奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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誤字修正。244様、アンヘル☆様、kuzuchi様ありがとうございます!


第百四十四話 マジックスパイダー

『何だ、あれは……』

 

 突然現れた黒い何か。それは少しずつ大きく広がっていき、人が数人は入れるほどの大きさになっていく。

 妹を庇う様に、学生服を着た『少年』は前に出る。周辺を歩いていた老人や大学生らしい外国人の青年がこちらを怪訝そうに見る中、それは足音を響かせてやってきた。

 

 デカい。恐らく2mは下らない人型のそれは豚のような顔をしており、筋骨隆々とした体を古めかしい鎧に包んで周囲を見回した。

 呆気にとられるようにその姿を見る人間たちを眺めて、その豚人間とでも呼ぶべき存在は少年とその後ろ……この場にいる唯一の女性を見てその顔を歪ませる。

 

『……ハナ、逃げろ!』

『お、お兄ちゃん!?』

 

 雄たけびを上げる豚人間……オークが少年たちに向かって真っすぐに走り始める。奴の狙いは妹……女だ。荷物を投げ捨て、手に持ったバットを握りしめて少年はもう一度叫んだ。

 

『逃げろ! 早く!』

 

 

 

「緊迫のシーンだね」

「ああ。最初の見せ場だからな。気合入ってるよ」

 

 編集された映像を見ながら俺と一花は言葉を交わす。今回撮影されたデータは全てアメリカにいるジャンさんに回される。現在見ているこれは未編集の代物だ。日本編での大まかな流れは、平和に暮らしていた高校生のハジメとその妹のハナが浸食の口(ゲート)が現れた事によりモンスターに襲われ、魔法の力を手に入れる所から始まる。

 

 この後、オークと戦って右腕を失ったハジメは連れ去られそうになるハナを助ける為に右腕を再生。再生した右腕の魔法の力によってオークを倒しその場を切り抜ける事になる。因みにこの場に居た外国人の学生はウィルで、彼はオークを倒したハジメに近寄り、負傷した右腕の治療を行い兄妹と知己を得る事になる。

 

 後々は相棒ポジションになるんだが、この初登場時は初めて会った時のギークっぽい印象の強いキャラクターだな。治療シーンから時間が経過して、次に登場するときはハジメの修行シーンになり、そこで巻き込まれるように空手の達人……初代様なんだけど……の弟子になってハジメをサポートする役柄につくんだ。

 

「それで、顔を隠してモンスターと戦うためにスパイダーマスクをかぶるんだよね?」

「ああ。下はパーカー着てるけどな」

 

 そう。このマジックスパイダー編、主人公がマスク以外はスパイダースーツを付けてないんだ。体格が分かり辛いように大きなパーカーを黒く塗りつぶして着こなしており、パッと見はどこかのストリートギャングっぽいイメージになる。後半のアメリカに渡る時はちゃんとしたスパイダースーツを着る事になるそうなんだけど、最終的にはこのダボっとしたパーカーを着た姿に戻って最終決戦に臨むらしい。

 

 スタンさんとしてはこの現代の若者っぽい恰好をした姿をMSの基本にして、服が破けたり大事な一戦の時は服を脱ぎ捨てる事で覚悟を示すというような、通常のスパイダーマンとの違いを押し出していきたいらしい。まぁピーター・パーカーの跡継ぎはマイルズが居るしね。

 

「イチローさん、そろそろ撮影始まりますよ~」

 

 部屋の外から昭夫君の声が聞こえる。もう休憩時間も終わりか。飲みかけていたスポーツドリンクを一気飲みしてごみ箱に入れ、黒いパーカーをひっつかむ。こいつの初お披露目をしないといけないからな。さて、もうひと頑張りするとしようか。

 

 

 

 さて、ついに今年の教官免許研修が始まった。といっても今回は都心の日本冒険者協会支部での式典は不参加で良いという事だったので、俺達ヤマギシチームは奥多摩ビルの大ホールの準備を手伝いながら気長に研修生たちを待つことになった。

 

 勿論世界冒険者協会のお偉いさんであるケイティやウィル、それに日本の教官筆頭になる御神苗さんとその補助の昭夫君は式典に参加しなければいけないのでこの場にはいない。立場ってのも大変だなぁと恭二と二人でテーブルを運んでいると、ざわざわと入口付近が騒がしくなる。

 

 まだ研修生の到着まで間がある筈だが……と恭二と連れ立って騒ぎを覗きに行くと、カメラを持った一花がドアに隠れながら何かを撮っているのに気付いた。小さく声をかけて近付いていくと。

 

「何で私が入れないのよ! 私は理事よ! 冒険者協会の理事なのよ!」

「困ります。部外者はお引き取り下さい」

「セクハラー! あんた婦女子に何手を触れてるのよ! セクハラ! セクハラ!」

「あ、取り押さえろ!」

 

 ビル内に無理やり入ろうともがくスーツを着た中年女性を警備員の人々が体で押しとどめているという不可思議な状況が発生していた。何だあれ、と驚愕で呆ける俺と恭二に一花が静かな声で告げる。

 

「あれ、あの変な団体の元代表だよ。空中分解した奴」

「……あ、ああ。あの……えっ、あの人もう理事じゃないよな」

「錯乱してるのかも。これ一応状況証拠用に撮影してるから邪魔しないでね」

 

 一花の言葉に生返事で頷き、とりあえず最寄りの警察署に連絡を入れる。研修生が来る前にあの日本の恥を片付けないといかんしな。知り合いの巡査さんが出てくれたので状況を説明し、急いで駆け付けてもらい件の元理事はパトカーに詰め込まれてヤマギシビル前から強制的に排除される事になった。

 

「……協会にも連絡入れとこうか」

「そだね……」

 

 念の為に協会にもこの珍事を連絡。昨年から続く不祥事にピリピリしていた冒険者協会の担当者は入ってきたこの連絡にお通夜のようなトーンで答えて、また連絡をすると言って電話を終えた。

 

 後に状況を聞くと、何とあのおばさん。都心の方のビルにも不法侵入しようとして強制的に追い出されたらしく、そっちが駄目だから、とこちらに入り込もうとしていたらしい。入り込んで何をする気だったかは不明のままだ。

 

 組織を形作る最初期とはいえ、あんな人間が理事だったんだな。日本冒険者協会、ちょっと内部見直した方が良いんじゃないだろうか?

 険しい表情でヤマギシビルにやってきたケイティを見ながら、俺と一花は小声でそう語り合った。

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