出かけた時は夏の盛りだったが、ふと気づけばもう8月も終わるかという時期になっていた。結局2か月近くも奥多摩を空けていた事になるのか。まぁ、すぐにまた出掛けるんだがな。
よくよく考えれば去年から今年にかけてじっくりと奥多摩に居た時期の方が少ない気がする。風景にも見慣れない物が増えてきたし、あんまり忙しすぎるのも考え物だな。
「冒険者の広告塔、頑張ってくれてて嬉しいデス」
「勝手にそういうものに任命しないでください」
「NO。皆そう思ってるヨ?」
そんな馬鹿な、とは言葉にしない。流石に自分が全冒険者の中でも目立っているという自覚くらいはある。今回の旅路で出会った昭夫君を含めた6名の冒険者は日本の冒険者協会関係者なら誰でも知っているような有名人だが、それはあくまでも関係者ならという話。
世間一般での知名度で言うならやはりヤマギシチーム、特に俺と、本人は嫌がるが最初の魔法使いである恭二を超える人物は居ない。
日本冒険者協会としては第二、第三の俺もしくは恭二に出てきてほしいそうだが……昭夫君はある意味非常に知名度の高い存在になったとはいえ、まだまだ成果は上がってないようだ。
「贅沢な悩みデス。アメリカでは3番手すら居ナイ。私とウィルの二人以外は、日本に居るデビッドが少し有名な位デス」
「デビッドも最近ヤマギシチームのメンバーとして結構表に立ってるしね」
「ウィルの仲間達も動画配信とか頑張ってマスが、彼らはコミュニティ内に留まる傾向が強すぎマス。あと一歩メジャーへの道を踏み出せナイ」
まぁあいつら基本的にインドア派のオタクだしな。ダンジョン=俺の部屋位のイメージで
というか、デビッドが有名っていうならあいつらはどうした。お前の妹とそのライバルは。ジェイはデビッドを押しのけて最優秀を勝ち取った優秀な冒険者だし
そう尋ねてみると、ケイティは深い笑みを浮かべてこちらを見る。お、もしかしてなんか企んでるんだろうか。
「……ええと、聞かない方が良かったり?」
「NO。話しても大丈夫、デス。でも、聞きたい?」
「OKOK、ありがとう」
小首を傾げながら訪ねてくるケイティにいや、と首を横に振る。こういう出し方をしてくるって事は別にこちらに影響が出るようなものでも無さそうだしな。あの二人も大学一年生だし、勉学に影響が出ない範囲で頑張ってるなら良いんだが。
「そうか……森さんはやっぱりそうおっしゃっていたか」
「はい。他者に対して強制はしないけど、立場を変える気はない、と」
「うむ……会合で何度かお話を伺った事があるが、芯の強い人だな。見習いたいものだ」
社長室で今回の報告を行っていると、最後にぽつり、と社長が言葉を漏らした。魔法の恩恵をフルに受けて成長しているヤマギシとしては、真逆に舵を切った森さんの決断は自分達には出せない貴重な発想だ。
世の中にはそういった考えの人も居る。魔法に社運を賭けているとはいえ、その事を念頭に置かなければどこかで足を取られる事になりかねない。そういった意味でも今回の出張旅行は貴重な経験だった。
「各地のダンジョンは予想通り、どこもまだまだ設備という面では奥多摩に劣るものでした」
「まぁ、うちは真っ先にスタートダッシュを切って、官民合同で走り続けてたからなぁ」
シャーロットさんの報告に社長はうんうんと頷きながら、手元の資料を真一さんに手渡す。真一さんは受け取った資料に「ふぅむ」と考えるような声を上げると、全体を見渡して書類を二つにより分けて社長に返した。
「夕張とみちのく、それに大宰府ダンジョンは全力で資本を投下して良いだろうな。他は現地の企業と衝突しかねないから、調整に少しかかるだろう」
「大宰府の場合は地元がなぁ……一度政府に橋渡しをお願いするか。よし、二人ともお疲れさん。後倒しになってすまないが休暇を楽しんでくれ」
「はい。それでは」
「失礼します」
「おう。ああ、一郎ハメ外しすぎんなよ?」
真一さんの言葉にぽりぽりと頭を掻いた社長はため息を一つつき、ニカッと笑顔を浮かべて労いの言葉をかけてくれる。最後の一言は余計だけどな。
苦笑を浮かべて部屋を出た俺とシャーロットさんは、少し時期のずれた休みの計画を話し合いながら幹部用の宿舎……ヤマギシビルの住居フロアへと戻ってきた。
今回の休みは時期もズレた為10月まで丸々休んでいいと言われているのだが、ウィルに呼ばれてアメリカに行く以外に予定が入ってないのが難点だ。
まぁ取材関係はぶった切ったからしょうがないんだけどな。シャーロットさんも両親に顔を見せに行くという事でアメリカに行くらしいし、日付合わせて一緒に行こうかと算段を立てたりしていたのだが。
「ああ、そう来るかぁ……」
居間代わりに使っている共同スペースに何故か人が集まっていた。面白い番組でもあったのかとみると、朝方、冒険者協会に行ってきますと言っていたケイティの姿がTVの画面に映っている。
空いていた椅子に座り、右手をスパイディに切り替える。英語にも慣れてきたが、この状態が一番聞き取りにミスがない。
『……このため、我々世界冒険者協会は冒険者ランク制度の試験的な導入を行っていきます』
画面内のケイティの言葉を聞きながら俺は頬杖をついてソファにもたれかかる。まだ一月も経ってないんだがな。手が早いな、ほんと。