第三十三話
「これ、魔力を吸い取ってるな」
俺が落とした鉄のようなドロップ品を拾い、恭二はそう言った。魔力吸収とはまた面白い特性だ。これを装甲にしたら魔法も弾きそうだな。
右腕は無事に元の姿を取り戻している。一時的に魔力を吸われて形を失ってしまったのだろうが肝が冷えた。一花なんか未だに右手に抱きついたまま離れてくれない。
「一花、大丈夫だって」
「うん。ごめんもうちょっと」
涙声でしがみつく一花に困り果てた俺は救いを求めて周りを見渡すが皆そっと目を逸らしていく。
真一さん、ここは男らしい所見せて下さいよ!
結局その日は一花が動けなくなったのでお開きになった。目標も達成してたしそこは良いんだが自分が原因だと……。何と言うか、モニョるというか。とりあえずその日一日は一花を落ち着かせることに費やした。
翌日になると表面上は落ち着いていたが、まだ少し様子がおかしかったのでダンジョン攻略は恭二たちに任せて家で大人しくすることに。
「ごめんね、お兄ちゃん」
「いいよ。久しぶりに街にでも行くか?」
「ううん。いかない・・・」
「そうか。スマブラでもやるか」
「やる」
そのまま会話もなく、一日家でダラダラと過ごす。久しぶりにのんびりと過ごしたのが効いたのか、次の日には一花も復調したらしく笑顔を見せるようになった。
一応連絡はしていたが昨日は欠勤してしまったので社長に謝りに行くと、むしろ休日くらいしっかり取れと怒られた。
休日・・・そういえば休日らしい休日って取ってなかったな。ダンジョンに潜るのはもう半分趣味みたいな領域だし・・・
今度、恭二でも誘って山登りでもするかな。街はうるさいだろうし・・・
「それで、結果はどうだったんだ?」
「15層まで潜った。途中金が出たぞ」
「うっそだろお前」
思わず素で返したがいたく真面目な顔をしている恭二にこれマジだと認識。詳しく話を聞くと、どうも14層のボスが金のゴーレムだったらしい。勿論15層では雑魚としてこの金ゴーレムが歩き回っていたので乱獲して来たそうだ。
それぞれの階層の敵は、13層が予想通り雑魚がアイアンで、ボスはミスリルか?銀と金が混ざったような相手。14層のボスは金。そして最後の15層はクリスタル?っぽい外見のゴーレムだったらしい。もちろんこれも倒してドロップは取ってきてあるそうだ。
「とりあえずの感想は、戦闘は楽勝。だけど移動がネックだ。俺達も来年は免許取れるし、車が運転できるようになったほうがいいかもしれん」
「ああ・・・確かに広いからな。とりあえずバイクの免許でも取りに行くか?どっかで集中講座でも受けて」
「それもいいな。ちょっと兄貴に話してみるか。兄貴も免許取りたがってたし」
そこで言葉を切って、恭二は少し考えた後に俺を見た。
「一花ちゃん、このまま潜らせるのか?」
「あいつが望む限りはそのつもりだ」
「そうか。なら、いい。兄貴に言っとくから、免許の件は頭の隅に置いといてくれ」
そう言って恭二は席を離れた。あのニブチン、そういう気の回し方が出来るなら沙織ちゃんにも遣ってやれば良いのに。
ため息をついて俺も椅子から立ちあがる。
軽く潜って暴れたい気分だ。
沖縄で合宿免許を取る事になりました。やったぜ!
