緑のより一層生えるこの道にはいつもと変わらぬ景色が続いていた。しかしだからと言って何も変わっていないといわけでもなく青年にはその微妙な変化を視ていた。
青年はいつも通りに石段を鳴らしてゆるりと情景を眺めるようにしていた。その一片の変化をこの身で感じ取る為に、
それかその威力に感化されるように青年は己の脚を動かしていた。孤独で誰にも評価されるようなことのない足取りを見るのは誰になるのはそれこそ知り得ない。
「桜が、咲いている。」
白玉楼へと向かう階段の途中前にも見た事のあるその桜は大きく花びらを咲かせていた。
しかし完全には咲いていないと言う中途半端な状態で成長を止めてしまったようでもあった。青年はその場で右足を上の段に乗せながらその大きくそびえ立つ樹を眺めていた。
何かが変わると言うこともなくただ時間を過ごしているだけだがそれでも青年には必要な時間だった。青年は一通り桜を眺めた後に白玉楼の門をくぐった。
その場には海がなく何の芸術性もない乱れた線が書いてあるだけだった。青年はその場から周りを見渡すがその場所には誰がいるわけでもなく季節とは関係ない花々が咲き乱れていた。
木は辞めてしまったらしい。そんな事を感じながら更に奥へと進んだ。その先には此処の家主が居りいつも通りの時間を過ごしていた。
淡い青色の帽子からは淡いピンク色の短めの髪を覗かせている。青の生地に袖や裾が白くなっている。今は家主としての威厳は何もない。
「あら、山本さん。今日は何か用でもあるのかしら。」
青年はいつも突然やって来る。その事を知っている幽々子としては単純に何か目的があって来たのだろうと安易な考えをしていた。その想いはもちろん間違ってはいないが今回は微妙に違った。
「別に何かあって来た訳ではないが。来た時に気になる事を1つ見つけた。桜が咲いているが何かしたのか?」
青年は音もなく幽々子の隣に座る。幽々子本人はその事を拒むこともなく、嫌なそうな表情も浮かべなかった。
幽々子はいつも通りポカンと口を開けて気の抜けた表情をしているが青年の質問には気になるらしく急に険しくなった。
「私は何もしていないわ。そもそももうやろうとも思わないわよ。でも確かに急に白玉楼でも花々が咲いているが気になるわね。そして少しだけ生気を感じているのよ。まだ生きていたいから花としてこの世の未練を解消させようとしていると思うわ。」
幽々子からすれば青年のその質問には心当たりがある。前回に西行妖として咲かせようとしていたのは事実であるためその辺りで疑われるのであればもう仕方がない事だと思われる。
青年は幽々子の言葉を聞いていたがその原理はよく分からず今回は霊夢達に任せてみる事にした。
「要は幽霊が花を咲かせているのか。」
青年はボソリと呟いていた。その感じはどうにも何か掴んでいるかのようで、それでも靄がかかっているようで何も出来ないという感じが伝わってきた。
幽々子は手助けをしたいと考えたが青年がどのように助けを求めるかによっては何ともならさそうだと思った。
「そう、そのような事になるわ。幻想郷では偶に起こる現象よ。どうやら今回の巫女は異変の解決に向かったらしいけど何も出来ないのは見ても分かるわ。」
幽々子は少し冷然としていた。軽くあしらった様な言い方ではあるがそれもきっと何らかの思いがあっての言葉だと感じていた。
青年はこれを何とかできる方法はないのか、と少し模索してみたが幽霊を倒すなんて考えた事はなかった。
「時間を待つしかないわけか。それは困った事になりそうだな。人里では知らない人が多い訳だろう。」
「ええ、きっとそうよ。このような時に紫は何をしているのかしらね。」
何処かを見るようなそうでもないような幽々子の視線に何とも言えない心の流動があるのを感じて青年はそれ以上は口を出すような事はしなかった。
