憧れの先輩に押し倒されて、男の甲斐性を説かれる話 作:狐狗狸堂
個人的には、千冬姉って少女漫画に描いてあることをそのまま実践するイメージ。無知って恐ろしいというか、ものによっては地雷も混ざってるんだがなぁ。
それでは本編をどうぞ。
憧れの先輩に押し倒されて、男の甲斐性を説かれる話
一人で夜道を歩いていると、少しだけ妙な気分に襲われる。足下が定まっていないような、ふらふらした感覚。少しだけ目眩に似ているような気もするけど、なんだか違うような気がする。そんな不思議な感覚。
ー少し、疲れてるのかなー
仕事は順調である。今の世の中になってから、色々と家庭も複雑になり、結果高卒で働かざるを得なくなった。幸いだったのは、当時のバイト先の店長に今の職場を紹介して貰えたことだろう。
いわゆる雑誌社、それも専門誌を扱う会社に入社出来たのは奇跡である。人脈の力とは偉大なものだ。二つの意味で。事実、どちらか一方のみでは、今の状況に至ることはなかっただろうことは間違いない。
◇ ◇ ◇
「開いてる...?」
帰宅し鍵を開けようとしてそれが空回る。可笑しい。家族が来ているのか。違う。確か来客で誰々が〜とかそういう機能が付いていたはず。じゃあ一体――――?
そんな風に葛藤していると、目の前の扉が開きだした。すわ盗人か、と警戒していると、その姿が露わになる。
「何をしている? 早く入ってこい」
「いやここ僕の家なんですが。なぜ居るんですか、千冬先輩」
雑誌でもよく扱う、今をときめくブリュンヒルデが、むすっとした顔でこちらを見ていた。
「どうでもいいだろう、別に」
「良くないんですが、ってちょっと待ってくださいよ」
すでに部屋の方へ引き返す先輩に追いすがる。せめて一言くらい、とか、どうしていきなり、だとか考える自分は、女々しい人間だろうか。
少なくとも、目の前の女傑に比べてしまえば、誰しもが女々しいには違いないのだろうが。
部屋の中はいつも通り。違いがあるとすれば、ブリュンヒルデもとい千冬先輩の存在と、卓の上の酒やおつまみといったところか。
「どうした? 座らんのか?」
「はぁ……ちょっと待っててください。スーツとか脱いでくるので」
一人、部屋の中で考える。あの人は確かに割りと強引な人だが、ここまで常識がないことをする人だっただろうか、と。今日なにかあったっけ?全く覚えてない。
「来たな。ほら、駆けつけ一杯」
「ああ、どうも。ありがとうございます」
そう言ってグラスを受け取ると、どこか嬉しそうに笑う。昔となんにも変わらない微笑。相変わらず、かっこいいのに可愛く笑うものだ。それを口には出さないけれど。
「さて、と。僕はこれから適当に夕飯を作るつもりなんですが、どうです? 久しぶりに」
先輩は少しだけ驚いたように目を見張ると、それをグラスで隠すようにボソッと呟いた。
「……たのむ」
「はいはい、承知しました。少し待っててくださいね、先輩」
昔のようなやり取りに、知らずテンションが上がる。結局この人も僕も、あれからあまり変わってないんだな、などと考えながら、台所へと向かった。
◇ ◇ ◇
「それで? 仕事の調子はどうなんだ」
パスタを巻きながら先輩が訊ねてくる。食事中の会話をはしたない、と思う人も一定数いるが、僕個人としては、誰かと食べている実感が湧くので好きだったり。
「ぼちぼちです。先輩は……絶好調でしたね」
そう口にすると、とても微妙そうな顔をする。一体なんなのだろうか。
「本当に、そう思うか……?」
はぁぁぁ、などと重苦しいため息を吐きながらそう言う先輩は、ひどく疲れたような顔をしている。
ー失敗したー
先輩の性格からして注目されることを好かないというのに、初代ブリュンヒルデになってしまったのだ。
日々の練習、インタビューのやり取り、その他多くの雑事。気が休まらなくて当然だ。
「すいません、先輩。気がきかなくて」
そう言うと一度、目だけをちらりと動かし、そしておもむろに酒をグイッと煽る。あれ、度数やばい酒じゃなかったっけ。
「それは……いや、そうだな。その通りだ、後輩。私は傷ついた。とても傷ついたぞ」
妙に据わった目でそう言い放つ。おや……? と思いながらも、一先ず謝っておく。明確にこちらに非があるのだ、損することはあるまい。
「すいません、先輩。僕が悪かったです」
「……本当にそう思っているのか? うん?」
ジリジリと、身を乗り出すようにそう訊いてくる先輩。
ーなんかヤバくないか? これー
そう思うも、こんな狭い室内で逃げ切れるとは思えない。そも発端は自分にあるのだし、逃げる気もさらさらないが。
「ええ本当ですよ。本当にそう思ってます」
じぃっと見つめられる。酒のせいか、目元の険が普段より抑えられているらしく、妙に可愛らしく思えてしまう。よくよく見れば、微妙に頰が赤いし思ったより酔っているのかもしれない。
