奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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誤字修正。244様、広畝様、kuzuchi様ありがとうございます!


第百八十二話 既視感のある場面

「いざ……」

「尋常に、勝負!」

 

 何故か襲い来る既視感と戦いながら俺と水無瀬(妹)……香苗さんは野原で対峙する。上杉さんから事前に連絡が来ていたらしく、到着した時には既に相手側は準備万端で水無瀬さんのオフィスで待ち構えていたらしい。というか朝からスタンバってたそうだ。

 

 あれ、俺が受けた伝言はそんな内容じゃなかったんだがなぁむしろ直で言えば良いじゃん、と思いながら流されるままに近隣の空き地に移動し、見届け人として姉の方の水無瀬さんとニヤニヤ顔の恭二が一応ストッパーとしてついてくれている。

 

 ニヤニヤしてる恭二もつい先日手合わせと称して一戦交えたらしいから、俺を道連れに出来て嬉しいんだろうな。有名人を見かけたら手合わせを申し出るってどこの剣豪なんだろうか。

 

「剣豪。言われてみたいものどすなぁ」

「あ、はい……所でそれ、魔鉄使ってますね?」

 

 俺の問いかけに香苗さんは深い笑みを浮かべる。魔鉄を用いた刀や槍の創作は奥多摩で始まったが、刀鍛冶自体は日本全国にいる。それに水無瀬家は京都の古い名族だ。魔鉄を鍛冶に活かそうと、取り入れようとしている柔軟な思考の鍛冶師と渡りをつける事は難しい事じゃないだろう。

 

 しかも彼女はインゴットを取りに行けるだけの実力がある冒険者で、実家の財力もある。あの薙刀も恐らくはその手によるものだろう。うん、素晴らしい。こういう風な物が世に出てくればもっともっと冒険者の多様性ってのが出てくるだろう。

 

 香苗さんの戦法は分かりやすい冒険者スタイルだった。周囲の影響を考えて攻撃魔法は範囲系は除き、ウォーターボールのように周りに影響を与えない物に限定。それらを駆使して相手をけん制し、少しずつ間合いを詰めて攻め切れないようなら薙刀で相手のリーチ外から一撃。

 

 うん、20層台の敵で苦戦する相手は居ないだろうな、という練度である。しかも薙刀の練度も上杉さんの猛攻をしのぎ切れるレベルというだけあって非常に高い。身体操作が上手く、上がった腕力を上手く用いて縦横無尽に薙刀を繰り出す術はある種芸術的ですらある。

 

 ただそれでもやっぱりミギーの全方位攻撃は捌き切れず、背後から飛んできた攻撃に気を取られた隙に足を払われて思い切り背中から地面に落ちた。すまんね。前衛主体の相手にはこれ、無類と言っていい強さなんだ。

 

「終了~! お前もうちょっとさぁ」

「やかましい。開幕フィンガーアクアボムズで圧殺したお前が言うなし」

「けふっ……ああ、あかんわこれ……小虎が無理いうてたんもわかります」

 

 結構な衝撃だったのか、けほけほとせき込みながら起き上がった香苗さんに手を貸して起き上がらせる。いや、小虎さんよりも大分保ったと思いますよ。彼女、ミギーの弾幕の中を真っ直ぐ突っ込んで来てましたから。あれはあれで凄い度胸だと思うけどな。

 

「香苗」

「うん、満足したわ。うちもこのお人に頼るんなら、文句はあらしまへん」

 

 パンパンと衣服に付いた土や草を落とす香苗さんにお姉さん……静流さんが語り掛けると、香苗さんは先程までの鬼気迫る表情が嘘のように穏やかな顔で頷いた。

 

「妹の突然のご無礼、申し訳ありませんでした。お付き合いいただきありがとうございます」

「あ、いえいえ。二回目なんで」

「……あのバカ虎……お詫びは後程改めて、正式に行わせていただきます」

「いや……上杉さんも良い人だったんで……」

 

 俺の言葉に恐らく誰かを連想したのだろう。一瞬静流さんの雰囲気が真っ黒になった。あの人本当に何やったんだろう。去年の教官訓練、いなかったのが本当に残念になってきた。

 

「それで、厚かましいのんは承知してますが、一つ。日本の冒険者の代表ともいえる、山岸さんと鈴木さんのお力をお借りしたい事がありまして」

「力を、ですか? 恭二だけでなく俺も?」

「はい……」

 

 そう言って静流さんは、少し言葉を濁した後に口を開く。

 

「冒険者不足が深刻になりそうな問題が起き始めてます」

 

 それはこれまで教育に力を割り振っていた俺達ヤマギシにとっても他人事とは言えない案件だった。

 

 

 

 はっきり言えば、奥多摩とヤマギシの名前が強すぎる。前々から言われていたことだが、改めて現地で人を教えている人物から話を聞くと更にくっきりと問題が浮かび上がってきた。

 

「有能な人はみぃんな奥多摩に行きたい思うとります」

「後に残る人は何かしら事情があって地元に残る人か向上心のない人ばかり。気持ちも分からへん事もあらしまへんが……」

「難しい問題でしょうね……確かに」

 

 そう言って言葉を切る香苗さんにシャーロットさんが頷きを返す。設備が整っている黒尾でもその傾向があるという事は他のダンジョンでそうなってもおかしくはないだろう。

 

 まぁ、現状は実際に拠点を移動したという人物は居ない為、まだ心配の領域だが。これらの問題が表面化する前に彼女たちが気付いたのは、本当にたまたまだったらしい。というのも、この黒尾ダンジョンで訓練を受けている学生たちが、大学を卒業した時にどういった進路を取るか軽口で話をしていたのが聞こえて来たらしいのだ。

 

「彼らの人生ですから責める訳にもいきまへんが、黒尾に残る言うてくれる子は一人も居まへんどした」

 

 残念そうにそう語る香苗さんの言葉に俺は小さく頷いた。確かに責められる事じゃない。でも、せっかく育てた人材が育てた端から他所に取られるのは堪ったもんじゃないだろう。取る側になる奥多摩所属の冒険者としても申し訳なさがまさる。

 

 シャーロットさんも難しい顔をしている。これは確かに放置して良い問題ではない……そして、すぐに解決できるような問題でもない。

 

「分かりました。この件は、協会の上層部にも掛け合う必要があると思います。自分たちも出来る限り力になる事を約束します」

「ありがとうございます……!」

 

 頭を下げる静流さんと香苗さんに頷きを返し目をつむって少し考える。一度真一さんにも話しておかなければいけないだろう。最近、奥多摩に人が移住しているのは知っていた。それが更に加速するような状況になれば、キャパをあっという間にオーバーするのは目に見えている。

 

 ケイティにも相談しておくべきだろう。これはアメリカでだって起こりえる問題だ。知恵は多い方が良いだろうしな。

 

 所で、この件で相談したいならなんで香苗さんは俺との試合を望んでたんですか? え、頼るなら自分よりも強い人じゃないと気分が? あと上杉さんがやたらと自慢げに負けた話をしてきて、ライバルとしては一度戦ってみたかった……ですか……貴方も戦闘民族だったんですね。


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