社長曰く、丁度いいからついでに休暇を取って骨を休めよう、との事。
このタイミングで骨休みを入れても罰は当たらんだろう、との事だ。
俺と恭二、沙織ちゃんの3名はバイクを、社長や真一さん、シャーロットさんは大型免許をとって、出来た合間にバカンスを楽しもうという訳だ。
「一花ちゃんも夏休みだろう?家族帯同って事で付いて来ていいからな」
「やったー!社長太っ腹!」
「最近痩せて来たわい!」
一花のヨイショに社長が怒り笑いのような表情で返した。ちょっと体型の事はデリケートな話だからあんまりイジッて欲しくないみたいだ。
最近、暇がある時はダンジョンの浅い辺りでゴブリン相手に運動しているから、大分引き締まってきたと思うんだけどな。
近く沖縄に行く事が決まった我々ヤマギシチームは意気揚々とインゴットを集める為にダンジョンに潜る。
ある程度画像や映像が集まったらこれをシャーロットさんが率いる我が社の画像チームが加工・編集し、日米に渡す映像資料として作成。
横田基地にこの映像資料を届けに行く傍ら、ドロップ品のサンプルを渡し、変わりにここでM72ロケットランチャー等の補給を受け取ってくる。
政府からの計らいで岩田さんの武器補給もこの横田基地にある空自の基地で受ける事が出来るため、それらを収納に片付けて俺達は基地を後にする。
武器の補給がたやすく出来るのは非常にありがたい事だ。
「そう言えば武器といえば。あの魔力を吸い取る鉄、あれで武器でも作れないかな?」
「魔法金属って奴かもしれないんだよね。藤島さんに一度試してもらわないと」
「・・・私、あれ嫌い」
グズる一花を宥めながら、横田基地の帰りに藤島さんの工房に立ち寄りインゴットを10個ほど渡す。
何度かダンジョン経験がある藤島さんは、このインゴットの特性をすぐに理解したようだ。
「宮部さんにも連絡入れてみます。面白い物が出来そうです」
「柄についてはお任せします。これで刀を打って欲しいんですが」
「そこら辺は法律の整備が出来るまで難しそうですねぇ・・・」
刀は銃刀法の関係もあり、指定された玉鋼以外の素材を使うのは「美術工芸品」のカテゴリから外れる恐れがあるらしい。
委員会などでもこの件は取り沙汰されており、新法か旧来の法律が整備される可能性があるそうだ。
新しい武器が出来たら自分も試させて欲しいという藤島さんの言葉に了承を返して、俺達は今度こそ奥多摩に戻った。
第三十四話
16層にやってきた俺達を出迎えたのは薄暗い洞窟の入り口だった。
鉱山だろうか。どでーん、とそびえる岩山の横っ腹にある坑道が入り口のようだ。
これを見た瞬間に準備不足を感じた俺達は一旦引き返すことを選択。
途中金ゴーレムを乱獲しながらまた元来た道を戻っていく。
「ガスマスクと酸素ボンベが欲しいです」
「安全性を確認するまでは様子見が必要でしょう」
軍事の専門家二人の見解が一致した段階で俺達は日米に装備の供給を求める事を選択。
二人に必要な装備をリストアップしてもらい、岩田さんは自衛隊、他の面々は米軍に装備品の申請を行った。
そしてこの間に出来たオフを使って女性陣は水着を買いに行くらしい。男子組はしまむらで十分なんだが・・・
岩田さんはこの間に自衛隊に報告をすると言って出かけている。久方ぶりに奥多摩男子のみとなったヤマギシ家ではのんびりとした空気がただよっていた。
「そういえば、スポーツ系のメーカーからの話が来てるって言ってませんでした?」
「ん?あー、あれな」
恭二とスマブラをする傍ら、ソファにゴロ寝していた真一さんに尋ねると、何でも諮問委員のメーカーが数社、ヤマギシ家にアポを取ってきているらしい。
どうやらそろそろ、冒険者用のウェアやプロテクターの開発に入るそうだ。まあ、俺達としてもありがたい話だ。やっぱり軍服って目立つし、変身の魔法が苦手な人もいるからな。
服装や制服ってのはその職業の顔にもなるわけだから、民間企業で開発してもらえるのはありがたいし助かる。無料で提供してもらえそうってのも大きいけど!
