奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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誤字修正。244様、アンヘル☆様、鋸草様、kuzuchi様ありがとうございます!


第百五十九話 宣伝

 知名度ってのはとても重要な要素なんだ。等とスタンさんが言い出した瞬間に嫌な予感はしていた。スパイディに変身した際のセンスとはまた別の、歴戦の動画投稿者としての勘という奴だろうか。こいつは碌な事にならないと分かった時、左の脇腹が痛くなるのだ。

 

 おなか痛いんで、とその場を立ち去ろうとする俺の右肩を恭二が掴み、何か言う前に俺の体をリザレクションの光が包み込む。

 

「痛みは消えたか?」

「ああ、ありがとう。爽快な気分だよ」

『よし話は着いたな。じゃあ、早速行こうか。宣伝の時間だ』

 

 という訳で俺はフォーマルな場所ではもうこれで来てくれとよく言われるスパイダーフォーマルを身に纏い、拘束要員兼演出要員として恭二、後なぜか着飾って死んだ顔で俺達の背後についてくる一花を引き連れて豪華な黒塗りの車に乗ってどこかのTV局へとやってきた。

 

 局へリムジンで乗り付けるシーンから全て撮影が始まっているらしく、何とか再起動したドレス姿の一花の手を取り、いつもの様子でにこやかに笑いながらフラッシュの中を歩くスタンさんに連れられて局内へと入る。恭二? 変身してSPに成りすましてるよ。俺もその手を使えばよかった。

 

『いや、君にそれをやられたら困るよ? 今回のメインは君なんだから』

『勘弁して下さい』

『ほら、スマイルスマイル。マスクで見えないだろうけど!』

 

 それは笑う意味があるんだろうか?

 

 

 

 オークの群れ。しかも一人一人が魔法を扱うその軍勢がワシントンを襲う。何故か科学の知識を持った彼らはボディアーマーを身に纏い、銃を持ち、そして人間よりも頑強な肉体を持っていた。瞬く間に蹴散らされていく米軍。破壊されるホワイトハウス。

 

 屋上に靡く旗に豪奢な鎧を着たオークが手をかけ……そして横合いから飛んできた蜘蛛の糸に絡めとられ、屋根の上に張り付けられたところにまた飛んできた『雷を帯びた』ウェブに絡めとられ全身を痺れさせることとなる。

 

『うん?』

『あれ?』

 

 スタッ、とホワイトハウスの屋上に二人の人影が降り立つ。

 

『ええと、ええ?』

 

 赤と青を基調にした、蜘蛛柄のタイツスーツを着た男は驚いたように頭を掻いたり辺りをキョロキョロと見渡し。

 

『……あ、どうも』

 

 対して手作りの蜘蛛の巣のようなマスクをつけた少年らしき人物はパーカーを被りなおしてペコリ、と頭を下げる。

 

 

 

 暗くなった画面にマーブルプレゼンツ、MAGICSPYDERの文字が広がる。視聴者として今回呼ばれた観客からはスタンディングオベーションを受ける。

 

 いやぁ、それにしても凄いよね。今回も本家スパイダーマン以外は他のヒーローの情報が全然出てきてないのにめちゃめちゃ面白そうな映画の予告になってる。

 

『いやぁ、素晴らしい予告でしたね』

『あ、どうも』

 

 司会者らしい白髪の叔父さんがペラペラとどれだけ映画の動きやリアリティが凄かったかを語ってくれている。今回用意した予告編のシーンは前半と後半の繋ぎ合わせみたいな物で、間に入った他のヒーローとのバトルは抜いた物で構成されている。

 

 本来の激闘部分を使わなくてもこれだけ派手な部分を用意して最後にオチまでつけてみせた脚本担当と演出の働きには脱帽だ。

 

『所でMS。そろそろ隣のキュートなガールも紹介が必要じゃないかな?』

『ああ、そうですね。今回の映画で特殊演出を担当してます、俺の妹の』

『イチカ・スズキです。日本から来ました』

『それは存じてますよ』

 

 イチカの言葉にHAHAHAとアメリカのホームドラマとかでよくある感じの笑い声が起きる。オーディエンスが本当にHAHAHA笑いしてて少しびっくりした。あれってスタッフが後から入れる物だと思ってた。

 

『しかし、その年齢で特殊演出という事は、やはり魔法の?』

『ええ。イチカは魔法教育では冒険者協会でもかなり優秀と評価されてまして、今回ヒーロー達への魔法の指導と、爆発や爆炎の演出を行っています』

『高校生だから冬の間だけですが』

『なるほど。この抜擢はスタン氏が?』

『ああ。彼女の魔法は必ず必要だと……』

 

 スタンさんがいつものトークを始める。終始ニコニコとやり取りをする姿に流石はスマイル・リードと呼ばれるだけはあるなぁと感心していたら、いつの間にかまたこちらに話が飛んできた。ええと、はい。ちょっと天井に張り付いて見せれば良いんですね、わかりました……

 

 

 

 あそこで今までで一番の歓声が来たんだけど。番宣的に良いんだろうか。

 

『良いの良いの。今は明らかに君の話題が一番ホットなんだから』

『それで良いんですか』

『それとこれとは別だからね。今日の番組はね、米国でも中々敷居が高い番組なんだが、君の名前がチラリと出ただけで凄い食い付きだったよ。これで次回以降もあそこで宣伝をお願い出来る』

 

 スタンさんはそうほくそ笑むと、運転手に一言声をかける。さて、もう昼時だしどこかで飯でも行くのかな。

 

『次の局は食堂が良くてね。普段宣伝で御世話になってる所だから味は期待してて良いよ』

『……おかわりですか』

『ああ、あと2回はあるよ』

 

 食べ比べでもしてみると良いと笑うスタンさんに乾いた笑い声で答える。一花が死んだ目をしている理由はこれか。

 

『……食事、美味しいと良いな』

『そうだねお兄ちゃん。もうヤケだわ』

 

 この後兄と妹でめちゃめちゃどか食いした。個人的にはスタンさんが勧めるだけあり、二軒目の局の食堂は美味しかった。それだけが救いである。


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