夜想令嬢~放浪の女騎士アレクサンドラ   作:平沢ヒラリー

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第二話・夢を見る香
第一章・遭遇


道を歩いている。目の前は鼻をつままれても分からないほど真っ暗だが、気にせずそのまま進んでいく。

私はお気に入りの服装をしていた。羽飾りのついた帽子に赤い上着と黒く染めた皮の胴着、裾の広いズボンにやや黒が入った膝までのブーツ。素敵だわ、まるで吟遊詩人の詩に出てくる女丈夫みたい。ノエルがそう褒めてくれて以来、機会があればこの装いでいることが多くなった。腰には国王より賜った愛用の大剣も履いている。

だがおかしい。この服はあまりにも目立つという事で王都を出る際にまとめて処分したはずだ。何故いま身にまとっているのだろう。

 

「ああ…またか」

理由はすぐに分かった。と同時に遠くから笑い声が聞こえてきた。美しい声だが、人を嘲るようなその笑いは酷く私の神経を苛立たせる。

「おのれ。よくも、よくも!」

怒りと苛立ち、悔しさと屈辱感。ありとあらゆる負の感情が湧き上がり、それをどこかへぶつけたいという衝動に駆られる。

笑い声はこちらへ近付いてくるようだ。剣を抜いて走り出す。あの声の主は、あの女だけは生かしてはおけない。

笑い声が大きくなってくる。しかし、いつまで走っても辿り着けない。私の怒りはますます高まっていき、思わずその場で闇雲に剣を振るうが、当然何の手応えもない。

「滅びよ!ヴァンパイアめ、滅びるがいい!」

そんな私の叫びを掻き消すかのように、笑い声はいつまでも響いていた。

 

 

この夢はいつから見るようになっただろう。元々あまり夢を見る方ではなかったが、気がつくと何度も同じ夢を見るようになっていた。

笑い声の主が誰であるかは分かっている。彼女のあのからかうような嘲るような笑い声は、私にとって不愉快さの象徴のようなものだった。その記憶が、私にこんな嫌な夢を見させるのだろうか。

この夢から目を覚ますたび、あの時の怒りとやるせなさが込み上げてくる。が、今はそれをぶつける相手も慰めをもたらしてくれる相手もいない。

のろのろと立ち上がり支度を整える。再びノエルと出会えれば、この夢も見なくなるのだろうか。

 

 

 

 

帝国に入った私はまず、馬を求める事にした。長旅にはその方が都合がいいし、まだ追っ手が完全になくなった訳ではない。国境付近では切り抜ける事が出来たとはいえ、何度も徒歩で騎馬に囲まれてしまうような目には遭いたくない。

その為に必要なものは金である。かねてからの計画通り剣の鞘にはめ込まれていた宝石を売ろうと国境にほど近い街に入り店を探したが、これが予想以上に難航した。

いかに高価な宝石といえど、いや高額な物だからこそ、出処の分からない怪しい品をみすぼらしい装いの旅人から買おうとする宝石商などまずいない。

街の大通りにある商店に軒並み断られ、仕方なくあちこちの酒場や傭兵の溜まり場などで聞いて回りようやく盗品を買い取るという胡乱な商人を見つけ出したが、足元を見られてしまい捨て値同然の額で手放さざるを得なかった。それでもどうにか数十枚の金貨を手にする事が出来たが、すぐにそれを手放す羽目に陥ったのである。

 

「アレクサンドラ!探したぜ、ようやく出会えたな」

「遅かったわね、待ちくたびれたわよ」

金貨を懐にしまい馬を扱う店を探そうと街の大通りに出た私の前を、一組の男女が立ち塞いだ。燃えるような赤い髪の少年と、冷たい雰囲気を漂わせた長い髪の少女。その容貌には確かに見覚えがある。

 

エレオノーラはよく貧しい農家や貧民街などから子供達を買っていた。人身売買が普通の商売として成り立っていた王都では普通の事だが、それにしてもその回数や人数が多い事を訝しく思った私の問いに「私の領内に孤児院を作っているわ、そこで受け入れる為よ」などと答えていたが、実際にはもちろん「食料」として仕入れていたのだろう。ただ全ての子供達が姿を消したわけではなく、中には見込みのありそうな子を手元に置いて養育し、自らの私兵として使う事もあった(今思えば私もその一人だったのだろうが)。この二人もエレオノーラに見出された者達で、何人かいた私兵のうちでも彼女の特にお気に入りであり、非常に優秀な才能の持ち主だと褒めそやしていたものだ─諜報や暗殺等の。