それがどちらに向かうのかはよく知らないが青年にはそこまで興味がある訳でもなかった。
「今は何しているんだ?」
青年は気になったから聞いた、ただそれだけの事だが青年は更に奥を気にしていた。
「眠っているわ。幻想郷の管理をしているのは紫なのよ。そして半年を行なった後に長い休暇を取るの。」
穏やかで何もないようなゆっくりとした口調であるがその先にあるのが何か違うものであるのを感じた時に青年ははっ、とした。幽々子は目を細めてその青年の様子を眺めながら優しい笑顔でクスクスと笑った。
「なら、今は誰が管理している。」
「基本的に誰もしていないわ。それだけ紫の仕事は完璧なのよ。もしもの時にその式神が指揮をとる。」
「名前は藍だったりするのか。」
青年は即答、に近い形で幽々子の言葉に反応した。藍と言うのは前に紫から聞いていた名前であった。また会える時があったらとか言う理由でその時は会うのを断っていた。
青年は何となく話ぐらいは聞いてみようかと思い始めたがそのような機会は全くない。何処に住んでいるかが分かれば何となく足を運ぶことも可能となるだろう。
「ええ、前に紫が言っていた本人よ。とても優秀な式神だけどまだまだ足りないところがあるわ。」
幽々子は大体の事は知っているらしく、楽しそうに話しているので青年はその言葉をゆっくりと噛み締めながら聞いている事にした。青年の頭の中には基本的に幽々子の言葉を理解するための知識は何もなく、後々埋め合わせていくしかない。
「何処に住んでいる。」
青年は何となく聞いてみるが、幽々子は何か含んだような表情をしているだけで有益な情報を話そうとはしなかった。
青年は流石にその場所に行けそうな事はなかった。その方法も知る由もない。
「紫のスキマのその奥にあると言うわけか。」
青年は半ば諦めたようで仕方がないとばかりに縁側から立ち上がった。その場所に木で出来た梯子を持ち合わせたのは魂魄 妖夢、此処の庭師だった。
「そう言えば、大分汚く感じるがどうしたんだ。」
青年は立ち上がったまま疲れている妖夢に気楽に話しかけた。言葉自体は汚くともその声からあまりその様な感じはなく慈愛に満ちた人を眠らせるような声だった。
青年の性格の現れなのかきっとイチゴのような味わいが伝わる。
「花々が咲き乱れているようですが私には到底手に負えません。」
泣く泣くどうしようもなくなった庭を妖夢は半ば諦めかけていたのかノコノコと帰って来たのを幽々子は楽観的に見ていた。
鼻歌でも歌いそうなほどの呑気な感じで青年でさえ頭をぶつけたのかと聞きたくなるようなほどだった。幽々子自体仕事に厳しい人ではないので何も言わないつもりなのだろう。
そもそも青年は此処で何をしているのかは見た事はない。失礼な話、朝起きて食事して、茶を飲んでみたいな事を1日続けている。青年としても何処か不思議に思わざる箇所があり、後々聞いてみようとは思っているが今ではなさそうだ。
「良いのよ、どうせ客なんて誰も来ないわ。」
幽々子はクスクスと小さく笑ったが、妖夢はそれを冗談として捉えて良いのか目を丸くして反応が遅れた。
青年は鼻を鳴らすだけでさほど気にしているような様子はなく二人合わせて異様な雰囲気を漂わせている。
「山本さんはどのように扱えば良いんです?」
妖夢はその一瞬を過ぎてから眼を覚ますように冷静になり幽々子に反論した。が、幽々子は特に聞く耳を持たずに青年の方を見て珍しくニタッ、と笑みをこぼした。
その阿呆面を見て青年は小さく笑うと冗談であったかのように何も反応は示していなかった。
「好きにしてくれ。どうやら幽々子にとっては客人などと言う身分では収まらないらしい。」
「山本さん、其処までは言ってないわよ。」
幽々子も何故か青年の返答を気に入ったらしく阿呆臭い会話を続ける二人を妖夢は肩に石でも乗せられているかのような程体を重たそうにしていた。其処で青年は突拍子も無い事を話す。