そんな感じで一日を過ごしていたら、報告のために出ていた岩田さんが自衛隊の偉い人達を連れて戻ってきた。委員会のほうでよく話をする幹部の人も一緒だ。
神田さんというその幹部の人はぺこりと一礼すると、他の方の紹介をしてくれる。何でも防衛大学の教官さんと、防衛政策局の方らしい。
「実は、山岸さんにお願いがあるのです」
「お願いですか」
「実は、忍野村のダンジョン攻略に手助けを頂きたく」
自衛隊は現在、忍野村に出現した迷宮で、迷宮探索の訓練を行っているらしい。先の米軍の失敗を知る自衛隊の上層部はこの訓練にかなり神経を使っており、慎重に、大規模な人員を用いて訓練を行っている。
具体的に言うと、各階層のスタート地点に予備部隊を置き、交代制でその階層を巡回。リポップした端からモンスターを駆除していくという物だ。
手数の多さを生かした軍隊らしい迷宮攻略だなぁ、と感じたのだが、当初から想定されていたある問題が無視できないレベルにまで達してしまったらしい。
「安全性を高める為の方策なのですが、正直言って幾ら予算があっても追いつかない状況でして」
そりゃそうだな、と感じた。同じ事を米軍が行っても相当キツそうなのに予算に制限の多い自衛隊がそれを行うのだから結果は推して知るべしだろう。
何でも一体辺りに使う弾丸の消費が階を跨げば跨ぐほど加速度的に上がってしまうらしい。無理なく維持できそうなのは精々2、3階位で、オークが出てくる階層まで行くと一日に消費する弾丸が許容量の数倍になってしまうそうだ。
ヤマギシの場合銃弾を使うのは岩田さんやシャーロットさん位で、槍などはそれほど消耗も多くない。それに魔法を多用していけば槍の損耗も抑えられる。
岩田さん達もオーク辺りからは魔法に切り替えるしね。
その辺りも岩田さんからの報告で上がっていたのだろう。神田さんはしきりに頷いて、自衛隊でも槍などの武装を導入したり、岩田さんのような人材を早期に育成したいと語った。
「成るほど。お話は分かりました。しかしお金がない、というのは実はウチでも問題になってるんですよ」
実際、教官育成のための宿舎を立てるお金も日米の政府から資金援助を受けて建設をしている最中であり、その間に先生の先生にする為、岩田さんという人材を教育しているのが現状だ。
うちの手出しだけだとこんな宿舎を建てる費用を用意するなんて難しいなんてものじゃないし、わがヤマギシは身の丈以上の負担が常に降りかかっている状態にある。
「すいませんが、最低でも一人あたり一日200万円の報酬がいただきたいです。こいつの<収納>を利用する場合は更に上乗せで」
「200万ですか。うぅむ・・・しかしヤマギシさんのチームの精鋭を借りると考えると」
「決して高すぎるという事はないと思います。少なくともその料金分の銃弾以上には働けるかと」
真一さんの言葉に神田さんは頷き、「一度持ち帰らせて頂き検討いたします」と言って席を立った。
岩田さんを交えて一度自衛隊の方でも話をするらしい。200万か・・・・・・途方もない金額なんだが最近聞く値段がとんでもない物ばかりで普通に感じる。これ金銭感覚が若干麻痺してきた気がするぞ。
真一さんなんか「もっと吹っかけられたかなぁあの反応だと」と言って少し落ち込んでいるがこの人最近怖い。前から頭がいいって印象だったが最近は予知でもしてんじゃないかって位に先読みがハマるし人の心を読んでるんじゃないかって位バシバシ内心を当ててくる。
その癖妙に女心というか押しに弱いところは変わってないというね。
後日、この話は正式に締結され俺達は忍野ダンジョンに手助けに行くことになる。
「やっぱりもっと吹っかければよかったかぁ」
「いやもう十分ですって」
嘆く真一さんに苦笑して俺はそう返した。
第三十五話
忍野ダンジョンへの派遣は真一さん、シャーロットさん、恭二、沙織ちゃんの4人で行くことになった。
立場上岩田さんとドナッティさんは残らないといけないからな。
この間に二人と一花をあわせた4名でこれから教育しなければいけない日米合わせての40名の人員にどういった教育を施すかを考えておこう、という事になり、浅い階層を毎日あーでもない、こーでもないと潜り続ける。
