憧れの先輩に押し倒されて、男の甲斐性を説かれる話   作:狐狗狸堂

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お待たせしました。
めちゃ忙しい、というわけでもなかったのですが、先の展開でいくつかルートがありまして。行き着く先は同じだけど、そこまでの道のりが違う、という感じなので、ifルートとも違うのですが。お悩み中です。

結果先送りというね。文字数的にも丁度いいし、フォントの練習という意味でも区切ってよかった感はありますが。

さあお待ちかね、束さんの登場です。

それでは本編をどうぞ


第二回モンドグロッソ編 2章 『天災』

 ただ、誰かの役に立ちたかった

 

『私』が産まれてきたことに、こんな素晴らしい理由があったのだと誇りたかった

 

 幼子が手にした、分不相応な『力』

 

 怖かったから、『理由』を探した

 

 その『理由』さえ見つかれば、きっと心の底から笑えると信じて

 

 信じて

 

 信じて

 

 信じて

 

 信じて

 

 信じて

 

 信じて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして『私』は自覚する

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしにそんなものはなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 代表選手控え室の中で、私は携帯の画面を見つめていた。

 恋人と弟の楽しげにしている写真の数々。弟の立ち位置に自分を重ねてみたり、二人のやり取りを想像してみたり。

 

 少しだけ羨ましくて、それ以上に安堵した。これなら大丈夫だ、あり得ないとは思うが二人が不仲になることはない、今は恋人のままでもいつかは────

 

 ドアを叩く音がした。

 

 明後日の方向へ飛躍していきそうな思考を引き戻しながら、求められる許可に了承の二文字を投げ返す。すると、言うが早いか一人の女性が飛び込んで来た。

 眉根をひそめる。その女性は自身のそば付き、いわゆる秘書のような仕事をこなしてくれている、数少ない政府側でも信頼できる人物の一人だったのだから。

 

「織斑さん、一つお伺いしたいことが。今、弟さんと連絡は取れますか?」

 

「今、だと? それは……少し待て」

 

 言われた通り、一夏に電話をかける

 

 ー繋がらない

 

 嫌な予感がした。拭い去ることのできない、油のようなソレが押し寄せてくる。

 即座に恋人へ電話をかける。

 

 ー繋がらない

 

「どういうことだ……?」

 

 問い返せば、彼女は顔を歪めながら絞り出すように言葉を発した。

 

「弟さんと、保護者の男性の方の行方が知れません。────誘拐の可能性も視野に入れ、日独共同で捜索中とのことです」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 目の前の扉を開け、室内へと飛び込む。『暮桜』の整備室であるそこに作業員の姿はなく、おとぎ話の少女を思わせる服の上に白衣を羽織った奇天烈な女が、1人なにかの作業をこなしていた。

 

「束!」

 

「にゃっ! びっくりするじゃないか、ちーちゃん。なにを慌ててるのか知らないけど、いきなり大声を上げないでよねー」

 

「そんなこと言っている場合か! どういうことだ!」

 

「ほほぉん? なにがだい」

 

 こちらの呼びかけに身体ごと反転した女、篠ノ之束は、私の問いかけにコテンと首を傾けながら聞いてくる。その仕草に、思わず怒鳴り散らしたいのを抑え、現在の状況を伝える。

 

「2人が拐われた恐れがある」

 

「ふむん?」

 

「連絡がつかないんだ。2人にも、2人の護衛にも」

 

「ふむふむ、それで?」

 

「それで、だと? 2人が拐われたかもしれないと言っただろう! 2人を探してくれ!」

 

「いやー、その必要はないんじゃない?」

 

「……どういう意味だ。お前の裏をかけるほどの何者かに拐われたかもしれないんだぞ? それともなにか? お前を以ってしても見つけられないと?」

 

 私の言葉に束は嗤った。今までにないほどの、濁った微笑。

 

 なぜか、再び嫌な予感がした。

 

「なにが可笑しい」

 

「そういうんじゃないよ。ただね、うん。ほら、さっき私は『必要はない』って言ったじゃん? 『出来ない』とかじゃなくってさ」

 

「つまりあれか。もう見つけていると」

 

「うん、そゆこと」

 

「そうか」

 

 二つの意味で胸を撫で下ろす。なんだ、杞憂か。気づけば随分と息が荒くなっていた。妙な気恥ずかしさを感じ、呼吸を整え「だって拐ったの私だし?」

 

 プツンと、なにかが切れる音がした。

 

「やはり貴様か────

 

 

 

 

 

 

 

 

束ェェェェェェェェェ!!!! 

