ネズ吉さんの運転する車の窓から外を見る。空港から車で1時間ほどの場所に夕張市は谷と谷の間の隙間を埋めるような形で作られた町だった。
「うーん、空気が何か違うなぁ」
「と、東京とはちょっと、ち、違う感じはしますね。い、田舎だからかなぁ」
助手席で窓の外を眺めながらそう言った俺に、ネズ吉さんが苦笑しつつそう答えた。奥多摩も山の中だけど、何となく都会の匂いという物がどっかに漂ってる気がするからな。特に最近は再開発で煙っぽいし、余計にそう感じるのかもしれない。開発が始まってから奥多摩に来た、ネズ吉さんは良く分からないらしいけど。
まぁテレビが無い所ってのは言い過ぎだが、日本最北端というだけあって東京から距離もあるしのんびりと出来そうだ。ヤマギシ広報からの発表では、俺は現在アメリカの方に行ってることになってるからね。仕事の内容自体は同じだし大きな嘘は言っていない。後程アメリカに渡るのも本当だし。
「でも、良いんですか? ネズ吉さん、ヤマギシ所属になって」
「は……はいぃ、その。今の冒険者協会所属だけよりも、安定しますしぃ……そ、装備もヤマギシ所属なら。ら、楽に調達出来るんで……」
「その辺りはお任せください。安心して冒険に専念できるよう、ヤマギシもサポートしますので」
きょろきょろと所在なさげに周囲を見るネズ吉さんの様子に、シャーロットさんが笑顔を浮かべてそう答える。そしてその笑顔を受けてネズ吉さんがまた所在なさげに周囲を見渡した。シャーロットさんの仕事のできる美人オーラに当てられてるんだろうな、これ。
今回のお仕事はシャーロットさんの補佐として全国のダンジョンを回り、ヤマギシの支社建設予定地への視察及び現地冒険者との交流。まぁ、この交流には現地の冒険者で希望する人のスカウトなんかも含まれる。
といってもあくまでもそれとなく誘って来てくれればよし、位のノリだ。という事で俺のやる事は雑用と現地での冒険者指導という何時もの仕事になるため、結局シャーロットさんの補佐というよりお手伝いって方が合ってるかな。
日頃からシャーロットさんにはお世話になってるし、扱き使われる分には問題ない。少しほとぼりを冷ましたかった俺としてはありがたい仕事だ。
あのままニート決め込むのも寝覚めが悪かったし、一時はまた全国を巡っている恭二に着いていこうかとも思ったんだが、恭二本人から「お前来たらヤバいことになるから来るな」と割とガチめのトーンで忠告されちゃったんだよな。あいつの眼に何が映ってたのか怖くて聞けねぇよ。
「場所の選定もありますが、現在使っている冒険者の施設はそのまま使えるように工夫するつもりです」
「あ、ありがとうございます……い、いまの、施設にも大分愛着、がわいてるんで……」
シャーロットさんの言葉に嬉しそうにネズ吉さんが頷いた。彼のホームである「夕張ダンジョン」は町から山の中に入っていった所の、三笠市との境位にある原生野にぽつんと出現したダンジョンだ。
周囲は森に囲まれているが割と広いエリアで……それこそ野原と言える平たんな大地が広がっており、国が整地をして開発を開始した現在でも冒険者協会の受付と冒険者用の住宅兼宿しか存在しない。
ここまでの道自体は作られているが町から歩くにはちと遠い距離だ。まあ、だからこそ開発のし甲斐があるってもんだろう。
「それじゃあ、少しの間ですがよろしくお願いしますね」
「は、はい……よろしくお願いします」
『夕張ダンジョン荘』と看板で銘打たれた木製のロッジの様な建物の前で、俺とネズ吉さんは固く握手を交わす。1週間ばかりだが、ネズ吉さんの冒険者としてのスタイルも気になってたし、勉強のつもりで頑張るとしよう。
所でメロンがおやつって本当ですか? 今、シーズンなんですよね確か。え、協会内だと食べ放題?
……食べ放題。
ほう。
「正直すんませんでした」
「い、いえ、自分もその。説明が足りなくて……」
夕張メロンは最高でした。そして食べ過ぎて現地の職員さんに怒られた俺は、お詫びを兼ねて早速ダンジョンアタックに精を出している。あと、ネズ吉さん。本当に申し訳ないので、この件は俺が全面的に悪いって事にして下さい。居た堪れないんで…
「きき、気にしないで下さい。田村さんは、その、口うるさいけどい、いい人なんです。後で、し、しっかり謝れば、ゆる、してもらえますから……」
「いや、それは勿論です。後で差し入れ持ってかないとなぁ」
などと無駄話を挟みながら俺とネズ吉さんはのんびりと22層を歩いている。メンバーは俺、ネズ吉さん、以上二名である。普通ならもっと大勢で潜る階層なんだが、ネズ吉さん以外の夕張ダンジョンの冒険者は基本的に12,3層が主な狩場だからここまでくる理由がない。
当然ネズ吉さんもルール上相方も居ない状況ではここまで潜ってはいけない為、この間の教官訓練以来のチャレンジになるらしいんだが……
はっきり言ってネズ吉さん、超強いから俺の助力なんか要らないんだよな。
「き、来ました」
「うす」
ふよふよと浮かぶ畳……なんとフローティングボードの開発最初期のあれらしい。いつの間にか無くなってたと思ったらネズ吉さんが貰ってたそうだ……の上にゴロゴロと魔石を載せたまま、ネズ吉さんは敵の来襲を察してフードを被り直す。
全身をできうる限り覆い隠したその姿は「……忍者……いや、アサシン?」という具合なんだがこれが小柄なネズ吉さんに意外と似合うんだ。
ネズ吉さんが見ている方向に注意すると感知に2体のワーウルフの反応が引っかかる。連中の牙も素材として研究中なんだよな。と意識をそちらに向けると、ふとした瞬間にネズ吉さんの姿が掻き消えた。
比喩じゃない。本当に、消えたように見えているのだ。勿論、保護色とかそういった物を魔法で出してる訳じゃない。恐らく俺の視界には今もネズ吉さんがどこかに見えている筈なんだが、これが分からない。相変わらず凄い特技だ。
『ガウアアアア!』
俺が居る広場に躍り込んできた2体のワーウルフ。番だろうか、片方が叫び声をあげ、そして叫びながら唐突に前のめりに倒れ込み、沈黙する。
いきなり相棒が倒れた事に虚を突かれたようにそちらを凝視するもう1体のワーウルフの喉がぱっくりと裂け、血しぶきを上げながらそのワーウルフも倒れ込んで煙になった。
そして、2体のワーウルフが倒れて煙になった場所には、先ほどまで姿を消していたネズ吉さんが何事もなかったかのようにいそいそとドロップ品を回収する姿がある。
「……一花がべた褒めするわけだわぁ」
以前見た時は、立ち止まらないと姿を誤魔化すことは出来なかった。それが今では走りながらだって相手に悟られずに近づき、悟られずに首を掻き切る事が出来る。
この間の教官研修で、同レベル以上の冒険者たちとの切磋琢磨によって成長したのは生徒たちだけではなかったって事だな。
今回はこのまま、一人で30層まで行ってもらおうか。最悪俺がボスを突破するつもりだったんだがそれも必要なさそうだしな。
しかし……俺達が施してる教育って戦士とか魔法使いの育成の筈なんだが、これどう考えても暗殺者だよなぁ。冒険者の職業分け、一度きっちり考えた方が良いかもしれん。