るところまでを見ていた。
何か異様なものを感じたと言うわけではない、適当に茶菓子を取り出したのに気付かれていないか、ふと思い始めただけである。
「そう言えば鈴仙。妖夢とは上手くいきそうなのか。」
青年はボソリと鈴仙と幽々子には聞こえる大きさの声で話し始めた。この声に無駄に体を揺らし始める鈴仙にはきっと予想のつかないようなところからの質問なのだろう、その感じが顔を出ていた。
小心者という訳ではないが心優しく控えめなところのある鈴仙には中々難しい所がある。幽々子は茶菓子として青年が出した饅頭をパクリと一口食べていた。
余裕があるのか、別に気にしていないのか、青年がどうしてその事を聞いたのかのどれかではある。
「え、あ、はい。」
鈴仙は小さな声で話していた。自分の意見を話すのが好きではないのか恥ずかしいのかは青年には理解できない所であるが鈴仙は堅苦しく考えていた。妖夢は何の話かと聞き耳を立てていたがそこまで鮮明に聞こえる事はなく幽々子に聞いていた。
「良かったな、妖夢。」
「何の話かさっぱりなので何も返答はしない事にします。」
妖夢はさらりと答えた。
それだけではないが幽々子に話を聞いてから嬉しい、とだけ答えた。鈴仙は何となく安心したのか湯気の立った茶を啜ってみる事にした。
その芳醇な香りと舌に伝わる苦味を感じてすぐに口から離した。熱かったのかどうだか知らないが険しい顔をしていたのは事実である。
「永遠亭とはまた違う風味のある茶葉が使われている。きっと口に合わなかったんだろうな。」
青年はすっかりと湯冷めした茶を飲んでいたが妖夢の淹れたものとは違いかなり薄口になっていた。
その事は幽々子も薄々と感じているが口に出すような事はしなかった。最初は失敗ばかりなのでその内上達するだろうと言った緩い考えをしていた。
「あらあら、それは仕方がないわね。他のものを代わりに用意してあげるわ。」
青年は思った、結局妖夢が淹れるので何も変わらないと。
「幽々子様、申し上げにくいのですが他の品は備品として置いてありません。」
妖夢はきっぱりと主人に断っている。確かに妖夢に一任されている節はあるのでこの時は仕方がない事なのである。
「私、このままでも良いですよ。」
鈴仙は慌てて否定するが幽々子は扇子で口を隠してクスクスと笑っていた。四人で平和な時間を過ごした後で二人は下界へと降りた。
鈴仙はとても満足して永遠亭に行ったが青年はもう一度白玉楼へと戻っていた。