「そうか……うむ、それならお詫びが必要だとは思わないか?」
「……あまり高価いのは難しいかと」
「違うそうじゃない。全く、私がそんなにも現金な女だと思っているのか? 欲しいものがあるなら、自分の力で手に入れる。それが私という人間だよ」
なぜだか悪寒が止まらない。会話の途中途中でさらに酒を飲んでいたから、目なんかとろんと蕩けているのに、むしろ目力が増している気さえする。
なんというか、狼に狙われているような、剣呑な空気が僕を襲う。
「今夜泊めろ。それで許す」
どうでもいいけど、呂律ははっきりしてるんですね、などと現実逃避をするほかなかった。
◇ ◇ ◇
あっという間に時は過ぎ、普段なら就寝している頃、どういうわけか僕は先輩とベッドの側で対峙していた。
今の先輩は、俗に言う彼シャツ状態(?)であり、胸元が苦しいのかボタンを開けているため、大変素晴らしくとんでもないことになっている。
胡座をかいているのは普段の姿なのだが、なにかこだわりでもあるのか、僕の新品の下着を勝手に履いている現状、白く眩しい御御足やチラチラ覗く臍のせいで、素晴らしさが倍プッシュである。
「それで、先輩。今なんと?」
「……一緒に寝ろ。何度言わせるつもりだ?」
流石に恥ずかしいらしく、先ほどから視線は定まらず、やや挙動不振気味である先輩に対し、だったら言わなきゃいいのでは、などと身もふたもないことを思ってしまう。
しかし、こうも漫画のような展開になるとは誰が思っただろう。風呂から上がり、明日は早いのでもう寝ましょう、からベッドの押しつけ合いが発生し、流れるように今に至る。
常ならもう少し声高に主張するのだろうが、如何せん明日も早い身としては早く寝たかった。さらに言えば、憧れの先輩もとい美人の添い寝付きだ、なにを悩む必要がある、とそう考えてしまったのだ。
ではどうなるか。
「それでは先輩。おやすみなさい」
「ぁぁ、……おやすみ……?」
こうなる。
より具体的に述べるのであれば、僕と先輩は同じベッドを共有していた。スペースの都合で互いに向かい合うように、それぞれ身を横たえる。枕は適当なタオルで代用する。旅先で枕が合わず寝られない人には、必須のテクである。
光はない。音はほんの少しだけ、互いの息づかいと微かな衣擦れだけが支配する。匂いはもっと暴力的だ。嗅ぎ慣れたシャンプーに紛れて鼻につく、ほのかに甘い香り。
目を閉じてしまったせいか、聴覚と嗅覚が鋭敏になっている気がする。自分の呼吸がうるさい。否が応にも鼓動が早まる。その癖して、意識だけが沈んでいくのも分かってしまう。
ーなんていうか、とても安心できるなー
それは恐らく、間違っていない。自分の信頼を寄せる相手を身近に感じられる、というのはそれだけ大きいのだろう。その相手が、世界最強だという精神的な余裕も眠気に拍車をかけていく。
ところで一つ、問いたいことがある。世界最強という鉄壁の守りが抜かれる原因とはなんだろうか。
「ぇっと、どういう状況です? せんぱい?」
答えは世界最強の裏切り、である。
不意に体が仰向けになり、なにかが乗ったと理解して目を開けると、どういうわけか先輩が馬乗りになっていた。
いつの間にやら枕元の電灯のスイッチを入れたのだろう、ぼんやりとした明かりが先輩の姿を映していて、とても綺麗だった。
「なぜだ」
「は、はぁ。なにがでしょう……?」
「なぜ、私に手を出さない。最大限に譲歩してやっているというのに……!」
流石に理不尽すぎやしないか、とも思うのだが。しかし、聞き捨てならない言葉も含まれていて、そちらに意識が向いてしまう。
「それは、つまり……。その、そういうことで?」
ぷるぷると震えながら、ゆっくり頷く姿が見える。
「それが、男の甲斐性というやつだろう。一緒に酒を飲み、風呂と服まで借りて、同じ布団に入って。ここまで無防備な姿を見せたんだぞ? それとも、気の無い男にそんなことをするようなふしだらな女だと、お前はそう思っていたのか?」
「い……え、そう思っていた訳では。でも、いきなりどうしたんです? 本当に」
そう問いかけると、先輩は僕の胸の辺りに手を置いて軽く前傾の姿勢をとる。それで気がついたが、先輩に貸したYシャツの前が左右に分かれており、つまり全開になっているわけで――――
ーこれ以上は考えないようにしようー
先輩の話はざっくり纏めると、国ぐるみのお見合いを重ねる内に僕のことを思い出して、前にちらっと一夏くんから聞いた住所を頼りに僕のところに来た、ということだった。
会う人間会う人間、如何に私が素晴らしく、そして自分が如何に役に立つのかといった、先輩にしてみれば、どうでもいいことばかりを訴えかけてきて、ひどくうんざりしている様子だった。
「それでなぜ、僕のところに?」
