赤い壁に阿吽のように立っている二人がいた。一人は壁にもたれかかり寝息を立てていてもう一人は精神統一とばかりに座禅を組んでいた。
静かな空気の中に見知らぬ人が向かってくるのが視えた。
「ここの門番はよく寝てるもんだな。」
ケケケ、と笑う黄色い逆立てた髪をした妖怪が霧の中で現れた。その妖怪は見えにくい中でもはっきりとした視界を持ち合わせていた。
「しかし、また一人増えているがここの門番は寝るのが仕事なのかね。」
高笑いをして気分を落ち着かせた後にその妖怪はゆっくりと高度を下げてから地面に降りた。
水生の妖怪らしく手足の指には水掻きが付いていた。ペタン、ペタンと普通なら不快な音だが眠っている二人には聞こえないだろう。そんな安易な考えに足をすくわれる結果となった。
「どちら様ですか?」
壁にもたれかかっていた赤髪の中華服を着た女性が急に目を開けてその妖怪を見た。
その落ち着いた雰囲気からは既に知っていたようにも見えた。妖怪はもう片方の後ろで髪を縛っていた目元にかかりそうなほどの長さの前髪をしている男を見ていた。このような状況でも座禅をし続けているのが良い度胸だと思えた。
「客だよ、早く通してくれ。」
妖怪は怠そうに答えた。
「今日は訪れる予定とは聞いておりません。お引き取りください。」
女性の門番は鬼気迫る表情で答えた。震え上がらせるような気はないらしいがその迫力はそれなりのものであった。妖怪はそれでも特に何か示すような事はないらしくケケケ、と軽快に笑っていた。
「急ぎではあるが客を通そうとしないのはどう言う教育を受けているんだ?」
「見ての通りです。何かご不満でも。」
女性の門番はその場所で後ろに腕組みをしながらゆっくりと一歩ずつ妖怪の元へと近づいてきた。首を左右に揺らしながら戦闘体制へと入る門番に妖怪も段々と乗ってきたらしい。
「それなら強引に通させてもらうぜ?」
水かきのついた手が自身の体の前で揺らしていた。その指先には水滴が垂れ始める。何処から現れたのかそんな事は気にしないのである。
大きく言えば同類である女性の門番は頭の片隅で考えていたが原理と言うのは聞いてみない限りは理解出来ない。妖怪は落ちそうな雫を手を振って門番へと向けた。
刹那、槍のような一撃を門番は寸前に避け切る。
当たった赤い壁には砕ける事はなくとも傷のついた赤いレンガで作られた城壁があった。
目の前にある事全てが非常識で包まれた幻想郷ではその様な事はよくある。門番は左脚を前に地面を滑らせてながら突き出していく。
今すぐでも攻撃を与える事ができる、その感覚がひしひしと伝わる。
指先を使って徐々に間合いを詰めていく門番、それを見て左脚で水滴を飛ばそうと回し蹴りをする妖怪。門番は協奏曲のリズムに合わせて上体を揺らした。
そして脚で軽く跳び上がり一気に距離を詰める。水滴を飛ばすだけなら近づけば普通の妖怪である事には違いないと考えた。
間違ってはいなかったろう。門番は近づいた拍子に鳩尾に一撃を喰らった。
一瞬だけ息が止まり、むせ返る。妖怪はそこから素早く顎を蹴り上げた。素早い二段蹴りをした妖怪は軽快に地面に両脚をつけるとそこから飛び上がり右脚で回転蹴りを行う。
左腕で受け止めて難を逃れて地面を転がる門番に妖怪は動きを止めた。ふとした瞬間に持っていかれるのをきっと感じてしまったのだろう。
「しかし、まぁまぁな強さは持っているらしいな。」
妖怪は余裕そうに両手を上げて肩辺りで保つと呆れたように首を振る。
いい加減飽きてきたと言う感覚に似たものを感じているのだろうと門番は思った。
門番は低い位置でいつでも戦闘に入れるように用意はしていた。ゆっくりと脚を直立へと戻していく。妖怪はその様子でさえも関係なさそうに見ていた。大体の力量を見透かされたのだろうと思われる。
「主人様には昔からお世話になっているので。」
息を吐くように言葉を連ねる門番は顎を当てられた事により脳を揺らされたらしく体のバランスが取れていないらしい。
フラフラと酔っているかのような出で立ちに妖怪は目を隠して大きく笑った。門番はそのままの調子で脚を交差させながら妖怪へと近づいた。
妖怪は馬鹿げた行動をした門番を素通りしようとしていた。その油断は命取りとなる。フラッ、とした門番をよそ目に妖怪は門へと向かった。
その速さはさる事ながら並大抵の力ではなかった。左腕の裏拳を使い後頭部を叩く。その威力に妖怪はその調子で前へと倒れた。少し顔を汚されたのと油断していた自分にほんの少しだけ虫唾が走ったらしい。
妙な拳法を持つ門番を見てようやく本当の力量というのを知れた気がする。まだ酔いから覚め切らないらしい門番はその千鳥足で妖怪を近づいて遠心力を利用した強力な一撃を見舞う。
その威力は妖怪でさえ恐れるほどで一撃を食らいたくないらしく丁寧に対応していた。そのぐにゃぐにゃな動きからは素人には予想出来ぬ一撃を妖怪は目の当たりにしながら更なる闘志を燃やした。
此処には吸血鬼がいると聞いている。大量の金とその死体とを交換してほしいと裏での取引があった妖怪は何としても中に入ろうとしていた。
「やっと本気になったのか?」
妖怪は一度距離をとって口を左腕で拭うと両腕を垂らして左右に体を揺らした。
此処から本気を出すと思われる妖怪に門番は戻ってきた意識とともに感じていた。流石に脳を揺らされて意識も白濁としていた時とは違うが確かな実力はあると思っていた。門番は構えていた。
その隙間を縫うように一つの小さな筒が通る。
「やっと気づいたか?」
門番の後ろには精神統一をしていた青年が立っていた。妖怪は見落としていたのだ、その男の存在を。そして風穴を開けられた腹部からの血生臭い香りを嗅いでやっと怪我を負わされたと気づいた時にはもう遅くその場に倒れていた。その痛みも流石に耐え切れなかったらしい。
「鋭い一撃、感服致します。」
「いや、美鈴が居なかったら出来ていなかった。こちらこそありがとう。」
お互いを譲り合うような二人の会話はしばらく終わる事なく喧嘩腰でお互いを褒めていた異様な光景を何も知らない妖精に話しかけるまで続けていた。
二人はまた門の前に立つと各々の時間を過ごした。