 

「久しいな、『山猫』に『狂犬』。私を探していたとはどういう意味だ?」

彼等にも勿論名前はあるのだろうが、私はそれを知らない。仕方なく通り名として呼ばれていた符牒で声をかける。

「とぼけるつもりか?エレオノーラ様の仇だ、来い」

「とうとう待ち望んでいた日が来たのね。言葉は要らないわ、かかってきなさい。それともこちらから仕掛けましょうか」

『山猫』が話しかけ『狂犬』が合いの手を入れる。この二人は何故かこうした話し方を好むようで、立場が逆になる事やどちらか一人だけが話をする事は滅多にない。

「辺境伯は私を生かしたまま捕らえろと命じたのではなかったのか、今ここで私を討てば」

「なんだそりゃ?知らないね、オレ達は自分の意思で追ってきたんだ。お前が姿を消してすぐにな」

「あなたの首は何としても私たちの手であげたかったからね。私達の生きる目的を無くしてくれたんですもの、それ相応のお礼をしなきゃいけないでしょう?」

「……そうか」

彼等が少し哀れに思えてきた。貧民街から取り上げられたこの二人が崇拝とも言うべき熱心さでエレオノーラを慕っていた事は私もよく知っている。しかし、エレオノーラはそれほどまでに忠誠を誓った相手をヴァンパイアに変えようとしなかった、つまり本心を打ち明けていなかったのだ。彼等の事は役に立つ道具ぐらいにしか思っていなかったのか、それともお気に入りのペットを可愛がるような感覚で接していたのか。

 

「さあ始めようか騎士様、それとも河岸を変えるかい。ウチらは闇討ちの方が得意だがこういう戦いだ、正々堂々正面からぶつかってやるよ」

「逃げようだなんて思わない事ね。剣を抜いてあなたを追ってもいいのよ、でもそうしたら周囲の人間達は無事では済まないわ。騎士たるものが無関係な人間を巻き込んでもいいの?」

かなりまずい状況だ。エレオノーラの命により稽古の名目で座興程度に彼等と立ち会った事があるが、山猫の繰り出す一撃は息をつかせぬほど鋭く力強いものであったし、狂犬の防御を顧みずひたすら打ち込んで来る様も通り名に相応しく凄まじいもので、大いに手を焼かされたものだ。一対一ではともかく二対一、もしくは二人を続けて相手にしてではまず勝ち目は無い。となると、取るべき道はこれしかないだろう。

「いいだろう。だがここではまずい、後ろを見ろ。警備兵がこっちに来る…」

つられて二人が後ろを振り返ったのを確認すると、私は全力で走り出した。

「おっと。逃がすかよ、待ちな!」

「やっぱり逃げたわね。いいわ、どこまでも追ってあげる」

人混みに紛れてしまえば何とかなるかと思ったが、軽装でしかも街中での移動や追跡に慣れている二人に対し、私は旅の荷物や先程手に入れた金貨が邪魔をして上手く走れない。虚をついていくらか距離を離せたとはいえ、追いつかれるのは時間の問題だ。私は懐の金貨を掴みだし、後ろに向かってばら撒きながら思い切り叫んだ。

「金だ、金をやるぞ」

 

 

「なっ!?おい邪魔だ、そこをどけ!」

「くっ!ちょっと、通しなさい…きゃっ、どこ触ってるのよ!?」

咄嗟のこの閃きは上手くいった。周囲はたちまち金貨を拾おうとする者や何が起きたのかと立ち止まる者でごった返し、通りは大混乱に陥った。予想外の騒ぎに巻き込まれ焦る二人を尻目に急いでそこから離れ、街の門へ向かっていると後方で悲鳴と怒号が聞こえてきた。狂犬が人々に剣でも振るったのだろうか。街の住民には申し訳ないがこちらにとってはありがたい、警備兵と一戦を交える事にでもなれば更に時間を稼げるだろう。

大騒ぎの街から抜け出し、外にある森の中で息を整える。追ってくる者はいない、どうやら逃げ切れたようだ。だが帝国に入ってすぐにこの騒動である。あの二人とは必ずまたどこかで会うことになるだろうし、辺境伯もいずれ再度追っ手を差し向けてくるに違いない。まだまだ落ち着いて旅が出来るという訳にはいかないようだ。こうなれば一刻も早く馬を手に入れておくに越したことはないだろう。

 

エレオノーラから貰った物に頼ろうとした報いかもしれぬな。自嘲気味にそう独りごちて、私はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 




オリキャラを出してしまいました。一応アイドルがモデルです。
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