奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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初の前後編終結。

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございます!


第百九十一話 ランク騒動・後 鈴木兄妹

「ケイティ、幾つか言いたいことはあるけど、取り敢えず一発殴っても良い?」

「……はい」

「待て待て待て待て」

 

 ケイティを睨み付ける一花と、項垂れるケイティ。そして一花を背後から押さえる俺。仲間達の団欒の場である筈のその部屋は、今現在一触即発の空気に包まれている。その場に居るのは、空気に呑まれたジェイとイヴ。覚悟を決めたような表情のウィル。無表情なシャーロットさん。事態に置いていかれている御神苗さんとデビッド。ヤマギシチームとテキサスチームの一線級の冒険者たちが雁首揃えて、無言で俺達の三人のやり取りを見守っている。

 

 一花さん、その、ストレングスまで使うのはやりすぎだからな。少し落ち着いて話し合おうぜ?

 

「私は落ち着いているよ? 多分、こんなに頭がすっきりしてるのはここ数年なかったって位に。だから、離して?」

「駄目だ。椅子に座れ。これは冒険者部の次席としての命令だ」

「お兄ちゃん?」

「ケイティもだ。まずは椅子に座ってから……ゆっくり話そう。シャーロットさん、ウィルも残ってくれ。残りの人はすまんが、部屋から出てもらえるか?」

『……ごめんなさい』

 

 俺の言葉に一花が怪訝そうな声を浮かべる。一応、名ばかりだが俺も役職持ちなんだ。恭二が居ない以上、この場を仕切る位の権限はある。シャーロットさんとウィルを残したのは当事者以外で状況を把握していそうな人物だったから。

 

 ケイティの様子を見るに、明らかに今回のやり取りで非があるのはケイティだろう。何となく、俺も予想はついているが……周りにどう思われようと俺と恭二は気にしないんだが、一花は気に食わなかったって事だろう。なら、しっかり話を付けた方が良い。どういう結果になろうが、それを後々まで燻らせる方が問題が大きくなるからな。

 

 

 

「話の前に。まずケイティ、正直に答えて欲しいんだけどさ。今、魔力量幾ら? あれ多分何年か前のデータでしょ?」

『……250万、です』

「だろうね。ケイティならそれくらい行ってると思ってた。じゃあ、ウィルは?」

『僕は100万にギリギリ届いたくらいかなぁ。といっても僕みたいなタイプには関係ないんだけどね。魔力量って』

「お前の場合身体能力アップに全力傾けるだけで良いからな……」

 

 ジェイ達に退室してもらい、食卓の席に腰掛けた俺達はシャーロットさんが淹れてくれたお茶で口を湿らせた後。一花が向かいに座ったケイティにまず最初に尋ねた事は、あの魔力量についてだった。やけに少ないと思っていたが、やっぱり二人とも逆サバ読んでたか。

 

 というか、これを良く他の冒険者協会の幹部が認めたな。普通自国のヒーローを他国の人間の下に置こうなんて思わないだろうし。怪訝に思っていると、こちらが言いたい事を察したのかシャーロットさんが口を開く。

 

「米国のヒーローという意味でなら誰よりも相応しい人物がS級に名を連ねて居ます。米国人にとって貴方はもはや他国の冒険者ではありません。スーパーヒーローなんですよ」

「そんな馬鹿な……えっ」

 

 いやいやと思って周囲を見回すと、シャーロットさん以外の人々が肯定的な顔で頷くのを見て、俺は「えぇ……?」と小さく呟いた。そんな俺の様子を無視するように一花はケイティに視線を向ける。

 

「じゃあ次の質問。本当のS級の判断基準は?」

『A級上位の実力者だとA級の人間に認められた者で、かつ素晴らしい功績を残した者です。一郎は冒険者の認知度とイメージアップ。一花は冒険者の教育方法の発案と実践。恭二は……言うまでもありません。魔法開発に多大な尽力を行っている事です』

「ならそこに何人か足りないよね。少なくとも魔法科学という分野を現在進行形で発展させている真一さん、世界冒険者協会という組織を立ち上げて聖女と呼ばれているケイティ、米国ナンバーワン冒険者でお兄ちゃんと同じく冒険者のイメージアップに貢献しているウィル、目立った功績ではないけど縁の下の力持ちとしてヤマギシチームをずっと支えていて、実力だけなら間違いなく私以上の沙織姉ちゃん。シャーロットさんだって選ばれてもおかしくはないんだ……。あれれ、おかしいな。私が審査員なら最低でもあと4、5人は増えると思うんだけどなぁ?」

 

 指折り数えるように名前を上げる一花の声は、少しずつ低くなっていく。まるで怒りで声が震えるのを無理やり抑えようとするように。その怒気に中てられたのか、顔を青くしたウィルが口を開こうとした時、一花はドンッ、と軽くテーブルを叩いてその動きを制する。

 

「目立たないからでしょ。恭二兄ちゃんが」

『…………』

「一花」

「魔力量も関係なくて。選考基準だって満たしてる人は他にいる。自分たちの魔力量まで誤魔化してさ。私とお兄ちゃんが入ってたのは世間認知度が高かったからだよね。特にお兄ちゃんはリアルヒーローなんて言われててすっごく人気者で。さぞ良く跳ねる踏み台だよね」

「一花。よせ」

 

 震える声を隠せなくなった一花の肩に手をかける。それでも一花は止まらない。

 

『マスター、それは違います! 確かに多少恭二にスポットを当てていますが本来は』

「何も違わない……たとえどんな意図があっても私のお兄ちゃんをあんた達は馬鹿にした……馬鹿にしたんだっ!」

「一花!」

 

