少し肌寒くなってきた夜だった。赤い提灯によって灯された小さな屋台の中で歌を歌っている女将がいた。
元々歌うことの好きな人で偶に一人で歌っては誰かに耳に届いて聞きに来る人がいる。
その後にその人は神隠しにあうわけなのだが。屋台では一人の青年がヤツメウナギを肴に酒をチビチビ啜っていた。決して酒に弱いと言うわけではないがあまり消費をしたくない理由がある。
装備品を新調した帰りに寄っているために持ち金がなくそこまで食べるような事はなかった。女将は注文を受けるまでは何もしないらしくいつものように歌を歌っていた。青年はその歌を聞きながらヤツメウナギを一口食べてから口の中で吟味した後、酒を飲んで流すのである。
一見もったいないと思われる食べ方だがそれは人の好みなのでとやかく言わない事とする。
「やってます?」
暖簾を軽く右手で退けながらその女性は入ってきた。癖のある髪でトンボで纏められている所がある。青色の着物のような緩い格好で腰巻できつく締めていた。
そして身の丈ほどもある鎌を屋台に立て掛けると青年と同じ長椅子に座った。
その格好はまさしく死神だが青年は特に何か怯えるような事はなかった。
「やってますよ。」
女将は軽く話しかけたが表に出さずとも伝える恐怖の念はこの人にも伝わっていた。
青年は本当に気にしていないのである意味肝の据わっている人物でもある。
「それではオススメでも頼むよ。」
枝を咥えたその女性は上機嫌な感じで座り込み女将が網の上で焼くヤツメウナギをじっくりと見ていた。その時間は静かで虫の音が何処かから聞こえてくるぐらいで他の音はまるで遮断されているかのようだった。青年はついでだからと女性に合わせて一本だけ追加した。
「お、何だ。アンさん居たのかい。」
声を聞いてようやく存在に気付いたのかその女性は陽気に話しかけた。呆気にとられている青年を何とも思わずにその女性は話しかけていく。
「私は小野塚 小町、って言うんだ。アンタはどうなんだ?」
落ち着きのある声だな、と青年は感じた。青年は言うならば年上のように感じた。
「俺に名前などない。好きに呼ぶと良い。」
青年は透明である透き通った酒を唇の上で滑らせていた。舌に感じるその苦味と言うべきか少しきつい酒らしい。
小町は女将がヤツメウナギを作るまでの間青年と話してみることにしたらしい。
「アンさん、何処に住んでいるんだ?」
小町は人里の人間であると思い何処らへんに住んでみるか聞いてみるらしい。逆に聞かれたらどう答えるのだろうか。
「基本的に紅魔館に住んでいる。偶に何処かに歩いては適当に時間を過ごしている。」
これが青年らしいと言えばそれで終わるがそのことを知らない小町は困り果てた表情をしていた。
要は何処にも住んでいないので居住区を転々としているだけの人と小町はその時に感じた。
「宵越しの金は持たない人なのか。」
「今日はそうなる。だが、別に使いたい時に使っているだけだ。」
青年からすればその程度であり、人よりも気楽に考えている。
その証拠として着慣れた着物を着ているだけであった。灰色の着物であらゆる所にシワのついた一見不潔な格好をしている。物に執着がなく単純にあるから来ているみたいな風体を見て小町でさえ鼻で息を吐くぐらいだった。
「アンさん、中々面白そうな人だ。もう少しくらい話を聞かせてくれよ。」
小町は案外嬉しそうに話しているが、青年の方はそうでもないらしく落ち着いた雰囲気を感じる。
小町としては流石にこの掴めなさに手を上げ始めようとした。青年は単純にこの時間を楽しんでいるので水を差してほしくないだけである。
「なら、女将がヤツメウナギを焼き上げるまでは付き合う事にしよう。だが俺は此処に誰かと出会いを求めて来ているわけではない。」
青年の一言で多少なり凍りついた一面はあったが其処は女将が舟を出してあげた。
「そう言えば私が来てくれた初日に来てくれましたがどうして分かったんですか?」
女将は場が和むように言ってみるが青年にはあまりその様には伝わっていないらしく面倒臭そうな表情だけは浮かべていた。
小町は何故か二人が顔見知りのような気がして仕方がなかったが此処ではあえて聞かない事にした。