 

 

怒髪天

 

 

赫怒

 

 

憤怒

 

 

忿怒

 

 

 そんなものでは語れないほどの怒気。常人なら喜んで意識を手放す世界の中心で、篠ノ之束は笑う

 

 

(わら)

 

 

破顔(わら)

 

 

微笑(わら)

 

 

 呵呵大笑。今が人生の絶頂と言わんばかりの凶悪な笑顔

 

 

 織斑千冬は怒号を上げる。

 

 

()()を潰さねば

 

 

 声を止めねば

 

 

 不快だ。虫唾が走る。

 

 

 死ね

 

 

 死ね

 

 

死んでしまえ!!!! 

 

 

 一歩踏み出し眼前へ。彼我の距離、およそ5mかそこら。

 

 それくらい助走も要らない。己の間合いだ。武器ならばある。()()を殺す手立ては十分。ならば振るえ。遠慮は要らん

 

 

 機械的な思考をも置き去りに貫手を繰り出す。

 

 手首を捻り皮膚を裂き、肉の中へと捻りこむ。

 

 気管を潰し、血管をちぎり、頚椎を砕き、強引に腕ごと貫き通す。

 

 

 嗤い声が噴出する血液に混じり、汚い音を奏でる中、織斑千冬は腕を抜く。

 

 支えを失った()()()が、体を震わし、辺りを朱色に染めながら、水音とともに崩れ落ちると、室内は静謐に包まれる。

 

 織斑千冬は、己の手を見つめる。右半身は真っ赤に染まり、肉片は爪の中にまで入り込み、指の先に骨片が挟まっている。

 

 

 

「ふざけろ。いつまでそうしているつもりだ────」

 

 

 

 

 

 束

 

 

 

 

 

ゔぇんぎ、ゴボッ、えだぐそるぁった? (演技、下手くそだった?)ングッ.ふぅ、ちーちゃん」

 

 

 

 

 

 

「いいや。ただお前が、何の手立てもなく私の前でネタばらし、などするわけないと思っただけだ」

 

「むふふ、その通りだよ。通じ合ってるね、私たち」

 

「ふざけろ」

 

「アハッ♪」

 

 

 糸の切れた人形がひとりでに立ち上がり、傷口は逆再生するかの如く戻る。ついで、自らの装いを眺め、ばっちいばっちい、などと言いながら指を鳴らせば、撒き散らされた血液がどこかへと消え失せる。それは、当然のように私にも作用していた。

 

 先ほどと変わらぬ立ち位置。まるで化かされた気分だ。

 

「いつ気づいたの?」

 

「お前が居ながら、拐われたと聞いたときから。あくまで疑惑だったが」

 

「なるなる。やー、名推理だね。その通りだよねー」

 

「……」

 

「それにしても強くなったね、ちーちゃん」

 

「……」

 

「親友として鼻が高いなぁ、本当に」

 

「……」

 

「さてさて、なにか聞きたいことは?」

 

 コロコロと表情を変え、身振り手振りと忙しく身体を動かし、踊るように私の周りを歩きながら、さぞ可笑しいと言わんばかりに言葉を重ねる。

 

 不快だ

 

「……どうしたら、2人を解放してくれる?」

 

「んふふ〜、まだみたいだね。まあいっか。それじゃあ愛しのちーちゃんに、条件を教えて進ぜよう」

 

 

 動きを止めると同時に詰め寄り、下から覗き込むように顔を近づけてくる。その目は、なにも写しはしない。

 

 

「私を満足させる戦闘を見せること。このモンドグロッソ決勝の舞台の上でね」

 

「なんだと?」

 

 意図が読めなかった。なにをさせたい? なにが目的だ? わざわざ2人を拐ってまでやることか? 

