憧れの先輩に押し倒されて、男の甲斐性を説かれる話 作:狐狗狸堂
投稿が遅くなって申し訳ございません。当初は、大学受験が終わるまで書かないつもりでしたが、心残りというか色々気になってしまい、休憩時間にちょこちょこ書いてた次第です。
新年には全く関係ない話ですけどね。忙しいから、という言い訳はしたくないので胸を張って一つ。
この作品は、作者がされたいことやしたいこと。つまり、ある種の『理想』を書いています。ですので最新話も、前話に負けず劣らずのはっちゃけ具合であることを保証します。
それでは、本編をどうぞ
僕は今、一軒の家の前に立っている。懐かしく、ある意味では今住んでいる部屋よりも安心できる家である。しかし、今の自分にとっては、それ以上の緊張感のせいで、少しばかり安堵やその他がぼやけてしまっている、というのが本音である。
幾度か深く息を吸い吐き出して、ようやく呼び鈴に手を伸ばす。
昔はよく聞いた電子音が鳴り終わってから少しして、玄関がゆっくりと開いていく。
「ああ、来たな。とりあえず入ってくれ」
「は、はい。分かりました」
言葉が尻すぼみになる。口の中が乾いていることに、今になって気がつく。
目の前の恋人は、自身の緊張しきっている様子に苦笑いを浮かべていた。羞恥で顔が熱くなる。
「そんなに身構える必要もないだろうに。愚弟も、お前なら諸手を挙げて歓迎してくれると思うぞ?」
「そうかもしれませんけどね……。その時になったら、千冬さんもきっと分かりますよ。僕の気持ちが」
「くくっ、そうか。楽しみにしておこう。まあ、事情が事情だからな。事後承諾という形になってしまうが……」
「それこそ、千冬さんなら反対されませんよ。安心してくださいね」
そんな会話を繰り広げている内に、自然と緊張も解け、知らず強張っていた身体も程よく力が抜けたようだった。
彼女と視線を交わす。こちらを慮る柔らかい眼差しに、軽く頷く。
「では行こうか。昨日恋人を連れていくと告げてからあの馬鹿者、相当気を揉んでいる様だったしな。料理を焦がす姿などいつぶりか……」
「あはは……それじゃあ、お邪魔します。千冬さん」
「ああ。ようこそ、我が家へ。歓迎するぞ。……ふふ」
冗談めかしてそう口にする彼女に促され、かつてよく通っていた家へ入るのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
リビングに通じるドアの前で、彼女に自分が呼びかけてから入るように言われ、立っているわけだが。
「ま、マジで来てるのかよ? その……千冬姉の恋人さん……」
「ああ、そんな嘘を吐いてどうする?」
「もう弾を通じて、厳さんとかにも相談してるんだからな?」
「お前……あれほど他の人には言うなと……」
「とりあえず、千冬姉の恋人とやらを見定めないとな」
「そんなにも信頼ならないか? ん?」
すごい話し込んでるな……。それだけ千冬さんのことが心配ってことかな。本当に、良い弟さんを持ったよなぁ、千冬さん。というかあれか、僕の義弟にもなるかもしれないんだな、一夏くんは……。うん、これは是が非でも一夏くんのお眼鏡に適うようにしないとな。
そうして一人、両手を握りしめて改めて覚悟を決めていると、中から声が掛けられる。深呼吸を一回、そして出来るだけ真面目な顔を心がけてドアノブを掴む。
「あー……すまない。ずいぶん待たせてしまったな。入ってくれ」
「えっ、いや千冬姉。俺まだ心の準備が「くどい」はい……」
しかし、ドアを開ける寸前のやり取りで、表情が崩れてしまった。本当に締まらないよな、僕って。自分でも今、苦笑していることを自覚しながら中に入る。
「あはは……えっと、久しぶりだね。元気にしてるみたいでなによりかな、一夏くん」
「ええっ!? し、師匠! どうしてここに!?」
思わずといった風に立ち上がって、僕を見る一夏くんは、少しばかり見ない間にまた男を上げたようだった。千冬さんに似てる訳だし、イケメンになるのは約束されているも同然なのだから、真っ当に成長しているということか。
室内は沈黙で包まれている。一夏くんは口をパクパク動かしては、僕と千冬さんを交互に見ている。では千冬さんはどうかといえば、渾身のドヤ顔を披露していた。千冬さん、湯呑みが缶ビールみたいになってますよ……。
場の空気が動いたのは、先ほどまで僕と千冬さんを見比べていた一夏くんが、こちらに歩を進めた時だった。その顔は、驚愕と喜色に彩られているように思える。
「ほ、本当なんですか、師匠……?」