「何となく見えたんだ。何か準備しているので何となく行こうかな、と思ってな。」
青年は淡々と話した。実はそうなる前に永遠亭に寄って顔を隠せるようにフードの付いたものと白玉楼に戻って妖夢を連れて来た。
その手順があったが気乗りしていない今ではその事を話してみる気にはならなかった。
「そうだったんですね。よくいらっしゃるのでとても気に入ったと言う事ですか。」
女将は素早くヤツメウナギを皿に乗せるとサラッと小町の前へと渡した。小町は丁寧に受け取るとその見た目をじっくりと見つめてから串に刺されたヤツメウナギの頭から一口食べに行く。
その独特の味には流石に参ったらしく吐き出しはしなかったがむせ返っていた。女将はそんな様子を何らかの瓶を持ちながら眺めていたが何かする事はなかった。そもそもこれ以外の肴はなく女将を持ち合わせの酒しかこの場所にはなかった。
要は女将の好みでしかこの店は成り立っていない。青年はチビチビと飲んでいた酒をヤツメウナギと口の中で一緒にしてから飲み込んだ。
「女将、ちゃんと食べ方を教えないと次から来て貰えなくなる。」
女将はその時にはっ、と気づいたのか急いで小町に食べ方を教えていた。青年は数回か既に通っているために自分なりの食べ方を見つけている。
が、小町はどうやら初めてらしくそのむせ返るほどの味に降参をしかけているために青年は女将に助け舟を出してみただけである。
「いやー、喉元を過ぎれば熱さ忘れるとはこの事だねぇ。また食べたくなるよ。」
小町は女将に教えて貰ってからはいつも通りの陽気さを取り戻したらしく、かなり話は進んでいった。
「そうなんですねぇ。船頭役の死神なんですね。それに死神にも3つの役職があるんですね。初めて知りましたよ。」
死神、と言う物騒な言葉を聞いてから青年は黙り込んでしまった。何か心に気にしている事があるのか如何しても気になる事があるらしい。女将と小町はそのことなど気にする事なく話を続けていた。
「そうそう、今の所人手が足りないから結構大変なんだよねぇ。」
小町はトンボで結んだツインテールを揺らしながら上機嫌に話しているのでその辺は女将の包容力のなせる技なのか、と青年は思っていた。
「それはお疲れ様です。私のところでゆっくりとしていってください。」
ここで何かを思い出したらしくあ、と女将を声を上げた。
「歌を歌ってあげます。」
そう言うと自分の太ももを叩いてリズムを取ると口からは美しい歌声が辺りに響いた。
その声には視界を暗くさせるような効果があるのを知っているために青年は素早く片耳だけ塞いで極力歌声が入らないようにしたが、やはり歌声は素晴らしいのでつい聞き入ってしまうのがどうしても青年でさえ抗えないところである。
横にいる小町は真正面で女将の歌う姿に見入り、その声に侵されながらその席に座っていた。青年は其処で何かを思ったのか塞いでいたはずの耳でもその声を聞いていた。
「小町、貴方は少し遊び過ぎです。」
緑色の髪で黒い帽子を被って後ろには紅白のリボンが結んである。髪の長さは肩にも当たらない程度だが青年から見て左側の方が少しだけ長いような印象を受ける。白色のシャツに帽子と同じ色のベストを羽織っていて前はボタンで締めてある。
全体的に重職についていそうな身なりをしてるが青年には何も気にしていないようでまた1人増えた、としか思っていない。
「映姫様。あのこれは違うんですよ。」
「違う?ではどのように違うと言える証拠はあるんですか?」
明らかに怒っている様子である映姫と呼ばれた女性は落ち着いてはいるがそれが余計に恐怖感を増していると言うのか効果的にさせているようにも感じた。
「視察ですよ、新しく出来た店なんでどのような物なのか気になっただけですよ。」
小町は下手な嘘をついて映姫を騙そうとしたがそれは意外な形で見破られる。
「少し前からありましたよ。小町、貴方が視察するには随分と遅いのではないでしょうか。」
映姫には既にこの屋台があった事を知られているらしく小町の言い訳など意味を成さなかった。
あまりにも哀れな姿であるが女将も青年も何も口を出そうとは思わなかった。仕事を怠けてここに来ているらしいのが余計にそうさせている。
