奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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第百五十五話 続・懐かしい人たち

『やぁ、スパイディ。いや、今はマジックスパイディだったね。今日はよろしく頼む』

『あ、はい。よろしくお願いします』

 

 にこやかな表情を浮かべた黒人の男性と握手を交わす。大統領閣下と直接会うのは二度目だけど、前に会った時よりも明らかに若くなってる。

 

『君達の発見したアンチエイジング効果のお陰で体力が戻ってきたんだ。お陰で家族の為に時間を割く余裕も出来た。とても感謝しているよ』

 

 俺の視線に気付いたのだろう、大統領閣下はそう言って照れくさそうに笑う。家族仲が良好なようで何よりである。

 

 テキサスにあるブラス家所有のダンジョン前は常にない物々しい警戒態勢を敷かれている。一国の首脳、しかもアメリカ合衆国の大統領が居るんだから当然と言えば当然だろう。

 

 現地はある種のセレモニーのような状態だ。何でも今回は大統領自身が初めてのダンジョンアタックに臨むという非常に大きな意味のある式典になるらしい。

 

 この式典によって米国はダンジョンという存在に対して真剣に向き合うという事と、場合によっては大統領自身が陣頭に立つ事も辞さないという意志を諸外国に対して示す狙いがあるそうだが。

 

『それ、外国人の俺が居ていいんですかね』

『頼む、今回はむしろ居てくれ』

 

 マスクに隠れて目を白黒させながらボヤく俺にジョシュさんが笑顔を浮かべたまま絞り出すように必死の声で語りかけてくる。いや、そう言われてもねぇ。大統領にもそりゃ護衛はつくとは思ってたけど。俺としてはむしろ俺の代わりに彼らをチームに入れた方が良いんじゃないかなって思うんだがね。

 

 そう思いながら視線を動かし、演説を行う大統領に目を向ける。彼の両隣に立つのは男女二人の軍人……それはとても見知った相手だった。ジュリア・ドナッティとベンジャミン・バートン。かつてはヤマギシで研修を行い一緒に切磋琢磨したまごう事なき元ヤマギシチームのメンバー二人。

 

 ヤマギシで培った技術を米軍にフィードバックする為に別れたかつての仲間の姿につい頬が緩むのを感じる。あれから日にちが経っているとはいえ間違いなく一線級の冒険者二人だ。こちらが見ていることに気付いたのかベンさんがウィンクをしてくる。その姿に変わってないなぁと感じながら軽く頷いて返事を返す。

 

 とんだ厄介事だと思ったが、これは恭二たちに良い土産話が出来そうだ。

 

 

 

『モンスター!ビッグバットです』

『うむ、私がフロントに立とう』

 

 槍を手にした大統領の言葉にすっと前衛がスペースを空ける。その構えは堂に入った物で、突きまでの動作もよどみなく行われている。この様子なら特に手助けはいらないだろうが、一応上空を飛ぶ大コウモリにウェブをぶつけて叩き落すといったサポートを行う。

 

『テンキュー、スパイディ!』

 

 落ちてきたコウモリを大統領が薙ぎ払いで切り飛ばし、コウモリは煙のように消えて魔石が転がってきた。大統領の初討伐成功だ。護衛の軍人・冒険者混合パーティが拍手をし、その様子を専属のカメラでとる。大統領は倒したモンスターの魔石をにっこりと笑って拾い上げた。

 

 成程、確かにこれは凄い効果があるだろう。感心しながら合衆国政府の思惑について考えを巡らせる。

 

『大統領、次でボスの部屋です。ボスはゴブリン。武器を使います』

『オーケー。だがこちらの方がリーチが長いしこの槍は強力だ。それに頼りになる護衛も居る。止まる理由は無い』

『イエス、サー』

 

 ベンさんと大統領の会話が耳に入る。今回のダンジョンアタックでは大統領の側には常にベンさんやジュリアさんが控えている。護衛という意味なら、この階層ならあの二人では十分を通り越して過剰戦力だ。そこに冒険者協会側の戦力……護衛チームが必要だとは思わないんだけど。

 

 まぁこっちもカカシではないからな。向こうの二人と同格の冒険者がこちらには居るんだ。邪魔にならないように適度にサポートをしているが……時折こちらを見る二人の表情は決して悪い物ではないからこちらを貶めるような事ではないと思うが、どうにも蚊帳の外に置かれているような感触がある。

 

 この催しの意味は理解したがどうにも腑に落ちない何かがある。まるで予定していなかった事が起こっているような何かが。

 

「……イチローが居て、良かったデス」

「後で話、教えてくれよ?」

 

 ボソリ、と呟いたケイティの言葉に俺がそう返すと、ケイティは少しだけ眉を寄せてから頷いた。

 

 

 

 その後は特に何事もなくダンジョンアタックは進み、5層に到達した所で終了。疲れた体にヒールをかけてもらった大統領は無事にヒールを覚え、「これで暗殺者に狙われても安心だ」と微妙に笑えないブラックジョークを放った後に「すまない、君達が守ってくれるのも含めてだよ」と慌てたように護衛チームに言葉を付け足していた。

 

『ありがとうMS。今日は一生の思い出になる。娘に自慢できるよ……あと、これにサインをくれないか』

『あ、はい』

 

 もう書き慣れてしまったサインを渡し、最後にもう一度握手をして大統領は去っていった。とりあえず今日はこれでお役御免という事か。

 

「イチローさん、コッチ来てる知ってマシタが、ビックリです。今度、メールしマス」

「実は近いうちにお会いしたかったんです。また後日改めて」

 

 ベンさんとジュリアさんが別れ際にそう言って握手を求めてきたのでそれに応じ、現在の彼らの配属先等を確認してまた会う約束を取り付ける。撮影の方は各俳優のスケジュール合わせで撮影日がマチマチだから、他に仕事が無い俺は結構暇なんだ。会いに行く位は都合を付けられるからね。

 

 さて。二人と別れた後に、俺はブラス家とついでにウィルが待つブラス家の屋敷へとやってきた。

 流石にいきなり大統領の護衛なんぞやらされたんだ。事情を知らない訳にもいかないしな……でもあんまり関わりたくない内容だろうなぁ……等と考えながら、ブラス家の家令に案内されて応接間の方へ行くと、そこには驚くべき人物がのんびりとジュースを飲む姿が。

 

「……お前何してんの」

「そっちこそ。俺達はさっき到着したばかりだけど」

「さっき? 俺達?」

「うん。本当は2日前に着く予定だったんだけどさ。便が欠航しちまってよ。他のメンバーは荷物置いたらすぐに来るよ。俺は収納に入れてある」

 

 のほほんとした表情で「驚かせる予定だったのになぁ」と語る恭二の姿と、その向かいに座ったケイティの姿。ケイティの気まずそうな表情。

 

 大体この辺りで事情が呑み込めてきた俺は、決して恭二が悪いわけではなかったがとりあえず脛に蹴りを入れておいた。ヤマギシチームの代役をやらされたんだ。この程度の意趣返しは許されるだろう?


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