夜想令嬢~放浪の女騎士アレクサンドラ   作:平沢ヒラリー

7 / 10
エピローグ

「帝国領はどうだった、賑わってたんだろう」

「ああ、例の条約のおかげでお祭り騒ぎだったよ。おかげで随分稼がせてもらえたぜ」

「羨ましい話だな、俺も行っとくんだった。しかしまさか帝国と友好条約を結ぶとはな」

「帝国の連中も言ってたよ、何回戦争したか分からないぐらいなのにな。これも全部辺境伯様のおかげってわけだ」

「辺境伯がなあ。信じられんぜ、殺された奥方の言いなりになってるだけの人だってもっぱらの評判だったのによ」

「それよ。例の奥方があのアレクサンドラに殺されたって事件。あれが理由らしいぜ」

「へぇ、どういう事だ?」

「ここだけの話だぜ。俺の昔馴染みが辺境伯様の召使いなんだがよ、そいつの話じゃ、この条約はアレクサンドラを見つけ出す為の辺境伯様の計画なんだそうだ」

「なんだそりゃ。辺境伯は領地を帝国に荒らされたくないから国王陛下に友好条約を結ぶよう申し出たんじゃなかったのか」

「その程度の事は辺境伯様には痛くも痒くもないさ、本当の狙いはアレクサンドラよ。ほれ、あの女奥方を殺したあと帝国領へ逃げ込んだっていうじゃねえか。今までならそれでもう手出し出来くなるわけだが、友好国相手なら話は別よ。帝国内でアレクサンドラが見つかったら、捕らえてこちらに引き渡してくれって堂々頼めるという事になるじゃねえか」

「はぁー、なるほど。しかしそんな理由でよく帝国側が条約を承知したもんだな」

「まさか、表向きそんな事言うはずないさ。そこかいらが辺境伯様の腕、いや舌の見せ所よ。まず国王陛下をあの手この手で説得してその気にさせてから返す刀で帝国領へ乗り込み、今度は帝国のお偉方相手に一世一代の大口上をふるったってわけさ。同行してたそいつの話じゃ、そりゃあもう感動的な内容だったらしい。国王陛下も帝国の皇帝もその話にコロっと参っちまって、友好条約はめでたく成立ってわけだ」

「へえー、奥方の仇討ちの為にそこまでするとはねえ。あれ、けどアレクサンドラの指名手配は取り下げられたじゃねえか、もし見かけても手出しは厳禁だって」

「ああ。これもそいつの話だがな、辺境伯様はアレクサンドラが奥方を殺した理由を知りたがってるんだそうだ。それに例の奥方の遺体が見つかってないって噂、あれはどうも本当らしい。その辺の事も知りたいんだろう」

「ふーん。それで賞金稼ぎ共に殺させないように懸賞金は出さないって事にしたわけか」

「ああ、ついでに親戚一同が雇ってアレクサンドラを追わせていた傭兵たちも全部引き上げさせたとよ。その代わり自分の配下の騎士団からよりすぐりの連中に命じて、大捜索を始めたそうだ」

「自分の配下なら殺すなという命令は守るってわけか、なるほど。しかし、死んだ奥方の為にそこまでするとはね」

「それだけ奥方様に惚れてたって事よ。ダチの話じゃ死んでから何日も食事もとらずじっと考え込んでたそうだぜ。後を追って死ぬつもりなんじゃないかって心配してたけど、あの時は計画をずっと練ってたんだろうって感心してたよ。こんな立派な方とは思わなかったとな」

「お偉方の考える事は分からんな。しかしこれで、帝国との戦争への備えって名目で巻き上げられてた税金がなくなるといいんだが」

「なくなるだろうよ、税金を減らすってのは条約の表向きの理由の一つだからな。それに、他の国への備えの分も。辺境伯様は東の教皇国や南の自由都市連合とも条約を結ぼうと計画してるらしい。それでアレクサンドラの逃げ場をなくそうってんだろう」

「よくやるな。けど自由都市連合と友好関係を結ぶのには大賛成だぜ、あそこと普通に取り引き出来るようになればこちらも大助かりだ」

「ああ。それに教皇国が攻めてこなくなれば戦争の心配もほとんどなくなるだろうよ、周辺の国は大抵あそこのイカれた司祭様の呼び掛けで攻めてきてたんだからな」

「なんか、すげえ話になってきたな。もし全部上手く行きゃ、この国もかなり良くなるんじゃないか?」

「上手く行けばな。けどそうなったら辺境伯さまさまだぜ」

「ああ。けどこれ、どこまで感謝したらいいのかね。辺境伯はもちろんだけどきっかけは死んだ奥方だろ。いや、いっそ元凶のアレクサンドラか?」

「おいおい、変な事言うと辺境伯様にぶち殺されるぞ」

「おっと。しかしいくら美人とはいえもう死んだ奥方の為にここまでするとは大したもんじゃねえか。俺なんざ女房が誰かに殺されてもよ、そいつにありがとうって言うぐらいが関の山だぜ」