「そんな事は、ないですよね?ねぇ?」
「仕事をサボってここに来ているなら何も言えない。完全に小町の方が悪い。」
青年は小町の心理的に手を弾くと映姫の方を擁護を始めた。確かに仕事をサボってまで来るのならちゃんと休憩か休みの時にゆっくりとしていれば良いわけである。
「ただし、休みの時に遊んでいる分には小町の味方になろう。実際俺も今は自由時間として与えられたからここに来ているだけだからな。」
「貴方の言い分はわかりました。つまりは今のところどちらの味方もしないと言う事でよろしいですね。」
映姫の言葉には青年は首を縦に振るだけで何か口に出すような事はしなかった。
映姫もそれ以上は青年を追求する気はなくほとんど居ない存在として扱うつもりらしい。
「それで答えから話しますと小町は今は休みという訳ではありません。
そしてとても忙しい時に魂を運んでこようとしていないのでこのような花として魂が幻想郷の至る所に出現しているんですよ。
それなのにどうしてこうも怠業をしようと思えるのでしょうか?そんな事頭の片隅にも思い付きませんよね。小町より優れた船頭を変えてもらいたいものですね。今なら私の考え、変えられるかもしれませんよ。」
助け舟は出すらしいがそれは早く仕事をしてほしいという映姫からの勧告でもあった。
それは小町は聞かないといけない今は異変として巫女たちが解決しようと奮起しているためにその内その話も何処かに漏れる可能性がある。そして霊夢が平和的に解決するとも思えなかった。青年は此処で何となく映姫の言葉に乗ることにした。
「小町の判断次第では俺も映姫の手助けをするかもしれない。」
青年は迷っている小町の判断を早めるために一言だけ伝えた。此処で戻って貰わないと余計に面倒なことになるのは青年の頭では予想済みなのである。
「そうですか。ご協力感謝します。それで小町はどうしたいんでしょうか?此処ですぐに仕事に戻って休みなく魂を運び続けるのか、ここに留まり世話をされないのか。小町はどうしたいのですか?」
「いや、あたいはそんな大変な場所なんて戻りたくないんですよ。」
「小町の意見はごもっともだな。それでまともに仕事をするとは思えないのだが。」
「そうでしょうか。現状大量の魂を彼岸で待たせているためにいつもは雑用係である死神も船頭として働かせているのですがそれでも追いつかないんですよ。素早く対応しておきたいのですがそれでも全く減る気配が無いです。その事を知りながら小町はここで時間を使っているので私としては連れ戻したい訳なんですよ。」
「なら、戻ろうと思うまで待つ事だな。上司なら部下の気遣いも出来て当然だろう。部下の失敗も許せてこその役職の服装している。」
「なら、暫くは此処で小町と一緒に付き合いましょう。決断はその後に決めさせて貰います。」
怒っている時の眼光とは違い、普通の時の眼光はとても優しいものだった。青年は取り敢えず座る場所を聞くことにした。
「お気になさらず。小町の隣に座ります。」
映姫はスッ、とその場所まで移動するがすぐに青年の言葉が入る。
「そうすると部下が緊張するからこっちに来てみたらどうだ?」
青年が小町の方へと移動して場所を空ける。仕方がなさそうな表情を浮かべている映姫だがそれも一興とばかりに青年の左横に座った。
「して、貴方の役職というのは何だ。」
「閻魔ですよ。魂の罪状を読み上げて白か黒かはっきりと決めるだけの仕事です。」
「だが、今は休憩中というわけか。交代制か何かなのか。」
「はい、6刻で交代です。今は好きに時間を使っても良い時間なのでこのように幻想郷の現状を見ているわけですよ。」
「熱心な方だ。」
「有難うございます。」
それからは映姫と小町の仕事について聞いていた。そしてその内情も聞いた。映姫と独特な青年の雰囲気を横に感じながら余計に疲れた小町は来た時よりも疲れた表情を浮かべていた。
映姫に地面を引きずられるように運ばれた小町が妙に可哀想に見える。が、青年はその事はあちらでうまくしてもらうとして現状を楽しむ事にした。
「いつものを頼む。」
女将ははい、と元気に答えるだけでこれまでの事は全く関係ないようだった。