「うん、そうだよ」
「師匠が、千冬姉の恋人……?」
「そう、千冬さんの恋人」
幾度も確認され、それに答え続けていると、一夏くんが顔をうつむかせ、プルプルと震え始める。一体どうしたのだろうか、と心配していると勢いよく顔を上げた。がっしりと手を握られ、鼻息荒く詰め寄られる。
「ありがとうございます師匠!! いや義兄さん!!!」
「ああ……うん? ありがとね……?」
うおおおおお!!! やら、やったーーー!!! やら叫び始めた一夏くんはその後、ほんのり顔を赤らめた千冬さんの拳骨をもらうまで暴走し続けるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
それから少しして、痛みから復活した一夏くんがお友達の家へ向かうと、千冬さんもようやく落ち着いた雰囲気を取り戻した。
「見苦しいところを見せたな……」
「いえ大丈夫ですよ。元気があって良いじゃないですか。それよりも、認めてくれたみたいで一安心です」
「そうか……それならまあ、良いんだが」
そう言う千冬さんの顔は、嬉しそうではあるものの、どこか浮かない。何か気になることでもあったのだろうか。そう尋ねると、目を見開いてこちらを見た後、苦笑する。
「いや、なんだ。私は一夏に、思いの外信頼されていなかったんだな、と思ってな」
「なにか言ってたんですか、一夏くん」
「いや、そういう訳じゃないんだが、な……」
そこで言葉を切ると、手の中にある湯呑みをじっと見つめる。なんと言い表わせばいいのかを、考えているようだった。そうして、ぽつりぽつりと溢れていく。確かめるようにゆっくりと。
「一夏は言っていた。心配だ、と」
「私は、ずっとあいつの世話になってきた」
「あいつをずっと、縛りつけてきた」
「あの年頃の子供が外で遊んでいる中、あいつは包丁を握り、あるいは主婦に混じって買い物かごをぶら下げている」
「それが、どうしようもなく悔しかった。自分の無力さを呪ったよ」
「私はあいつを、一夏を、守れているのか? 幸せにさせてあげられているか?」
「自信が持てないんだ、どうしてもな」
力なく口元を歪めている。まるで懺悔をし、神に救いを乞うかのように弱々しい姿。
なんていうか、本当に似ているな。千冬さんと一夏くん。
「千冬さん。今から独り言を言うので、その間だけで良いので聞いてくれませんか?」
「なにを……いや、分かった」
怪訝な眼差しを受けるも、一瞬でその視線が切られる。昔を思い出しながら話すように、千冬さんの後ろの壁に目を向ける。
「ある所に1人の青年がいました」
「仲の良かった先輩に連れられ、楽しい日々を送る中で、先輩方の弟妹とも会う機会があり、その子たちとも仲良くなりました」
「そんなある日、青年の前に現れた少年が頭を下げて言いました」
『俺に、料理を教えてください!』
息を呑む音が聞こえてくるようだった。当然だろう。これは、彼女が知るはずもないお話。――姉の重荷になりたくない、恩返しをしたいと言う少年のお話なのだから。
◇ ◇ ◇ ◇
話を聞き終わった時、私は泣いていた。
ずっとずっと、本当に長い間背負っていた荷物を、降ろしたような解放感があった。
汚濁を煮詰めた鍋の底が、すっぽり落ちたような虚脱感があった。
なにが抜け落ちていったのかは覚えていない。
ただ、愛する人の胸の内の温もりがどうしようもなく離し難くて。
今にして思えば、赤面するほどに甘ったるい言葉を発していたことだけは覚えている。
何度愛していると言い合っても足りなくて。
どれだけきつく抱き合っても足りなくて。
甘い痺れに蕩かされた頭の中にするりと入る、悪魔的な誘惑に抗う気力さえもなく。
絡め、重ね、求め、啼く。
爪を立てれば、甘く噛まれる。
示し合わせたように互いを貪る様は、まさしく獣のそれであって。
しかし後悔は一片もない。
だって私も女なんだ。
"これ"も私なんだよ。
幸せなんだ。
ずっと、幸せになる資格なんてないと思っていた。
私がかつて描いた未来に、こんな幸福があっただろうか。
まあ、どうでもいいか。
大事なのは"昔"じゃない。
それを教えてくれたのは、お前なんだ。
愛しているよ、" "
◇ ◇ ◇ ◇
朝、目が覚めると暖かくて柔らかくて、ほんのりと甘いナニカに包まれているのを自覚して、思わず離れようともがく。
失敗。微動だにしない。
もう一度挑戦する。今度は下から抜けるように動く。
失敗。脚と脚が絡まり、相互に距離がないため、現状どこかに引っ掛けるなどして抜け出せる気もしない。