収納がないと車の持ち運びが出来なくて、11層以降はキツイからなぁ。あれ使える奴増えないだろうか。センスのある真一さんや沙織ちゃん辺りならそろそろ到達しそうなんだが。
「いや、それを言うならお兄ちゃんもでしょ?」
「俺、体に直で作用する以外は苦手だからなぁ」
「うーん。そっちに関しては恭二兄ちゃん以上に使いこなせるのにね」
魔法全般が超一級品の恭二と身体限定の俺とでは大分違うと思うがな。しかし収納か・・・今度恭二に相談してみるかね。いつまでもあいつにおんぶに抱っこは流石に不味いだろうし。
「収納も大事ですが、やはりまず自力での回復と自衛手段の確立は急務でしょう」
「最初はコウモリあたりを自力で倒せるようにして倒した魔石は自分で消費。少しずつ魔力を増やしていかないと」
二人の言葉に頷いて、大まかな訓練の段階を決める。
まず、魔力を自覚できるまでの1層にて大コウモリの討伐と魔石の吸収。1層の大コウモリは何かしら武器があれば素人でも倒せる相手だ。訓練を積んでいる日米の兵士なら問題なく対処できるだろう。
また、俺達が事前に4、5層で多めにモンスターを狩り、これらの魔石も吸収してもらおうと思う。これに関しては政府に買い上げてもらってそれを使用するという形を取りたい。魔石は現在そこそこ良い値段で取引されているから良い収入になるだろう。
1層で魔力についてを把握できたらまずはライトボールやファイアボール等の基本とも言える魔法に着手する。
また、余裕がありそうな人にはアンチマジックとバリアーも覚えてもらう。特にライトボールとアンチマジック等の防御魔法は必ず覚えないと3層以降には挑戦させないことにする。
この3つの魔法は使えなければ死亡率がグンと上がってしまうから、ここだけは妥協できない。
そしてこの3つの魔法を覚えて、攻撃呪文などもぽつぽつと覚えてきたら次はチームを組んでの討伐だ。
覚えた呪文によって役割を分担し、人数的には5人チームを日米で組んでもらう。言語が違うのは致命的な隙になりかねないから、日米でチームは当然分けてもらう。
そしてこの5人のチームに俺達チームヤマギシのメンバーが1人入り、6人チームとしてフォーメーションを組むのだ。
勿論俺達がでしゃばっては訓練にならないから、基本的には5人で対応し、手が回らなかったり危険だと判断したときに初めてヤマギシのメンバーが手を貸すことになる。
まぁ、岩田さんとドナッティさんはそれぞれ所属する自衛隊と米軍に専属で回ってもらうので、実質は残りのメンバーがその時々でチーム分けされる形になるのだが。
「えーと、それだと一花ちゃんのチームが不安がったり、一花ちゃんの指示を聞かなかったりするんじゃないかな?」
「そうですね。彼女は見た目も年齢も明らかに若すぎる。少し懸念が残ります」
「んー、まあそう言われるかなーとは思ってたけどね!基本的に私とお兄ちゃんはこのチームには入んないよ!」
岩田さんの言葉にドナッティさんが頷くと、一花も言われると分かっていたのか、予め考えていた腹案を話し始めた。
そもそも一度に8チーム全部が入ることはないのだ。モンスターの数にも限りはあるし、一つの層で40人が討伐を始めればあっと言う間にモンスターを倒しつくしてしまうのは目に見えている。
なので、一度に入るチームは半分の4チーム。2時間交代で後続の4チームと入れ替わり、合間に気づいたことや注意点などを擦り合わせるといった手法をとる。
そして交代の合間には1時間の休憩を挟み、1日に一度にチームが入るのはそれぞれ4時間とする。
俺たちも休まないとキツいしな。
「で、空いた私とお兄ちゃんが小まめに巡回をして安全性をあげるって感じ。同じ階層なら無線も使えるしピンチになったら助けに入るよ!」
「成るほど。えーと、一郎君がチームに入らないのは一花ちゃんと組むからって事かな」
「いや、お兄ちゃんの魔法は誰の参考にもならないでしょ」
マジトーンでばっさり言われてしまい、思わず真顔で一花を見るが、向こうも真顔だったので思わず目を逸らす。
こないだの腕消失以来、前にもまして遠慮がなくなった気がする。
一先ず、今日話し合ったことは記録に残して、恭二達が帰って来た時に再度話し合うことになった。
