ある少年の話
着いた、ここだよ。え?…間違いないよ。そりゃあそうさ、貧民街の人間がまともな墓場に葬られるわけないだろ。ほっといて腐ったら困るからここにまとめて埋めてるだけさ。もっともアイツの死体は干からびてたから、腐りはしないだろうけど………ああごめん、責めてるわけじゃないよ。こうして今生きてるのはお前のおかげだもんな、感謝してる。本当だぜ?
ここに来たのはそんな理由じゃない。まあ何だろうな、最後の挨拶ってやつ?アイツとは色々あったからさ……え、聞きたいって?参ったな、そういうつもりでもなかったんだけど。
いや、そうだな。その方がいいのかもしれない。こんな所に埋まっちまったら、もう誰もアイツのことなんて、思い出さないだろうしな……
「おいそこのお前、何してんだ」
「何って。井戸の水を汲みに…」
「誰が勝手に使っていいと言った。ここの水を汲みたきゃ俺様にショバ代を払うきまりになってんだ。ほれ、さっさと出しな」
「え、そんな決まり聞いてないよ。大家さんは水を汲むならここに行けとしか」
「だったら何だってんだよ。痛い目に逢いたいってか?」
「そんな…」
「バノッサ。お前まだこんな事してんのかよ」
「げ、ルカ…」
「げ、とはご挨拶だな。ガキいじめて小銭でも巻き上げようってか。大した悪党だな、ええ?」
「よ、よせよ。そんなつもりじゃねえって。ほんの冗談だよ冗談。じゃあな…」
「けっ、しょうもない事しやがるぜ、まったく。情けない野郎だ」
「あ、あの。どうもありがとう、助かったよ」
「ん?ああ。お前ももう少しシャキッとしろよ、この辺りでそんな風にオドオドしてたらあっという間に金巻き上げられてあの世行きだぜ」
「そ、そうなんだ。話には聞いてたけどやっぱりここは大変な所なんだな…」
「お前、見かけない顔だな」
「ああ、最近引っ越してきたんだ」
「ふーん。ま、せいぜいなめられないよう気を付けろよ、おぼっちゃま?」
「なっ!?私…じゃなかった、オレは坊ちゃんなんかじゃない!エドガーって名前があるんだからな」
「エドガーねえ。俺はルカだ、よろしくな」
……まあ、そんな感じで知り合ってさ。最初の頃は、何かと教えてもらったり助けてくれたりしてたんだよ。その中でもあれは忘れられないな。
「よう、エドガーじゃねえか。どこ行くんだ」
「ルカ。食料品の買い出しだよ」
「え、買い出しって。お前まさか、市場で食い物買うつもりなのか?」
「そりゃ、買い物なら当然あそこに…」
「バカ。あんな所で買い物なんかしたら高くつくぜ、ついてきな」
「え、どこ行くんだよ」
「食い物仕入れるんならもっといい所があるよ、教えてやる」
………その時かなあ。オレがここで暮らす事がどんなに大変でどんなに辛いかって事を、本当の意味で理解したのは。
「着いたぜ、ここだ。お、ちょうど来てるな」
「なんだい、あの人は?」
「残飯屋だよ。あいつからなら市場なんかよりずっと安く買えるぜ」
「ざ、残飯!?残飯って、誰かの食べ残し?」
「そりゃそうだろ、他に何があるってんだ」
「じ、冗談じゃないよ。残飯なんてオレはともかく母さんに食べさせる訳には」
「……おい。お前がいくら金持ってるか知らないけどな。こんな場所に住もうってんだ、大した額じゃないんだろ。それを無駄遣いしようってのか?」
「む、無駄遣いって。食べ物を買うんだから」
「食い物は毎日いるもんだ。つまり、毎日必ず金がいる。だったら少しでも安く済ませた方がいいだろ。それとも何か、お前金を稼ぐ方法でもあるってのか?」
「それは。でも、頑張って仕事を探せば」
「はっ、ガキにロクな仕事なんて回ってこねえよ。それを探してる間にも腹は減るんだぜ?」
「………」
「ほれ。ぼやぼやしてたら無くなっちまうぞ、さっさと買ってこい」
………酷い味だった。あの時母さんと二人で食べた残飯の味は、いつまでも忘れられないと思う。こんな思いさせてごめんなさいって、母さんずっと泣いててさ。