「前にお前と話したとき、態度が全く変わっていなかったからだ」
今や両手は僕の顔の横に置かれ、先輩から目を逸らすこともできない。思わず、赤面するくらい恥ずかしいというのに、影の中から伸びる視線は絡んだままだった。
正直なところ、なんて言葉をかければいいのか分からない。安易に、好きだよ、とか、愛している、だとかそういうのは違う気がするから。
だから、とりあえず彼女を抱きしめてみた。腕を伸ばして、彼女の顔をこちらに寄せていく。ちょうど顎の下辺りで、抱え込むように抱きしめる。抵抗は僅か、抱きしめてしまえば全くと言っていいほどに無い。
ゆっくり頭を撫でる。少し硬く、癖のある髪を梳くように指を入れ、時折、頭皮を揉むように。ゆっくり、ゆっくりと。
少しして、もぞもぞと動き出した彼女の顔が、明かりで照らし出される。怒っているような、笑っているような、泣いているようにも見える、複雑な表情。
「……都合のいい男だな、お前は」
ぽつり、と。
「私がして欲しいこと、全部分かるくせに」
彼女の口から溢れ出す。
「離れられなくなるじゃないか。……傍にいて、欲しくなるじゃないか。おおばか……」
きっと、それが本音なのだろう。弟とも碌に会えない。親友はどこにいるのかも分からない。頼れる人が傍にいない。
だから、僕のところに来たのだろう。それ程までに弱っているのが、今の彼女なのだ。
「先輩、いえ千冬さん。一ついいですか?」
「んぅ……なんだ」
今までの行動は、少なからず流されてそうしてきた。しかし今から紡ぐ言葉は、はるか昔に置いてきたものだ。
「実はあなたの前にいる男は、家事が万能なんです。一夏くんに教えられる程度には」
「ああ」
「それで、そこそこ高給取りでして。あまり贅沢はさせてあげられませんけど、あと二人、いえ三人くらいはどうにかなります」
「う……ん?」
「それで、ぶっちゃけ、あなたの肩書きとかもどうでもいいんですよね。だって僕の初恋ですし」
「……なにが、言いたいんだ」
目の前の彼女は、きっと泣きそうになっているはずだ。はっきり見れないのは、少し勿体無いな、と思う。
「こんな絶滅危惧種のように変わった男ですが、いかがですか?」
返答は唇を塞ぐ柔らかい感触と、まぶた越しに感じる水滴だった。
◇ ◇ ◇
その後のことは、みなまで言うまい。僕にも意地があったので反撃してみたものの、基礎体力の差は如何ともし難く、翌日は随分だるかったことを覚えている。
耳に残る艶やかな嬌声
首に回される腕、しがみつくように腰に回される脚
胸元に感じる柔らかな白桃はリズム良く跳ね、
一番深いところは熱く、腰を引くほど甘く切なく絡みつく
お互い獣のように盛り上がり、火照る身体のそのままに、荒い呼吸と鼓動を子守唄に眠りにつく。
なんとも凄絶な一夜を過ごした僕と彼女は、その日からもしばしば逢瀬を重ねることになる。
いつものように家に帰ると、時折彼女がいることがあるのだ。そうして一緒にご飯を食べて、たくさん話してたくさん笑って、時どき拗ねられたり怒られたり。
あの日以来、彼女から男の甲斐性を説かれることはない。
「千冬さん、幸せですか? あなたを幸せにしてあげられてますか?」
「ああ、私は幸せだよ。お前がいるだけで、それだけで、な」
キャラ紹介
・後輩
オリ主。実はインフィニット・ストライプス勤務。束さんが暇つぶしに寄越した注釈等を載せるため、まれに下手な論文とは比べ物にならない記事を作る。
学生時代にバイトしていた店で、卒業後も世話してもらっていたが、世界最強や天災との繋がりを理由に今の会社に雇ってもらった。
千冬姉が初恋の人であるのだが、ISの登場等に煽られ封印していた。一夏くんの家事の師匠。
家族構成は、父、母、姉、弟。父はリストラされ、再就職できたものの収入減。高卒で働いていたのはそういう理由。
・織斑 千冬
ヒロイン。時系列的には、初代になった後、第二回の前。
国ぐるみでお見合いを仕組まれ、癒しを求めて後輩宅へ。学生時代から気があり、数多のお見合いを経て、逆に気持ちが固まった。
恋愛経験がないため、とりあえず少女漫画に載っていたことを実践してみた。が、あまりにも誘いに乗らない主人公に焦れてネタばらしという。
本編で発言が不安定なのは、自信の無さの現れである。
以下蛇足
性懲りもなく、また書いてしまった。可愛い千冬姉を書きたいが、これが難しいのである。おかげさまで、作者様方の偉大さを知ることも出来たが。
ちなみに後日談的なので、一夏くんに「もらってくれてありがとう、師匠!いや、義兄さん!!」と言われたり、束さんが「ちーちゃんが欲しいなら、私の屍を超えて行けぇぇぇ!」したり、千冬姉が「甚だ不本意だが、夫婦の共同作業といこうか...!」したりします。
特に書く気はないけれど。