恭二たちが忍野ダンジョンから戻ってきた。戦果は上々らしく、自衛隊は一先ず活動限界点を5層に定め、後は人員の成長を待つ形になるそうだ。
特に恭二達が刀や槍を振り回して魔法で相手をなぎ払う姿は彼ら自衛隊に衝撃を与えたらしく、教育人員の選定とプランについて、岩田さんが偉そうな人に度々呼び出されていた。
折角のオフなのに可愛そうに・・・・・・
さて、恭二達も帰ってきたことだし、米軍に頼んでいたガスマスク等の坑道攻略用の装備も整っている。
さあ攻略再開だ、とはならず。それよりも楽しみなイベントが俺達には用意されている。
季節は8月。真夏の南国での合宿免許取得が始まった。
第三十六話
「夏だ!海だ!沖縄だー!」
「イエーイ」
「い、イエーイ」
ジュリアさん、一花と浩二さんのノリに無理について行かなくて良いですよ。
「羨ましい・・・・・・」
今回は完全に唯の休暇になる三人の楽しそうな様子を、真一さんが恨めしそうに見る。
真一さんは年齢制限で中型限定解除までしか取れないそうだが、実習やら何やらで全然遊びに出る余裕がないらしい。
昨日までビーチで沖縄の子とお近づき!とか目論んでた罰が当たったんだろう。
俺達元高校生組も自動二輪の勉強で同じく缶詰だから気持ちは同じだけどな!
折角の南国が…まぁ来てすぐ台風の洗礼を浴びて日程が狂ったせいでもあるんだけど。雨男疑惑のある社長には是非社員の福利厚生に力を入れて欲しいものである。
という訳で夜に街へ繰り出し社長の奢りでどデカいステーキを食べる。有名人の色紙が壁中に並んでるし凄い店なんだろうか。でも値段は庶民的。
明日はあぐー豚が良いですね!と社長に話すと「程々にしてくれ」と苦笑されてしまった。
「一郎よぅ」
「はい、お代わり良いんですか?」
「まだ食う気か!そうじゃなくて。芸能事務所の件だが、本当に良いのか?結構な待遇だったろう」
「ああ、その件っすか」
沖縄に来る前に打診された他所への移動の話だったか。すっかり過去の事になってた。
というのも、以前映画に協力した時の関係者さんが俺の演技と魔法にほれ込んだ!とか言って事務所に所属しないかとヤマギシに打診をしてきたのだ。
で、その事務所さんが社長も知ってる超大手だったみたいで断るのも何だか勿体無いという心境らしい。
まあ、俺自体はその提案に何の魅力も感じなかったので断ったんだがね。
「もー!おじさん、その件はこっちの安売りになるから駄目って言ったじゃん」
「いや、一花ちゃん。しかしなぁ」
「社長。相手は明らかにイチローくんという人材の価値を認識できていません。ただのスタントマンとしてならあの条件は破格ですが、現在のイチロー君の知名度と希少性を考えればまるで話にならない条件です」
「え。俺そんなになってるの?」
聞き捨てならない言葉につい口を挟むと、その場に居た全員が「こいつは何を言ってるんだ」という目で俺を見てきた。
あ、これ俺が間違ってるのか。黙っとこう。沈黙は金というしな。
「知名度だけで言えば日本の総理大臣より有名人でしょお兄ちゃん。動画の総再生回数、人類の総人口超えてるんだよ?」
「・・・・・・マジで?」
俺の記憶だと数億位いって凄い凄いって言われてた記憶しかないんだが。
「うん。ほら、あのアメリカで公認スパイダーマンになるってのあったでしょう。あの後から一気に伸びたの」
「米軍の同期達も皆イチローさんの動画を見てます」
「うちの隊でもそうです。俺なんか魔法がちょっと使えたから変身できないのかってからかわれて。中々難しいですがね」
「はい。これが一般的な見解だよ?実際さっきからチラチラ見られてるのお兄ちゃんだからね?他のメンバーもダンジョン関係のニュースを見てれば皆有名かもしれないけど、お兄ちゃんの知名度はちょっともうそういうベクトルじゃないから」
何故か誇らしそうに話す一花にデコピンを食らわせて俺は社長に向き直る。
「社長、恥ずかしいんで帰りましょう!」
「却下。お代わりでも何でもすると良い」
にやにや笑って社長はウェイターを呼び、テンダーロインステーキをもう一枚注文する。
何てこった!ステーキが来るなら食べるまで動けないじゃないか!
