「して、庭師。少し体が鈍っているのではないか?」
青年は何かの衝動に駆られて口走っては行けないような気がする言葉を出した。
白髪を揺らしてその言葉にギョッと驚く妖夢に青年はニタリ、と口角を上げた。挑戦状を叩きつけたような気分に浸る気分屋の青年は柄を握っていつでも出来ると口に出さずとも主張していた。
対して妖夢は主人を守るための剣である為に私情で剣を抜こうなどとは思えなかった。要は動機が不純なのだ。
「いいえ、そのような事はありません。」
妖夢はきっぱりと断った。堂々とした態度には流石に青年も何も言わないと思った。
「なら見せてくれないか。」
どちらにせよ、という事である。妖夢は何とも言えない疎外感を胸の内に秘めるがそれを表に出そうとは考えなかった。その理由としてはとても単純である。青年がきっと足元をすくうからだ。
「山本さん、強引にでも斬り伏せに来るのでしょう。道理は不純ですが鍛錬の成果を見せるのには十分です。」
妖夢としても青年の自由奔放さは知っている。
どうにかしようとする為早めに勝負は受けておいたほうがいい、とか言う妖夢の思考を青年は何となく察していた。
青年からすればどのみち幽々子も使ってどのような手段でも使うつもりなので早めに話に合わせてくれたのは時間を有効的に使えると安易に考えていた。
「なら、始めようか。」
青年は右手で掴んでいた柄から剣を引き抜きだらりと下げた腕で全てを支えた。その姿は亡者であり生きている者の姿ではなかった。
対して妖夢も腰から剣を抜く。
その名は白楼剣と呼ばれ迷いを断ち切る為のものであり魂魄の者にしか扱うことのできない代物である。青年はその姿を見ながら攻撃を仕掛けるのを待っていた。幽々子はそんな二人を扇子で口も隠さずにクスクスと楽しそうにしていて何とも別世界の住人のようにも思える。
「はい、どのような手段もお使いください。」
妖夢は一気に距離を詰めた。
ダッシュしてからの平行に斬りつけるが青年には届きもしなかった。
弾かれた感覚と受け止められた感覚が妖夢に同時に伝わった。また腕を上げていると思えたが自分も負けている場合ではないともう一度剣を振るう。
青年はその妖夢を見ながらちょっと余韻に浸っていた。この足に伝わる振動は剣から伝わる振動、そして目の前で踊っているのを見ながらフラッ、とし始めた。妖夢はその隙を狙うが見透かされていた。
青年が浮かせた右足を妖夢の腹に当てた。後ろによろけた妖夢に青年は追撃はしなかった。
「妖夢は真面目だ。故にかかる。」
青年は何処か違うところを見つめているかのようでまるで妖夢に関心があるようには見えなかった。これが青年らしいというのか何とも言えない程緩やかに動いていた。
「私が半人前とは言えど聞き捨てなりませんね。」
妖夢の瞳がギラッ、と輝いた時にはその体はその場所には居なかった。
真っ直ぐにそして素早く引き抜いた楼観剣を地面に叩きつけながら白楼剣で更なる追撃を行う。
青年は後ろに避けた後に白楼剣を右腕に持ち合わせていた剣で受け止める。両方が剣を外せない状況となり力の勝負となっていた。
こうなれば妖夢が負けるのは必然であったのか素早く外して青年の追撃を受け止めた。適当で何でもないかのような一撃であるが妖夢の白楼剣を止めるのには容易かった。
「妖夢、頑張って。」
拍子の抜けるゆるい声をあげて従者を突然応援し始めた幽々子としてはこれはこれで楽しんでいそうだった。
青年はそんな事を思ったが妖夢はそこまで軽く受け止めるようなことは出来なかった。
誰もが遊びとして見ている中で疎外感を感じる妖夢は楼観剣と白楼剣を使って走り出した。両腕を交差させて水平に持ち合わせて正確に素早く動かした。
その交差点、その先に青年の剣が合わさる。双剣を一本で抑え込むその力量はさながら神速の一撃を受け止めたのも評価されるべき点である。
ちょっとした遊びだ、言わんばかりに青年は力を抜いてゆっくりと踵を返すとのそのそと歩き始めた。がら空きの背中を妖夢は襲う事はなくある程度の間合いが空くまでは時間を潰していた。
妖夢は剣を構え直していつ青年の攻撃が来ようととも止める気でいた。
「幽々子さんに声をかけるほど頼りないのはどうかと思える。」
気の抜けた息を吐くような声だった。ため息にも似た声で生気の籠らない、屍のような出で立ちをしていた。
これが青年の本性と言うのかやる気のない感じがどうにも妖夢の気に障ったようだ。何もしていないが気を抜かせてくれないのが青年の策略のうちなのかは本人しか知る事はない。
「きっと楽しみにしているのでしょう。貴方が何処までついてこれるのか。」
潜めた殺意さえも無くした気迫のない声に青年は背筋を凍らせる。青年には真っ向勝負となると妖夢に軍配が上がるのは戦う前から知っていた事である。
それほどの実力差があると感じているので此処はうまくそれを誤魔化しているだけなのである。
「主人に楽しんでもらえるなら何よりだ。」
青年は今度はやる気を出したように大きめな声で言葉を連ねた。
その先にはどうであれ決着が待っており気づかれる前に決める必要があったが青年はその辺は心得ている。失態を晒すような真似はしなかった。
妖夢は青年の言葉に耳を貸していたがその隙を青年は何かの方法を使って突こうとはしなかった。
あくまで向こうが来るまでは青年が動くような事はなく、まして特に戦闘態勢にも入らないような中途半端な動きに妖夢はどのように動けばいいのかほんの少しだけ迷った。
その隙に青年は上手い事体を倒しながら距離を詰める。その速さは雷のようで薄く平べったい影のような掴みにくい動きで妖夢を狙った。
妖夢は後ろに足を蹴り出しながら双剣を青年の攻撃を受け止められるように刀身を交えて構えた。青年はその姿など見ずに交差させた右腕から空に飛ぶように剣を振り上げた。
その威力は並の剣ではなかった。
まるで爆発を起こしたような瞬間的な風圧が妖夢の全身を襲い始める。
抵抗する間も無く、空中で踏ん張りもできない為に布切れのように吹き飛ばされた。
青年は一旦自分の中で深呼吸して気分を落ち着けると剣を鞘に納めてゆっくりと歩みを進めた。
その先には先ほどまで剣を交えていた相手がいる。青年は膝を折り曲げて高さを合わせる。
「怪我はないか?」
青年は右手を差し出して妖夢はそれに答えるように握ると青年の力に任せて上半身を起こしてもらい、その後は自分の力で立った。
その後今まで戦っていた二人とは違い和やかな雰囲気のある仲のいい友達かのようだった。一通り戦闘の跡を消してから白玉楼へと戻った。
幽々子は手を叩いて大いに喜んでいるようでどちらの味方かさえ分からなかった。単純に心が躍るからそうしたのかは別である。妖夢は鞘に剣を納めると衣服についた汚れを軽く手のひらで落とした。
「茶を淹れますね。しばしお待ちください。」
妖夢は別館へと向かうと青年は気の抜けた声にもならない声を上げて縁側に倒れこむ。平和な雰囲気が幽々子によって造られた幻なのだろうか今の青年には何も関係のない事だった。