でも、人間って不思議なものだよ。そんな酷い味にもいつの間にか慣れてしまって。ルカに感謝したよ、あの時普通に市場で食べ物を買ってたら、手持ちの金はすぐ底を着いてただろうから。あいつの言う通り、仕事なんて滅多になかった。母さんと二人で足を棒にして探し回っても、何ひとつ見つからない。やっと貰えた日雇いの仕事も、ちょっと失敗したらあれこれ難癖つけられて、貰えるはずの額を減らされたり、タダ働きさせられたり。毎日本当に辛くて。
ルカにはそれからも、ちょくちょく助けられた。街の外で薪に使えそうな木を拾える場所のあるところを教えてもらったり、使い道のないボロ布や鉄屑とかでも集めておけば買い取ってくれる人がいるなんてのも教わったし。 それから……母さんが、死んだ時も。
-物盗りに抵抗して殺されたんですってよ。大人しく金を渡しておけば良かったのにねえ。
-下手に金を貯めたりするから狙われるんだよ、馬鹿な人さね。
-ああ、死んだら何にもならないってのによ。ま、よくある話さ。
「………」
「ようエドガー、大変だったな」
「ルカ……」
「近所の連中が言ってた事は気にすんな。似たような経験をしてるやつはいくらでもいる。ここに住んでたら、皆もう慣れっこになっちまうんだよ」
「……オレのせいなんだ」
「ん?」
「物盗りが奪ってった金は、母さんがオレの為に貯めてたやつなんだ。あと少しでオレの誕生日だから、そしたらこれでお祝いしようって。母さんずっと、それを楽しみにしてて。だから……」
「そうか。多分、お前らが話してるのを聞いてたやつがいたんだろ。この辺の家はみんな壁が薄いし。それで盗みに入ったんだろうな」
「……っ!!」
「おい、どこ行くんだ」
「決まってるだろ、犯人が近くにいるんなら軍に通報して」
「無駄だよ。貧民街の住人同士の事件なんて軍の連中がまともに取り合うもんか」
「じ、じゃあオレの手で捕まえてやる。見たやつだっているかもしれないんだろ、誰かに聞けば」
「止めとけ。誰に何聞いたってまともに答えやしねえよ。たとえ何か知ってたってすっとぼけるに決まってる、皆揉め事に巻き込まれるような事はしたくないからな」
「でも、それじゃあ母さんは」
「運が悪かったんだよ、この街に住んでりゃ誰にだって有り得たんだ」
「……本当に酷い街だな、ここは」
「ああ、とんでもない所さ。ろくでなしばっかりが集まる最低な街だよ。ここより酷い所なんてそうはない、いや、もしかしたらこの世で一番酷い所かもしれないぜ」
「……」
「けどな。そんな最低な場所でもオレの生まれた街で、故郷でもある。オレの居場所はここだけなんだ。お前だってもうそうだろう。違うか?」
「ルカ……」
「だったらここで強く生きていく方法を考えろ。嫌なことや辛い事は忘れて、いい事や楽しかったことだけ覚えてればいい。皆、そうやって生きてんだ。じゃあな」
「………」
「母さん。うう……」
………オレが立ち直れたのは、ルカのおかげだったと思う。あの時ルカにああ言われなかったら、オレはきっと。
でもさ。そんなルカでもいつまでもずっと強くは生きられなかった。そんな街なんだよ、ここは。
「じゃあなルカ、抜かるんじゃねえぞ」
「ああ、任せておけよ」
「ルカ?何してんだよ」
「エドガー。お前には関係ないよ、ほっといてくれ」
「さっきの男、盗賊団の一味だろ?あいつらだけは絶対に関わるなって教えてくれたじゃないか。そんなヤツと何を……まさか」
「うるせえな、ほっとけって言ってるだろうが」
「だ、ダメだ!そんな事やったら本物の犯罪者になるんだぞ、そしたらお前」
「うるせえ!でかい口叩くんじゃねえよ、お坊ちゃん」
「ルカ!どうしてだよ、オレに強く生きてけって言ったじゃないか。辛い事なんか忘れて生きろって」
「ああそうだよ、だからオレは忘れる事にしたんだ。辛い事も、今までのことも全部な!」
「ルカ、待って!」
……ルカにはさ、父さんがいたんだ。それから兄さん達も何人か。やっぱり貧乏だったから負担をかけたくないって、ルカは家を出て一人で暮らしてたんだけど。