サラダをむしゃむしゃ食べながら俺は天を仰いだ。
「それでも食べるのがお前らしいわ」
「注文されてるしステーキに罪はない!」
「お兄ちゃんの精神性、ほんと羨ましいよ!」
恭二と一花に野次られるも食べ物に罪はないからな。美味しく頂くのが礼儀ってものだろう。
ウェイターの人がステーキを持ってきてくれたのでサラダは一時中断だ。
「あの、ダンジョンのヤマギシさんですよね」
「え、はい」
「すみません、こちらにサインをお願いできませんか」
ステーキを持ってきた若い高校生くらい?俺たちと同年代らしきウェイターの女の子が、サイン色紙を持って俺たちにお伺いを立ててくる。てっきりまっすぐ俺に来ると思っていたから身構えていた俺以外の面々が一瞬面食らって動きを止める。
「わかりました。チームヤマギシって事で良いですか?」
「あ、はいお願いします!」
皆の動きが鈍い内にサイン色紙を受け取り、真ん中にヤマギシと英語で書き込んで左脇に名前を書く。
そして、それを恭二に笑顔で手渡した。
「・・・・・・うぇ!?」
「ほら早くしろよほらほら」
「て、てめぇ!」
「普段の俺の気分を味わうといいほれほれ待たせてるぞ」
勢いに任せて全員分のサインを色紙に書かせる。慣れない事をしたせいか皆顔が赤い。
ふふっ、普段の俺がどんな気分か存分に味わうといい。
はい、ウェイターさんどうぞサインです。あ。後一枚?俺別枠で?あ、・・・・・・はい。
結局余分に写真つきでサインを強請られて変身までして撮影。周りの人が携帯でパシャパシャとカメラを切る中俺たちは退店した。
途中まで俺を親の仇のように睨んでいた他のメンバーが店を出る頃には妙に優しくしてきたのが余計に心に来る。
変なことはもうしないでおこう。
山岸恭二:無事に自衛隊にも「こいつはヤバイ」と認識された模様。
鈴木一花:右腕を失った兄の姿はちょっとショックだった模様。小まめに兄の手に目線が行くようになった。
岩田浩二:折角の休みをお偉いさんとの会合につぶされてしまった可愛そうな人。沖縄旅行がタダで行けるからと自分を慰めている。
ジュリア・ドナッティ:一花を着せ替え人形にしてオフを満喫。
藤島さん:魔剣の作成が出来る可能性にテンションアップ
神田さん:統合幕僚監部所属の人。ダンジョンとそこから生み出される脅威に対処する為委員会に所属。当初は脅威としか捉えてなかったが、ダンジョンから生み出される魔法や、徐々に出てくるドロップ品などを見てこれは自衛隊に取り込めないかと認識を改める。特に魔法は兵士の新たな資質だと認識している。