 

 

 

 

 

 もしや────

 

 

「もしも私が満足したなら、いっくんたちの居場所を教えてあげる。せいぜい励むんだねぃ」

 

 跳ねるように出口の方へと向かう束を見送る。不可解だが、やるしかないと覚悟を決めて。

 そのとき、動きを止めた束がこちらへと振り向いた。

 

「ああ、そうだ。見破ったご褒美をあげよう。ポチッとな。それじゃバイビー」

 

 今度こそ束が部屋を出て行く中、なにかが聴こえてきた。小さく一言だけ

 

 

『ちふゆ……ねえ』

 

『ちふゆさ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界が軋んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「まあ、これが依頼人からの要望だな。理解したか、色男」

 

「ええ、まあ」

 

 車内にて僕は、僕たちを拐った集団からその目的を聞かされていた。説明してくれたのは、オータムと呼ばれていた女性。粗暴な態度とは裏腹に、なかなか面倒見のいい人のようだった。

 先輩の目的は理解した。なるほど確かに、そのためには僕たちは必要にはなるだろう。納得は一切できないが。

 

「うーん」

 

「一夏くん?」

 

 拘束されていた一夏くんも解放され、今は居心地悪そうに座席に座っているのだが、そんな一夏くんが疑問を発する。

 

「なあ、義兄さん。結局どういうことなんだ?」

 

「それは……どういう意味だい?」

 

 投げかけられた疑問は、正直なところ理解し難いものであった。しかし、それが逆に目についたのか、車内の人間の関心が、大なり小なり一夏くんに向けられた。

 

「いや、()()とかなんとか言われてもさっぱりなんだけど」

 

「え? あっ」

 

 そうか。()()()を千冬さんは一夏くんには知らせてないんだったか。僕自身は、あの場に居たから知れたわけだし。しかしそうなると、教えていいものか。

 

「その反応……やっぱなんか知ってんのか、色男。でかしたぞ、坊主」

 

「で、でかした?」

 

「おうよ。情報の有無は大切だぜ? この件に関しちゃ、お前は知りすぎた……も、なさそうだしな。で、だ。どうなんだよ、実際」

 

 オータムの言葉に困惑で返す一夏くん。心なしか嬉しそうに見えなくもない。気のせいだろう。

 

「あの件に関して、僕もそこまで詳しいわけではありません。ですが、そうですね。柳韻さんをご存知ですか?」

 

「依頼人の親父だな。色んな国が諜報員けしかけたものの、軒並み膾切りにされたってんで裏じゃ有名だぜ」

 

 いや何やってるんですか、柳韻さん。

 

 という感想は横に置いておく。

 

「ええ、その柳韻さん曰く、

 

 

 ────千冬さんの中には、『修羅』が潜んでいると。それは千冬さんも承知していて、それで合意の上で鎮めた、と。そう言ってました」

 

「それと()()とやらの関係性は?」

 

「鎮めた、と言ってもお祓いとかそう言う類いではないそうで。どちらと言えば、暗示なのだとか」

 

「ほー、内容は?」

 

「『一夏を守る』そこに全て帰結するらしいです。そのために自分を抑える、普通に生きる、など。なまじ自分の才能をひけらかして、排斥されていた人が身近にいましたから。その矛先が一夏くんに向くのを恐れたそうです。後ろ盾もありませんでしたし。

 ──だから一夏くん、君が気負うことはなにもないよ」

 

「だけどっ」

 

「言い方が、悪かったかなぁ」

 

 膝の上で拳を握りしめて、こちらを見上げている一夏くんは、すでに涙目であった。自分の存在が、敬愛する姉の重荷になってしまった。そう思っているのだろう。

 

 大切だと思うから、傷つけてしまったと感じるんだ

 

 そんなフレーズが脳裏をよぎる。

 

「一夏くん。千冬さんは、自ら望んでそうしたんだ。『強制』じゃない。そこにはちゃんと、自由があった。選択の自由がね。でも、そんな陳腐な言葉じゃ納得はできないだろう?」

 

「それは……」

 

 そうやって逡巡できるあたり、一夏くんは本当によく出来た子だと思う。

 

「一つだけいいかい?」

 

「……ん」

 

「もらってばかりが気に食わないなら、きちんとお返しすれば良い。千冬さんは君の幸せを願った。だから君は、精一杯幸せになりなさい」

 

「でも、俺ばかり……」

 

 優しいな、と思う。その想いは本当に大切にしてほしい、とも。だからこそ────

 

「千冬さんの幸せに関しては、僕に任せてくれないかい? それとも僕じゃ足りないかな?」

 

「べっ別にそういう意味じゃ!」

 

「うん、知ってる。ふふふ」

 

「……義兄さんは意地悪だ」

 

「うん」

 

