奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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第百二十八話 【ミギー】

『ふむ、イチロー、こういう時は大きくVサインをすれば良いのか?』

「そうそう……ええ?」

 

 ヒーローショーも終わり。拍手に包まれた壇上で手を振っていると、突然右手が変形して俺に尋ねてきた。つい自然に返事をした俺の声と併せて可愛らしい平野ボイスがマイクに拾われ、その様子を見ていた何名かがガタッと椅子から立ち上がる。あ、これ不味いわ、とヒーローショーが終わった事もあり、俺は長居は無用、とばかりに一緒に手を振って試写会場を後にした。

 

 とりあえず今回も魔法の延長線にある出来事だという事で会社の広報には仕事をしてもらう。まぁ奥多摩に戻った瞬間にシャーロットさんが待ち構えてたけどこれはしょうがない。広報は彼女のポジだし……

 

 すぐさま最近新魔法の試験場みたいな扱いになっている開発部に移動し、ヤマギシチームメンバーと先輩さんの前で彼? を外に出す。右手が喋るというとんでもない事態に対して、まず最初に発狂したのは意外にもケイティだった。勿論喜んで、の方だ。

 

『意志を持ってる! 右手が! 魔法で、魔法でできた右手が! ああ、神よ!』

 

 等と意味不明な供述をしており、専門家(恭二)の調べでは喜びが有頂天に達しているため戻ってくるまで意思疎通は出来ないとの事である。喜びすぎだろと思ったがウィル曰く初めて恭二に会う前のヘリの中はずっとこんな感じだったらしいので、それ位嬉しい事なんだと納得する。本人が理知的であんまり感じないんだが、ケイティと恭二の関係性は俺にとってのシャーロットさんみたいな感じだからな。その恭二との初対面と同じくらいに喜んでるなら本当に大したことなんだろう。

 

『ふむ。他者の放つ魔力の波動という物はこういう物か。興味深いな』

「そういう物も分かるのか?」

『ああ。何せわたしも魔力とやらで構成されている存在だからな。自分以外の似たような存在というのは、存外気になるものだぞ』

 

 左手で頬杖を突きながら問いかけると、右手はうねうねと動いて言葉を話す。微妙に感覚も残っているせいで何というか、非常にくすぐったい感触が広がっている。彼? の名は【ミギー】。俺の持つ魔法の右手の一形態にして初めて明確な意識を持ったと思われる【魔法】だ。

 

『その意志というものがどういう定義なのかは疑問があるが、自分で考え行動する事が出来るという意味でならそうなるだろうな』

「違うって見方もあるの?」

『少なくともわたしは意図した行動を行うという意味で意志を持つといえるだろうが、自我を有するとは言いづらい存在だ。変身という魔法によって都度生み出されているわたしが一つの統一した意識を保持し続けているとは考えにくい。わたしは自身を鈴木一郎という人物が魔法によって作り出した副脳、つまりAIのような物だと定義している』

「成程、わからん」

『わたしなりに分かりやすくかみ砕いたつもりだが。いっそ考えるだけ無駄だと思った方が互いの為かもしれないな』

 

 ご丁寧にHAHAHAと無機質な声で笑う彼は、周囲の反応が思った通りではなく首をかしげるように目玉を揺らした。

 

「……お前の右手、本当に何でもありになったな。この間のスパイダーマンといい」

「スパイディ? そこで何故スパイディなんですかシンイチ?」

「あ、やべ」

 

 ついうっかりといった具合に口を滑らせた真一さんにシャーロットさんの視線が固定される。今回はスパイディ関連じゃないせいで反応が鈍かったシャーロットさんを活性化させてしまったか……無茶しやがって。

 じゃない、このままではこっちに飛び火が来る。こいつはスタコラサッサだぜ!

 

 

 

「という訳で西伊豆まで逃げてきたんだよね!」

「今回は兄貴が悪いわ。あ、また着信」

「社長が味方でよかった」

 

 さっと電話一本で社長には連絡を入れて事態(シャーロットさんにスパイダーマン関連が漏れた)を伝えると、暫く西伊豆で大人しくしておけと指示を頂く事になった。シャーロットさんが落ち着くまでは距離を置いてって事だと思うけど、あの人が落ち着くのって何時なのだろうか。むしろ追いかけて来るんじゃ……

 

 と心配に思ってたら何か母さんが結構がっつりと説得を行ってくれたらしい。同じ女だったら母親の方が強いんだよ、と自信満々に言い切った母さんの安心感よ。社長と真一さん、ますます母さんに頭が上がらなくなってしまったみたいで電話で弱音を吐いてたけど。母は強しだからしょうがないって慰めておいた。

 

「まぁ、貴方は来ると思ってましたけどね」

『やっぱり? 僕も多分待ってるだろうなって思ってたんだ。やぁ、ミギー、僕はスタン。イッチの友人さ』

『よろしく、スタン。成程、魔力は老化に対してこれほど効果を及ぼすものなのだな。実に興味深い』

 

 試写会でガタっと立ち上がった一人、スタンさんはソファにゆったりと座りながらミギーの小さな手を握って握手を交わしている。割と出会ってはいけない二人が出会った気がする。

 

『所でイッチ、多分スパイディでも変化が出てるんだろう? そちらを僕に見せてくれないかな?』

『髪の変色、言語体系の変化。頭脳の俊敏化と上げればきりが』

「ヤメルォオ!」

 

 キュピーン、と目を光らせたスタンさんを見ながら俺はおしゃべりを止めない右腕に叫んだ。ほら、獲物を狙う捕食者の顔になってる。あ、一花さん逃げないでくれ! 一人にしないでー!




ミギー:魔法の右腕の一形態。自身で考え、動き、学ぶことが出来るある種の生物のような存在。本腕?としては切り替えるたびに消失する以上自身は一己の存在ではないと思っているらしい。

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