その人達が捕まったんだ、ある貴族の屋敷に泥棒が入った時、たまたま近くにいたってだけでな。
ルカは毎日役所に行ってた。そんなはずはない、ちゃんと調べてくれって訴えるつもりで。けど、相手にされなかった。貧民街の連中の言うことなんて当てになるかって毎日追い返されて。オレが迎えに行くまでずっと、役所の入り口に座ってたっけな。ルカの家族はそれっきりだよ、ある日犯人だって事になって処刑されておしまい。遺体さえ渡してくれなかった。おおかた処刑したやつらがルカの事忘れてさっさと埋葬しちまったんだろう、酷い話だぜ。
それを聞かされた時のルカの様子は今でも覚えてるよ。泣いたり叫んだりせずに、じっと無表情で立ってただけだったけど。なんか、忘れられなかった。
お前ら、オレから何もかも奪いやがったな。だったらオレも。二人で帰ってる途中にポツリとそう言ったきり、あとは何も言わなかった……今でも後悔してるよ、どうしてあの時何も言ってやらなかったんだってな。
あとは大体察しつくだろ。ルカは家から出てって、街でたまに見掛けても逃げるように立ち去ってった。そういう時期が続いて、気付いたらルカはいっぱしの盗賊団の一員になってた。そしてあそこでオレ達と会ったってわけさ。
……オレのせいじゃない?ああ、そうだな。分かってる、結局はあいつが選んだ道だよ。
だけど。オレはあいつに助けてもらって、それからクリスにも助けられた。なのにあいつに、オレはなにも。
でもそうか。オレがあいつを助けてたら、クリスと出会わなかったかもしれないんだよな。そしたら今こうして話したりもしてないわけだし……難しいな。どっちがいいとか悪いとかじゃないんだろう、多分。
……なあ。クリスはオレをヴァンパイアにする為に、ルカの血を吸ったんだよな。ヴァンパイアが人の血を吸って、その血を自分の血と混ぜてから別の人間に吹き込むとそいつがヴァンパイアになる、だったっけ?どうやって混ぜるのかはよく分かんないけど。
それで合ってる…そうか。なら、オレの身体にはルカの血が入ってるんだな。最後の最後まで、あいつに助けられっぱなしだったってわけだ……え?なんだよヤケルって。は?ヤキモチを妬きたくなる?
……ち、違う違うちがーう!べべ、別にあいつをそんなふうに思った事なんてねえよ。あいつとはその、ほら。し、親友だよ親友。うん、間違いない。そりゃ、かっこいいなって思った事ぐらいならちょっとは…って、何言わせるんだよ!
え、じゃあ私は?あ、あのなあ!からかうなよ、こんな所で。ほら、そろそろ行こうぜ。先行って待っててくれよ、最後に挨拶してくるから。
……ごめんな、ルカ。お前はオレを助けてくれたのに、オレはお前を助けてやれなかった。二人で役所から帰ったあの時、お前に声掛けてやれなかったこと、今でもずっと後悔してる。
そっちは、どうなんだ。家族にはちゃんと会えたか?もし会えたんならよろしく言っておいてくれ。それから、余裕があったらオレの母さんにも。オレはもう、そっちには行けなくなったからさ。
オレ、旅に出るんだ。あそこで待ってるクリスってやつと。約束の地ってとこを目指すんだ。誰もが幸せに暮らせて、辛い事も悲しい事もない、オレ達の住んでた街とは正反対みたいな場所だよ。どこかに必ずあるはずなんだ。
お前もそこに連れてってやるよ、オレの身体にはお前の血が入ってるんだからな。二人じゃなくて三人で旅をするんだ。クリスはちょっと変わってるけどいいやつだぜ…って、お前に言っても信じないよな。
……忘れないよ、絶対。お前ってやつが、ここにいたこと。オレを助けてくれて、オレのせいで死んだ事を。
じゃあ、向こうで家族と幸せにな。オレ達も必ず、約束の地で幸せになってみせるから。そこに着くのを待っててくれよ。
さようなら、ルカ。オレのー
…お待たせクリス。ああ、済んだよ。それじゃあ行こうか?
私の、大好きだった人。