そこまで思考が追いつくと、今の状況に目を向けるようになるのだが。いかんせん、抜け出そうとする思考が放棄されるだけだったりする。
端的に今の状況を述べるなら、どうやら僕は、愛しの人の胸に抱かれているようだった。
ふわふわしていて柔らかいのに、しっかりと押し返そうとする力があることも分かる。
耳を済ませば、ゆっくりとした鼓動と微かな呼気に支配される。
左手を彼女の背中に回せば、僅かな肩甲骨や背骨の凹凸が、磁器のように滑らかな皮膚に浮き出ていることが分かる。
さらにそこから、少し指を伸ばして髪を掬う。緩く指に絡めたり、意味もなく梳いてみたり。
「んぅ……ぁんだ……?」
そうこうしている内に、ようやく彼女も目を覚ましたようだった。動きを止めて、解放されるのを待つ。
「む……なぜ……?」
「いや、しかし……」
「でも、んー……」
どうやら何か迷っているようだった。遅ればせながら、動こうとするが。
「ふふ、よしよし……」
なでなで、さらさら、と後頭部をゆっくりと千冬さんの手が行き交う。指が時折、軽く頭皮を揉むように動く。
もう少し、このままでいよう。
そのような結論に達するのに、時間はかからなかった。
「……起きていたのなら、言え」
「天にも昇る心地でしたので、つい」
「……怒っているのか?」
「いえいえ、そんなことは」
「そ、そうか。それなら良かった」
「一夏くんから昨夜は友達の家に泊まる、という旨の連絡を受けた瞬間に、押し倒してきたり」
「ん?」
「窒息寸前まで口やら何やら塞がれたり」
「え、いや待て」
「色んなところを噛まれたり吸われたり、それから他にもありましたよね」
「……あれはお前も悪い。お前が甘噛みしてこなければ、あんなことはしなかったんだ」
「そうですか。じゃあお互い様ということで」
「……そんなに楽しいか? 私を困らせて」
「困ってる千冬さんが可愛いので。だから、布団で口元を覆うのはやめたらどうです? とても可愛いので、僕得ですが」
「む、むぅ……ばかもの」
「あはは」
「愛してますよ、千冬さん」
「……私も、愛してるぞ」
そのとき、一夏くんは見た
「弾たちもすごい驚いてたな〜。後で師匠、おっと義兄さんも連れて行こっと」
「ただいまー......あれ?なんだこの音...?」
「え...千冬姉が泣いてる?そんでもって義兄さんが抱きしめて...?」
「これ、ドラマとかで見たことあるぞ。本当にあるんだなぁ」
「良し!ここは一つ気を利かせて、弾の家に泊まろう」
「今日は弾の家に泊まる。理由は察してほしい、と。これで自己完結してくれるはず」
「じゃあ行こっと。...それにしても、師匠が千冬姉の恋人で良かったなぁ」
「ああ、本当に...良かった、なぁ。......グスッ」
fin
以下あとがき
結局、千冬さんが暗くなってしまう。やはり、心置き無くイチャついて貰うには、"あの"イベントをこなさねばならないのか...。
まあ、そんな戯言はともかく。本編をざっくり纏めるなら、千冬さん幸せになることを受け入れる、ですかね。
個人的には、何でもかんでも抱え込んでしまうイメージが千冬さんにあるからか、外堀全部埋めきってようやく、です。
ここからの展開もある程度は決まってます。閑話を投稿するか否か、くらいですかね。あとは、ちょっと鬱っぽくするかどうか、みたいな。
まあ、天災系ラビットガールがいるので、そうそう酷いことにはならないんですが。
むしろこの人がいて、鬱展開に持っていけるかと言われると......なので、仮にそっち方面に話が流れても、心配はいらないと思われます。
閑話については、パッと浮かぶのは、本編で触れなかった一夏くんと主人公のエピソードであったり、ちょっとした過去編であったり、風邪を引いた主人公と看病する千冬さんの話とかですかね。
千冬さんに、おでこピトっとされたい人、あーんされたい人、頭を撫でられながら子守唄を聴きたい人は挙手です。
閑話抜きなら、多くの2次創作で分かれ目になっているイメージの強い、第2回モンドグロッソ編です。全盛期+愛のパワーでガンギまってる千冬さんを書きたい......。
まあ、閑話抜きといっても個人的に書きたいので、いずれ書きますけどネ。
それではまた。千冬姉流行らないかな...。
ps.活動報告にて、モンドグロッソ編の予告的なものをあげておきました。自らハードルを上げていくスタイル。必ずしも同じ言い回しをするとは限らないので、悪しからず。