夜の人里の少し離れた場所で一つの灯りがついていた。その屋台は静かで誰もいないかのように感じるが何かを焼く音がしているだけで人の声が聞こえないのでまるで亡霊が営んでいるようだった。
木々の下で行われているので状況が余計にそのことを連想させる。
(ヤツメウナギ以外何も頼もうとしないけど大丈夫かな。)
目の前で客として座っている男は先程から一本ずつ頼んでは食べてを無言で繰り返している。
切り盛りしている側からして異様と言うのか不穏な空気が漂っているのには違いないと思えてきた。それだけ男の風貌が悪いように感じる。
フードを深々と被った黒の上着が見えるだけで首筋ぐらいしか見えないので女将としては早めに帰ってもらいたいと思っていた。
「あの、何か頼むものはありますか。」
男は顔を上げて返答をしようとするが目元は全く見えるような事はなく口元だけで小さな声を出していた。
「結構。」
と答えた。男がどうして此処まで居座ろうとするのかの理由は女将には分らないが頑固とも言えるその態度はいけ好かないものとなっていた。
女将は炭火で焼いているヤツメウナギを裏返して火を通す。此処には飲み物とこのヤツメウナギしかなく屋台という事もあり飲み物の量はかなり少ない。とは言え何も飲めないと言う事があるのだろうか。
「誰かお待ちなんですか?」
女将は別の視点で考え始めていた。きっと人を待っているんだ、と考え付いた女将は早速ではあるが聞いてみる事にした。
話そうとしない男は鬱陶しそうにはしなかったが話しにくそうにしていた。
「いや。それだけではない。」
誰も待っていない、そしてあまり話さない男だがヤツメウナギは綺麗に食べているのできっと自分の思い違いだと女将は考えた。
時間を待って炭で燻してから皿に乗せて渡した。毎回このような事を繰り返しているのだが珍しく客がいるのを女将は嬉しく感じていた。
理由としては始めたばかりで認知されていないと言う事だと思うがいつ男が此処で始めたのかを知ったのかはよく分らず女将としてはかなりの謎だった。
「もう一本追加しますか?食べ終わる頃には焼き上げますよ。」
男がヤツメウナギを一口頭の方から食べて表情を変えずに噛みごたえを確認していたところで女将はすかさず一言だけ話した。
要は此処で注文を入れさせようとしていたが多少強引なやり方なので男には受けなかった。
「遠慮する。」
口の中に広がっていた風味を飲み干してもう一口食べ始めるその姿には流石に女将でも逃げ出したくなる。
小心者ではあるので余計ではあるが行動の読み取れないその様はどうにも出来ない悪寒を感じる。顔の大部分が見えないからかもしれない。
それとも話そうとしないからか。一度思うと中々離れようとはしてくれないので女将はそのループを味わうこととなり、深みへとはまっていく事になるのだ。
「やってますか?」
屋台に掛けられていた暖簾をかき分けて顔を覗かせたのは白髪の青白く痩せ細っていそうな女性の剣士だった。緑色のベストを着ている。
「はい、お好きな席にお座りください。」
女将は手を差し伸べて席に座るように勧めるとその女性は男の横に座った。
まさかの見知った間柄だったのはここで初めて知る事となったのだがそれにしても不自然に見えるのは偏見なのだろうか、と女将は思った。
しかし客の関係性など聞く必要がないと頭の中で悪魔の自分の押さえつけた。
「妖夢か?ようやく来てくれたんだな。」
「不自然に風を起こしていたので簡単に分かりましたよ。」
その二人の会話には女将の知らない部分が多かったが客が増えた事自体は大いに歓迎なので細かい事は気にしないようにしておいた。
男は不意に立ち上がり食べかけのヤツメウナギを皿に置いたまま暖簾を分けて外へと出て行った。女将はその男を無銭飲食したと思ったが妖夢と呼ばれていた女性が行くのを止めた。ちょっとした野暮用らしく直ぐに戻ってきた男を見て女将は胸を撫で下ろした。
「何か欲しい物はありますか?」
女将として一言だけ伝えておく。その事については女性の方はなんとも思っていなかったが男は何か勘付いているようなそうでもないように顔の向きを上げた。そこから感じた事はやはり疑念であった。
「隣と同じものをお願いします。」
女性は右手の人差し指を上げて答えた。女将はすぐにヤツメウナギを取り出していた。
「追加をお願いしたい。」
男も同じようなタイミングで注文を頼んだので女将はまたすぐにヤツメウナギを出して串に慣れた手つきで刺すと炭火の上に直接火に触れないように容器の縁に乗せて焼き始めていた。この優しい音に男は耳を澄ませていた。
「して、酒は飲まないのか。」
「ええ、帰りが心配なので。」
このように答えた女性を女将は恨めしそうに見ていた。やはり商売として利益を得たい欲が剥き出しになっているのか女性も男と同様に察した気がする。
「一曲聞いてくれませんか?」
「結構だ。目の前で既に奏でている。」
男はじっと一点を見つめていた。その先にあるのはヤツメウナギがあるだけで何が音を出しているのか、いやこの音を楽しんでいるのだろうか。
「そうですか。」
女性もその様子を見ながら随分と慣れているようでじっと同じように見ていた。
話すのが好きな女将ですら声を発せなくなっている。尖った視線で人とは違う次元を見ているかのような男に理解できないと考えていた。
「出来上がりましたよ。」
男は一言も話す事なく皿を二つ分取ると女性の前にも置いてあげた。
そして優しく女将が教えたように食べ方を教えるのを見ていて人としては思いやりのある人だろうと思えた。頭の理解は追いつかないがきっとそうだろう。そうだと信じたい。
「クセのあるの強い味ですね。」
女性は少し辛そうな表情を浮かべていた。確かにクセが強く人によっては好まない場合がある。男はあまりそのようなものは感じないが少しだけあ女性は苦手のようだ。
「酒のツマミに食べるのが一番良い。」
男はゆっくりとそれだけを言うと串をとってヤツメウナギを食し始めた。それが女将のミスティアによる初めての営業である。】