奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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第百六十七話 受賞

 随分慣れたと思ったが、やっぱりこう。華やかな場にスーツ姿で居るのはまだ違和感がある。今、スーツを着てここに立つ俺はヤマギシに所属する冒険者鈴木一郎ではなくて、動画を見た人たちが思い描く鈴木一郎なのだろう。

 

 何かを模した時に感じる違和感。多分この違和感が俺と模した人物との違いなのだろう。幸いな事に今の所違和感がなくなるような事は無いが、これが無くなった時、鈴木一郎はどうなるのか。少し怖い所ではある。

 

「一郎、行くぞ」

「はい」

 

 珍しくスーツを着込んだ初代様に従って車から降りる。フラッシュの雨を受けながら俺と初代様はレッドカーペットの上を歩き会場へと入っていく。

 

 東京アカデミー賞に何故かノミネートされてしまった俺は、同じくノミネートされた監督や初代様と一緒に偉く場違いな場所に顔を出す事になった。

 

「ひぇぇ、知ってる顔ばかりだ」

「この中で一番知名度があるのは君だがな」

 

 怖気づく俺の言葉に監督が苦笑を浮かべながら答えてくれる。そうは言われても、一般市民としてはやっぱり芸能人って奴には身構えちゃうんだよね。

 

 誰か知り合いでも居れば良いんだけど、残念な事に見える範囲には知り合いは居ないようだ。まぁ、大人しくテーブルについてのんびりとお茶でも飲むか……と、思っていたのだが。

 

「何かめっちゃ見られてるんですが」

「お前さん達ヤマギシチームは本当に冒険者関連以外は出てこないからな。珍しいんだろ」

 

 こちらに何故か注目が集まってきていて何とも居心地の悪い時間を過ごしながらお茶で誤魔化す事十数分。式が始まると流石にこちらに集中していた視線は無くなった。

 

 よしよし、これでのんびりとお茶を楽しむぞ、と喜んだのもつかの間。今回出演した仮面ライダーは凄かったらしい。最優秀美術賞やら撮影賞やらをガンガン取りまくり、挙句には主演男優賞と新人なんたら特別賞とやらまで持って行ってしまった。

 

 そう。初代様となんと俺が賞を貰ってしまったのだ。審査員からは「まるでそこに結城丈二が居るようだった」とのコメントがあったので、多分この人が特撮ファンで、この人の評価が決め手になったのだろう。こんな大層な賞をもらうのは正直恐れ多いのだが、初代様がニッコニコでこっちを見てるから辞退なんてマネも出来る筈がなく。

 

 呼ばれたので舞台に上がろうとしたらスタッフから何故か用意されていたヘルメットを渡されたので、ああ、と色々察して変身。初代様も合わせて変身した姿で舞台の上に立ち、ヒーローショーっぽい口調でお礼を言うと何故か皆立ち上がって拍手を送ってくれた。

 

 主演・助演女優賞を受賞した女優さんや助演男優賞を受賞した俳優さん達と集合写真を撮る際も、何故か初代様と俺は変身したまま撮影。変身を解除した状態も欲しいと言われたので言われるままに変身を解くとまた拍手が巻き起こる。

 

 そんな形で全ての受賞が終わり、閉会の挨拶が行われるとその日の式は終了。普段とはまた別の方面で熱意のある取材陣の攻勢に笑顔で応対して車に乗り込み、何とか無事に切り抜ける事が出来た。筈だ。

 

「お疲れ様、一郎君」

「疲れました。美味しいご飯が食べたいです。しゃぶしゃぶとかどうですか?」

「随分とへろへろじゃないか」

 

 最後の方はまた周囲からの視線が気になりせっかく出してもらった飲み物も味わえなかったし、あまり面白い式ではなかったな。お世話になった初代様や監督が受賞したのは嬉しい事だし付き合いと思えば良いのか。

 

「まぁ、あれはな。出来ればお前と接点が欲しいんだよ、皆」

「……はぁ。奥多摩に来てもらえれば幾らでも接点なんて持てると思いますがね」

「彼等は役者で、お前は冒険者。その事に気付かなければ……難しいだろうな。私も役者だが、少し特異な立ち位置だったから気付けた事でもある。冒険者って職業はな、色々と外から見たら良くわからないんだ」

 

 初代様はそう言って、少し眉を寄せて窓の外を見る。俺なんかただ変身が有名なだけの動画投稿者だし、それほど面白い性格という訳でもない。

 

 そりゃ友人や知り合いがダンジョンに潜りたいと言えば手伝うが、それ以上の事は出来ないんだけどなぁ。

 

 

 

「お兄ちゃん、これこれ」

「あん?」

 

 初代様や監督としゃぶしゃぶをしゃぶり尽くして家に帰った俺を、最近新調したというPCをカタカタと動かしながらマイシスターが温かく背中で迎えてくれた。

 

「……何じゃこりゃ」

「お兄ちゃん、いつの間に俳優になったの?」

「わからん」

 

 一花が指差した先を覗き込むと、そこにはヤボーニュースのトップページが開かれており、何故かページの一番大きなニュース欄に先程の受賞式の写真と、その会場に向かう俺の姿が写し出されている。

 

「えぇと、『鈴木一郎、俳優業に専念か!?』いや言ってねぇよ何だこれ」

「おお、見事なまでの飛ばし記事」

 

 眉を顰めながら記事の内容を眺めると、話した覚えもない事が出るわ出るわ。というかこんな質問を受けた覚えがないから多分これ完全に憶測だけで書かれてるっぽいな。

 

「お兄ちゃんの勘違いって事は?」

「ない。俺、会場入りの前からずっとライダーマンモードだから」

「なるほど。結城さんなら確実だね」

 

 ……あの、一応俺がメインなんだけど信頼違い過ぎない? 気持ちはわかるけどさぁ。

 

 俺の微妙な内心を知ってか知らずか一花は「これ、シャーロットさんに連絡しとくね!」と席を立つ。

 

「あの、一花さん、俺本体……」

 

 去り行く一花の背中にそう語り掛けるも返事は帰ってこない。一人虚しく俺はPCを開いてネットサーフィンを楽しむ事にした。くすん。


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