夜想令嬢~放浪の女騎士アレクサンドラ   作:平沢ヒラリー

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第二章・駄馬

「もっとマシな馬はないか?金ならもう少しは出せるが」

「いやあ、こちらとしても馬はそうそう手放せなくてねぇ。何、こいつだって決して悪くは無いですよ。荷車を轢かせてましたから頑強そのものですぜ」

「そうは見えないがな…」

 

街を離れた後、馬を求める為私は近くにあった農村を訪れた。あんな騒ぎがあった後ではもう先程の街へは戻れないし、別の街まで移動していては道中でまた山猫達に出くわさないとも限らない。出来ることならここですぐにでも馬を手に入れたかったが、これなら譲ってもいいとその村の農夫が見せてくれた馬にはさすがに閉口させられた。

子馬とも見紛うほど小柄なのはまだいいとして、問題はその体つきである。余程餌の具合が良かったのか、あるいはそういう性質なのか丸々と太っていて、とても人を乗せて早駆けなど出来そうもない。

「ご心配なく。 せがれのやつがこいつに乗って遠出したりもしてましたからね、人を乗せて走るのにも慣れてますよ。それに人懐っこいですから乗るのも楽ですぜ」

私の顔色を見抜いたのか、農夫はしきりに馬を褒めそやしてくる。商売熱心というよりやっかい払い出来るまたとない好機を逃すまいという気持ちなのだろう。

とんだ安物買いの銭失いになりそうではあったが、遠くへ向かう為にはどうしても馬は欲しいし、それに今の懐具合からすれば他の馬を探したところでたいして違いはあるまい。そう思い買う旨を伝えると、農夫は満面の笑みを浮かべた。

「そうですか、へへ。ではすぐに鞍を取り付けますんで。おいロッコ、今日からこの方がお前のご主人様だ。可愛がってもらうんだぞ」

「ロッコ?」

「せがれが付けたこいつの名前でさ。お気に召さないようでしたらご自由に呼んでかまいませんぜ、賢いやつだから自分がなんと呼ばれているかすぐに理解しますよ」

「それは賢いとは言えないのではないか?」

街でばら撒いた金貨の残りから代金を支払い馬を受け取ったあと、あらためてその顔を眺めてみる。やけに量のある縮れた薄い黄色のたてがみに、大きな瞳と馬特有の素直そうな目付きはなるほど賢いと言われればそうかもしれない。とはいえ王都にいた頃は駿馬に乗りつけていた私からすれば、やはりこの体躯は酷く頼りなさげである。

「…コロとでも呼ぶか。コロコロ太っているしな」

私の言葉を理解したのかどうか、太った馬は不服そうにいななきをあげた。

 

 

こうして手に入れた馬に乗って私は旅を続ける事にしたのだが、このロッコあらためコロには手を焼かされた。

何しろ全く言うことを聞かない。乗馬は得意な方でどんな暴れ馬でも乗りこなす自信があったのだが、いくら手綱を引こうとも拍車をくれようとも我関せずとばかりに勝手な方向へ行きたがる。派手な色が好きなのか、道中で濃い色の石や木を見るとすぐそちらに向かおうとするし、変わった形をした岩でもあればその前で立ち止まって動かなくなってしまったりもする。こんな奇妙な馬は初めてだ。これならあの農夫がやたら熱心に売りつけようとしていたのも納得出来る。さいわいあれ以来山猫達にも辺境伯の追っ手にも合わずに済んでいるが、もし出会ってもこんな馬では逃げるのに何の役にも立たないだろう。相変わらず夜は悪夢にうなされ通しの上に、日中もこの馬に手を焼かされるようではとてもたまらない。腹立ち紛れによほど殺してしまおうかとも思ったが、呑気そうな顔を見ているとそういう気も失せてくる。

 

「コロ、もうお前の好きにするがいい。どこへなりと私を連れて行け」

いくら怒鳴ろうが手綱や鞭で叩こうがまるで反応しない駄馬に根負けしてとうとうある日、鞍の上でこんなふうに呼びかけた。いちおう帝都を目指してはいたものの、この調子では一年かかっても辿り着けそうにない。そもそも目的地があるような旅でもないのだ、当てずっぽうでどこかへ向かってもかまわないだろう。

そう言って拍車を入れると、コロは今までのんびり歩いていたのが嘘のように、勢いよく走り出した。と言っても、その足は正直お世辞にも速いとは言えないほどだったが。

遅いとはいえ、馬上で風を受けながら進んでいくのはやはりいいものだ。久しぶりに味わう爽快感に、私の心も浮き足立つような気分になる。

そうだ、どこまでもゆくがいい。誰かに命令されたり縛られたりするような生き方はお前には向かぬ。進め、ひたすらに己の信じた道を。どこまでも自由に、自分の意思で。

いつの間にか私はすっかりこの馬に夢中になっていた。つい先程までこの馬に苛立ち、言うことを聞かせようとしていた自分が馬鹿らしく思える。この馬は、いやこの子は自由に進ませるべきなのだ。そうすればきっと、素晴らしい事をやるに違いない。私には分かる。今はまだ無名でも、いずれ必ず大輪の花を咲かせるはずだ。だって、こんなにも夢中になって自分の好きな事に取り組んでいるんですもの。とってもステキですわ、あなたもそう思いませんこと?ねえ、プロデ-

 

 

 

馬上で我に返り、あたりを見回す。ほんの一瞬、奇妙な感覚に囚われていたような気がするが思い出せない。いつもの悪夢とはまた違う夢でも見ていたような気分だ。眠っていたのだろうか、こんな不安定に揺れている中で。

コロはまだ走り続けている。どこかの斜面を降っているようだが、ここは一体どこなのだろう。辺りからは今までに嗅いだことのない不思議な香りが漂ってくる。植物や動物の発するものではなさそうだ。何となくだが水から発しているような気がする。池や沼でも近くにあるのか。いや。

 

さすがに疲れたのだろう、馬の足はだんだん遅くなっていく。走るというよりも歩くような速さへ変わり、斜面が終わる所で完全に止まった。しかし私はその間ずっと、馬の足取りよりも目の前に広がっている光景に釘付けになっていた。広大な砂浜と、点在する巨大な岩石。そして、どこまでも果てしなく広がっている水面。

 

「これは…」

 

帝国は大陸の西側にあるからその最西部にはこうした場所もあると聞いてはいたが、実際に目にする事になるとは思わなかった。いつの間にこんな場所まで来ていたのかはともかく、ここまで連れてきた馬に思わず感謝したい気分になる。

 

これが、海か。

 

先程からの香りはますます強まってくる。もっと近くで見ようと、私はコロの背から降りて砂浜の方へ歩き出した。

 

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