奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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誤字修正。KUKA様、244様ありがとうございます!


第百四十六話 門下生の集い

 ダンジョン上の食堂は、今や知る人ぞ知るグルメスポットになっている。何せ世界各国からポンポンと研修に来るものだから、現在では様々な国の料理人が常駐しているのだ。しかも金に糸目を付けずに選りすぐりのシェフを雇っているのだから味はお墨付き。

 

 まぁ当然の事ではある。何せ冒険者は基本的に命懸けの仕事だ。実入りも多いし、俺達が教えた人材は安全マージンを十分取っているとはいえ殺意を持ったモンスターと対峙するのはそれなり以上のストレスがかかる。こういった福利厚生を充実させないとストレスで潰れる事も考えられるのだから。

 

 ダンジョンに潜りっ放しでも良いと笑って言える恭二みたいな異常者はそうそう居ないのだ」

 

「誰が異常者だ誰が」

「しまった。つい口から出たか」

「いくらなんでもわざとらしいよお兄ちゃん!」

 

 白々しい言い合いに周囲から苦笑が漏れる。式典が終わった後、研修生には一度それぞれの宿舎に荷物を置きに行って貰っている。この場にいるのは研修生以外の、各国の教官達だ。

 

『お変わりないようで安心しました』

 

 イギリス代表の教官であるオリバーさんがそう言って一花を見る。彼は佐伯の事件の際に一花を弁護する為に行進デモを行った行動派のマスター門下生だ。その行動力と実行力はマスター門下でも抜きん出ている一人である。

 

 まぁ、この場にいる全員が各国で抗議の声を上げたりしていた前科持ちばかりなんだがな。オリバーさんはこの中でも抜きん出ているぞ? 門下生が数百人の中でデモまで主導したのはオリバーさんとフランス代表のファビアンさんだけだからな。

 

 そのもう一人であるフランス代表のファビアンさんは、一年前よりも大分長くなった前髪をふわっと風に靡かせながら微笑んでいる。視線が一花に固定されている事には目をそらしておこう。その隣に座るロシア代表のセルゲイさんはドイツ代表のオリーヴィアさんと熱心に何かを話している。ただ、時たま口がマスターって動いているからまぁ内容はお察しだが。

 

『君達本当にマスターが好きだね。もっと自重しないと駄目だよ』

「今日のお前が言うな定期」

『ここ数年ヤマギシに入り浸りのお前がいうな! 代われ!』

 

 ウィルの言葉に口々に反論が飛び交う。真っ先に口を開いたのが一花なんだかその辺どう思うウィル……全然堪えてないっぽいな此奴。むしろ何かめっちゃ嬉しそうでちょっと気持ち悪いので肘を打ち込んでおく。

 

 ぐふっ、とうめき声をあげてテーブルに突っ伏すウィルに喝采を上げる教官一同。お前ら、鉄の結束とか何とか……いや、よそう。余り深く考えたらいけない事な気がする。

 

 

 

 さて、所変わってMS……に見せかけた復讐者達の撮影は順調に進んでいる。今は初代様扮する武道家の元で体の使い方を学んでいるシーンだ。それまでは有り余る魔力と力だけで戦っていたマジック・スパイダーことハジメが、モンスターから助けようとした相手に逆に助けられて諭され、力の使い方と戦う理由を学ぶ重要な場面になる。

 

『良いか、ハジメ。ただ強くなるなら誰にだって出来る』

『しかし師匠、俺は』

『そう。お前は魔法を使える。体力もある。こんな老骨には真似できない若さがある。だが、それだけだ。それだけの違いしか私とお前には無いのだ』

 

 画面の中では畳の上で正座をした初代様とハジメ……少し若い姿の俺が向き合い、問答を繰り広げている。他者よりも力を持った存在である自分が周りの皆を守らなければいけない、と思い込む姿に危機感を抱いた師匠……この作品ではマスターとだけ呼ばれている……は彼と静かに語り合い、その若さゆえの真っ直ぐさを決して否定せずにただ足りないものがあるとだけ言葉を続ける。

 

『力には意志が伴わなければならない。その意志無くして力は強さ足りえない、脆い物になってしまう』

『……はい』

『脆い力では人を守る事などできん。それを忘れてくれるな……なぁ、ハジメよ』

 

 そう言って師匠は皺だらけの顔を歪めて、優しく笑った。編集されたこの動画を見ながら、スタンさんはうんうんと満足気に頷いている。ここから場面は年月を跨ぐ形になり、ハジメは師匠の元で1年余りの鍛錬を積みながらMSとしての活動を続け、そしてその活動が故に復讐者の本流へと組み込まれる事になる、という筋書きだ。

 

『原作的にはどうなるんですか?』

『良い質問だ。原作はこれから作ればいいのさ』

 

 いやいやアカンだろう。

 

『まぁ、流石に全部後付け設定はやらないけど完全に原作通りに進むわけではないからね』

『成程?』

『そのお陰で国連部隊の一部って名目でアベンジャーズや離反者への当て馬にされる役割なんだけどね』

 

 世知辛いもんである。この後の作中では中盤は完全にアベンジャーズの敵としての役割を担っており、ビッグ3は元より本家スパイダーマンやドクター・ストレンジといった大物ヒーロー達とも交戦する事になる。

 

 因みにこんな流れになった原因は故郷のゲートを封じる研究と防衛を代わりに行ってくれるという口車に乗っての事で、ウィル扮するウィラードという相棒と一緒に世界を救ったヒーロー達を捕縛、或いはデータ収集という名目で連戦するという、視聴者側から見れば完全にヴィランよりの立ち位置だ。

 

『ああ……早く見たいよ。スパイディ同士の戦いが……』

『楽しそうですね』

『楽しいよ。こんなに楽しい事は90年生きた中でもそうそうなかったさ!』

 

 そう言ってスタンさんは嬉しそうに笑った。撮影は順調すぎるほどに進んでいる。恐らく後1月もしないうちに日本国内の分は終わる事になるだろう。その次は本番……アメリカでの撮影陣との合流だ。その前に国内で出来る事はしっかりやっておかないとな……ゲームのモーションキャプチャーとかさ。


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