奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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第百六十九話 シャーロットさんとのお話

「ここに来るのはお久しぶりではないですか?」

「出来れば来たくなかったです」

 

 俺の率直な返答に流石にシャーロットさんも苦笑いである。シャーロットさんに入れてもらった紅茶を口に含み周囲を軽く見渡した……相変わらず美味しい。これを味わえただけでもこの階層に入った……いや、まだマイナスだな。大分マイナスだわ。

 

 しかしこの部屋は確か応接間の扱いだった筈なんだけど、明らかに椅子からテーブルから全部マーブル一色なんだが。色合いじゃないぞ、キャラものって意味でだ。

 

 天井の蛍光灯はキャプテンの盾みたいだし、椅子は黒い革張りかなと思ったら肘かけの先っぽが色んなキャラの頭になってる。よく出来てるわ。どこで売ってるんだろ。

 

 更に蜘蛛柄のシーツを被せたテーブル。この紅茶のカップもよく見たら復讐者達がデザインされたカップだった。マーブル本社でももう少し大人しかった気がするんだが会社を間違えたんだろうか。

 

「何か部屋がパワーアップしてません?」

「マーブルに頼んだら色々と送ってくれるんです」

「スタンさんですね」

 

 大体予想がついたのでそう尋ねると苦笑しながらも頷いてくる。完全にマーブルファン日本支部になってるなぁこの部屋。

 さて、そんな事はどうでも良い。雑談も楽しいのだが、そろそろ窓ガラス越しにこちらをチラチラっと眺めるカメラのレンズが気になるので話を進めたい。

 

「それで、呼ばれたのは何故」

「あ、そうですね。ごめんなさい、少し話し込んでしまって。こちらをご覧ください」

「あ、はい……はえ? これなんです?」

 

 そう言ってシャーロットさんが取り出した分厚い書類を受け取り、うわぁ、と思いながら表紙を眺める。するとそこには『MAGIC SPIDER IN TOKYO』の文字があった。呆気に取られながら中を開こうとすると恐らくストレングスを使用したのだろう、凄まじい速度で手の中の資料がシャーロットさんに奪い取られる。

 

「すみません間違えました」

「……いや、あのそれ」

「間違えました」

「はい」

 

 突っ込んだらいけない話題らしい。強張った笑顔のシャーロットさんの勢いに負けて深く頷く。

でも俺、それはやらないからね? 絶対にやらないからね?

 

 

 少し話がズレてしまったが、シャーロットさんから言われたことはやはり今後の対外的な対応についてだった。

 

「ヤマギシとしては一郎さんの基本は冒険者、何かがあればそれ以外もという兼業スタイルをプッシュしていきたいと考えています」

「兼業ですか」

「兼業です。冒険者は他の職業よりも兼業しやすい職業なので」

 

 まぁ、これは俺も分かる。教官免許持ちは希望すれば協会に就職できるが、それ以外の二種や一種免許の冒険者は割とバイト感覚でダンジョンに潜ったりしてるそうだ。

 

 臨時冒険者についていく依頼なんか一度潜るのを補佐したらその都度1万円の手当が貰えるらしいから、これを毎日行って生活してる人も居るらしい。昭夫君なんかも育成がてらこの手当でお小遣いを稼いで弟妹の食費に充ててたらしいし。

 

「それと、映画関連はむしろこれからが本番だと思います」  

 

 日本アカデミー賞という国内最大の式典で受賞されたが、本番はむしろこの後になる。というのも、5月にあるとある映画祭にどうもこの作品も御呼ばれする可能性があり、そこでまた俺の名前が出る可能性があるらしいからだ。というか実際に会場に来てほしいとすでにヤマギシに連絡は来ているらしい。しかもフランスのファビアンさんから。

 

「ファビアンはあれでフランスの名士一族の出ですからね。恐らく実行委員にも知人や親族がいて頼まれたんでしょう」

「あ、そうなんだ」

「予測になるんですがね。本人も『出来れば来てほしい』と、最大限一郎さんの意志を尊重してくれと言っていました」

 

 確かにファビアンさんはこう、無駄に度胸があったり明らかに長すぎる前髪をしたりただ者じゃない感はあったけど。舞台の経験はあるってのは聞いたことあるし、もしかしたら本当にそういう家系なのかもしれないな。

 

 まぁファビアンさんが居るんならこないだの日本アカデミーみたいにひたすら頭の中で素数を数えたり、監督や初代様とだけお喋りなんて事はないだろうしな。

 

 こないだの研修の時はあんまり話せなかったし、ファビアンさんに呼ばれたんならまぁ、良いかな。アメリカ組はしょっちゅう会えるけど他の地域の人はあんまり会う機会が無いしね。

 

「それと、こちらのメディアへの応答の対応表を参考にしてください。この間の応答をTVで見る限り問題は無さそうでしたが……」

「そこはその、基本はライダーマンで行きます」

「はい、それなら大丈夫かと思います。スパイディで行ってほしいとは思うんですが、彼はこう、言葉を間違える事も多いので……」

 

 本当に心惜しそうな表情を浮かべてこちらをちらちらと見ながらシャーロットさんがそう呟く。まぁ、スパイダーマンって基本は陽気なお喋りって感じになるからね。頭の回転が速くなってるのは分かるんだけどね。

 

「分かってます。変な言葉尻を捕らえられてってのも面白くないですからね……気を付けます」

「はい、よろしくお願いしますね。あ、それと」

「はい?」

 

 メディア応対の注意事項と書かれた冊子を受け取って席を立とうとした所、シャーロットさんに呼び止められたので再度座り直す。

 

 まだ何か用事があったのかな、と思っていたらシャーロットさんはスッと立ち上がり、テクテクと歩いてドアの所へと向かう。

 

 そしてドアノブに手を掛けて一気にドア開くと、向こうでスタンバっていたのだろう数名の広報部員がギョッとした顔でシャーロットさんを見て、蜘蛛の子が散って行くように逃げ出して行った。

 

「さ、どうぞ。またお願いしますね」

「ここもう来たくないです」

 

 にこやかな笑顔で言われても誤魔化されないですからね? フリじゃないです。


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