「はは、ちげえねえ」

 

 

国境間近の街道で休んでいた行商人達をやり過ごそうと、草むらの茂みに潜んだ私の耳に飛び込んで来た彼らの会話は、すぐには信じられないものだった。帝国領がもはや私にとって安全とは言えなくなった事も勿論だが、それ以上に驚いたのは辺境伯の変貌ぶりである。

辺境伯とはどんな人物か、と聞かれても正直何も答えられない。私に命令を下し、領地の政治を取り仕切っていたのはエレオノーラであり、彼はただそこにいただけの無気力な存在に過ぎなかった。奥方の傀儡、エレオノーラの生きたあやつり人形、一人では何も出来ない哀れな大貴族。王国内での彼の評判はさんざんなもので、およそ何かを成し得るような人物だとは誰も思っていなかった。そんな辺境伯が百年以上敵対関係にあった帝国と友好条約を結ぶ立て役者となり、周辺諸国との関係を改善させ、果ては民の暮らしを良くしようと考えているという。それらが全て、私を捕らえる為の計画だというのだ。。

彼らの言う通りだとしたら、辺境伯とはなんという男だろう。それほどの政治手腕を持ちながら、エレオノーラの傀儡である事に満足して何もしなかったのか、或いはその死が彼を目覚めさせたのか。どちらにせよ、それほどにまで彼はエレオノーラを愛していたという事になる。

 

「エレオノーラ。お前は、どうして」

 

かつて打ち倒したヴァンパイアに思いを馳せる。彼女は何故仲間を集める事に夢中になっていたのだろう、これほど深く愛した者が側にいたというのに。

それだけでは不十分だったのか、人間の愛など不要と無視していたのか、あるいは何か別の理由があっての事か。今となっては知る由もない。

辺境伯の差し金により私の旅はますます困難になったわけだが、立ち止まるわけにはいかない。彼が真実を求めるように私にもまた、見つけなくてはならないものがあるからだ。

行商人達の姿が見えなくなったのを確認し、先を進む。そこを後にするとひたすらに街道が伸びているだけの、何も無い平野だ。

 

「うん?」

 

常人より鋭いと言われる私の目に、はるか遠くからやってくる馬に乗った集団の姿が映る。まだはっきりとは見えないが早駆けではない以上伝令では無さそうだ、おそらくは軽装騎兵だろう。馬車を引いている様子はないから商人や貴族の護衛でもあるまい。となると。

 

「追っ手、か」

 

良い場所で出くわしたとは言えない。周囲に身を隠せるような物は無いし、街道から逸れて逃げたところで馬相手では追い付かれるのが落ちだ。戦って切り抜けるより他にあるまい。

 

私はまだ辺境伯の事を考えていた。辺境伯ほどの財産があれば、私をなんとしても捕らえるべく、金にものを言わせて大勢の傭兵や賞金稼ぎ達を大陸中に差し向ける事などたやすいはずだ。しかし、彼は外交によって行く手を塞ぎ私を炙りだそうとしている。このような回りくどい方法を取ったのは何故だろう。人の血をあまり流したくないのか、それとも私やエレオノーラの件はついでであり、本心はあくまでも孤立している王国の外交を立て直すことにあるのか。

 

騎馬の一団が迫ってくる。見たところ飛び道具の用意は無さそうだ。彼等がもし先程の行商人達の話に出て来た辺境伯の差し向けた部隊なら私を殺さぬよう厳命を受けているだろう。そこに付けこむ隙があるとはいえ、油断は禁物だ。

不利な戦いを前にしていたが、心は落ち着いていた。辺境伯の狙いは何なのだろう。このまま逃げ続ければ、次はどんな手段をとってくるのか。それを知りたいという気持ちが私の中で強くなりつつある。

いいだろう、こうなれば辺境伯と意地の比べ合いだ。私を捕らえたい為にここまでの計画を立てた彼を見習って、私もどこまでも追いかけてみせようではないか。

 

太陽を背にしようと空を見上げて陽の位置を確認する。よく晴れた青空には雲ひとつなく、どこまでも美しく広がっている。彼女もまた、同じ空の下にいる。今はそれで充分だ。

 

いよいよ近付いて来た騎兵達に目線を戻す。彼等には少々気の毒だが、私と辺境伯に付き合わされる事になったのが不運だったとでも考えてもらうより仕方あるまい。

 

「ノエル」

 

声に出してはっきりと、最愛の妹の名をつぶやく。心の中に勇気が、生きようという意思が強く湧き上がる。

騎士達はもう目の前にいて、隊列を整え始めている。来るがいい、私は決して諦めぬ。

 

いつか必ず、お前に辿り着く。また二人で生きていく為に。

 

最後にそう呟くと、私は敵に立ち向かうべく剣の鞘を払った。

 

(第一話完)

 

 

 

 




とりあえず公式ストーリーをベースにしたお話はここまで。次話以降オリジナル展開となります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。