「千冬姉はなにも言ってくれないし」

 

「うん」

 

「束さんは身勝手だし」

 

「俺は、俺は……なにも、できなかった」

 

「うん」

 

「良いのかな、義兄さん。俺なんかが、幸せを望んでも」

 

 一夏くんは、泣いていた。己の不甲斐なさに。余人なら、しょうがなかったと納得するようなことを悔いていた。負けず嫌いで、融通がきかなくて。

 

 ああ、本当に似ている

 

「良いんだよ、一夏くん。例え誰がなんて言おうが、僕は、僕たちが認めてあげる。だから、君は────」

 

 

 

 幸せになって良いんだよ。その資格がある

 

 

 

「うん」

 

 

 軽く頭に手を乗せる。特に拒む様子もなく、一夏くんも受け入れる。もしかしたら、ずっと引っかかっていたのかもしれない。聡い子だから、それをずっと引きずっていたのかもしれない。

 今回のこれだけで払拭できてはいないだろう。こればかりは、彼の未来のお嫁さんとかに任せよう。箒ちゃんとか。

 

「あー……もういいか?」

 

「あっ」

 

 なに忘れてんだよ、と言わんばかりの眼光に申し訳なさが込み上げてくる。というかやっぱりこの女性、普通に良い人である。

 

「そろそろ着くからよ、そうなったら手筈通りお前らにゃ、おねんねしてもらう訳だが。その前に聞いておきたいことがあんだよ。────

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 その後僕が発言することはなかった。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さあ

 

 

 

 ようやく、この日が来た

 

 

 

 あの日からずっと待っていた

 

 

 

 ようやく、完成するんだ

 

 

 

『■■』が

 

 

 

 だから、頑張ってね

 

 

 

 頑張って私を■してね

 

 

 

 ち

 

 

 

 ふ

 

 

 ゆ

 

 

 ち

 

 

 

 ゃ

 

 

 

 ん

 

 

 

 

 ♪ 

 

 

 

 

 

 




伏線大量投入回ですね、今回。完全に独自路線突っ走ってます。

一応、千冬さんが自分から主人公を押し倒したり、倒されたり。あの辺にも意味があったり。

なんにせよ不穏である。

次回はVSアリーシャ・ジョセスターフです。

ISバトル三番勝負、第一戦。レディー、ファイッ!!



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『武人』織斑千冬
「通常の戦闘形態」。一見すれば理想の武人足り得るように思えるが、篠ノ之柳韻曰く、「決定的に欠けているものがある」とのこと。その歪みが生まれたのは仕方ないことなのだが、老いた剣聖は今でも悔いている。なお、織斑千冬は気づいていない。もしくは忘れている。
主人公が言うには、『修羅』なるものが封じられているらしい。

ところで彼女は、なぜ主人公の家を思い出し、あの日訪れようなどと考えたのだろう?

『天災』篠ノ之束
「万能の天災」。織斑千冬に匹敵する身体能力、世界を塗り替えるほどの頭脳、ガンギまった精神を併せ持つ凶人。少なくとも、頚椎が砕かれ、出血多量に陥っても死なない。というか再生する。
なにか目的があるらしいが、全てを把握するのは彼女のみ。

ところで彼女は、なぜISが兵器へ転用されるのを座して待つのみだったのだろうか? なぜ妹を放置したままなのだろうか?

車中の2人
何かしらの要因によって、彼らは自らを拐った者たちに隔意なく接している。一体なにが、彼らの信用を勝ち得たのだろう。それにはどうも、『天災』の目的とやら絡んでいるらしい

『修羅』
「封じられたもの」。織斑千冬が、普通に生きる上で不要と斬り捨てたもの。厳密には封じただけらしく、そこには篠ノ之柳韻も絡んでいるらしい。

『戒め』
主人公曰く、「一夏を守る」こと。正確にはそこに帰結するだけで、いくつか存在するらしい。暗示でもあるらしく、織斑千冬は常に心の中で己を『戒め』ているそうだ。



アーカイブに関しては、要望があったら活動報告に移します。だいぶ混沌としています。
束さんには他に隠しているものがあるらしいです。千冬さんは大丈夫なのでしょうか。主人公といっくんの行く末は?

鍵は、『IS殺し』に特化した異端のIS『暮桜』かもしれない。あるいは始まりのーーーー

ではでは、乞うご期待でございます
ノシ

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