 涙をぽろぽろと落としながら叫ぶ一花を咄嗟に抱きよせる。「ふぇ?」ときょとんとした表情を浮かべる一花の顔を胸の中にうずめさせながら、ぽんぽんと背中を叩く。

 

「それ以上言わなくていい」

「……お兄ちゃ」

「良いんだ。怒ってくれてありがとう……お前みたいな妹がいて、俺は幸せだよ」

 

 ポンポンと、あやすように背中を叩いてやる。今回のランク分けで世間が俺と恭二という存在をどう思うか。まぁ、十中八九魔力量を実力と見て、恭二は俺の数倍凄い冒険者なんだと思うだろう。これは間違いない。実際、魔法使いとしては恭二は世界一――しかもぶっちぎりという言葉が付く――だし、純粋な戦士としてもトップレベルだし、あいつがそれだけ凄い人物だと思われるのは、俺も嬉しい。本当に嬉しいんだ。

 

 ただ、一花と恐らくシャーロットさんが気に食わないのは、今回その評価の土台に俺を使っている所なんだろう。「あいつよりもあいつは凄い」。これは単純だ。一発で周知できてしまうからな。

 

「ケイティ。本当に隠したかったのは、何だ」

『……本来の、S級の選考基準です』

「そうか。S級になった場合、どういった事が出来るようになる?」

『冒険者協会のある全ての国への移動許可とダンジョン探索の許可。現在開発中の超長距離ヘリの無償使用許可は決定してる。また、各国の冒険者協会は最大限S級冒険者の要請に応える必要がある、としている。冒険者の象徴、だからさ……』

「なるほど。そらほいほい増やせんわな」

 

 腕の中で一花がすすり泣く声を聞きながら、俺は小さくため息をついた。多少は恭二を凄く見せたいというケイティの欲求もあるんだろう。だから一花は猛烈に怒っているんだし、ケイティも一切反論しなかった。

 

 ただ、米国……というかウィルが納得するだけの理由があったのも間違いない。それが恐らくS級の選考基準。S級冒険者という物の権限というか、出来る事や影響力を聞いてそこが良く分かった。はっきり言って、これから先のS級冒険者への道は非常に険しいものとなるだろう。というか、多分無理だ。

 

 基準とする部分。実力の方は、まぁ、努力次第だろう。ここは基準をクリアしている人間は、多い筈だ。恭二とそこそこ戦えれば十分S級と言えるだろうし、そのレベルなら両手で数える位には存在しているからだ。問題は、比類なき功績の方だな。

 

 ほぼ全ての魔法を開発した恭二、効率的な魔法の訓練方法を確立した一花、そしてそこそこ頑張って世間の注目を集めた俺。初代様辺りなら俺と同じポジションで狙えるかもしれないが、他の二人に匹敵する功績を上げるのは流石に無茶と言えるだろう。

 

 ああ、これに先ほど一花が上げた5名は別とする。多分来年か再来年にその辺りはS級になるはずだ。一般冒険者のモチベーションアップの為にな。決して閉ざされた道ではない事を示す為に。その道の険しさを覆い隠す為に。

 

 そう、モチベーションアップだ。多分これがウィル達が本来の選定基準を隠した理由だろうな。目指す事が無理だと分かっている頂点ってのはニンジンにはなりにくいからな。目のある人ほど諦めちまう可能性が出てくる。それを、恐らくウィルや他の冒険者協会幹部は恐れた。

 

 数字がはっきりしてる分、魔力量ってのは分かりやすい指標だからな。そっちを代替案として発表するのは確かに理にかなってる。恭二と俺、それに一花の数字は、少なくともそこまで修練を積めばチャンスがあるという認識を世間に与える事が出来たわけだ。

 

 それはさ、納得も理解も出来るんだ。

 

 だけど……妹を泣かせてしまったのは、流石に堪えるぜ、おい。しんどいなぁ、本当に。

 

「ケイティ。恭二についてで、何かあったな?」

『……申し訳ありません、私の立場では答えられない』

「おっけー、それだけで良い。一花は極端としても、他にも同じような感想を抱く人は居ると思う。対応は早いほど修正が利くはずだ……任せて大丈夫か?」

『はい。必ず』

「……頼む。またお前を信じさせてくれ」

 

 予想通りの回答に、一つだけ頷きを返す。ケイティにしては穴の大きい動きだと思っていた。拙速にも程がある、もっと煮詰めるべき案件を無理やり先倒しで出したような違和感。

 

 多分、恭二の立場を補強する必要があった。しかも形振り構わず、迅速に。それが何となく見えて、俺はケイティへの怒りを胸の中に押し殺す。兄妹二人だけにしてほしいと他の3名に伝えて、一花を抱きかかえて自分の部屋に向かった。

 

 たまには、二人でゆっくり話そうか。お前の話を最近、きっちり聞いて上げられてなかったしな。ああ、そうだ。恭二の馬鹿に、暫く戻ってくるなと言っておかないと。

 落ち着く前にあいつの顔を見たらついボコボコにしちまうかもしれんからな。それは八つ当たりにも程がある……やっぱりボコボコにしに行こうかなぁ。




まさかの4000文字。きっつい

一花の主張は一郎のファンで内情を知っている人間にはそう見える、という話です。

多少ケイティの意図もありましたが、今の段階でランク分けを実施するなら魔力量は分かりやすい線引きなのは間違いありません。
本当に最先端のレベルに行くと関係無くなるだけなんで。

次回。恭二ボコボコ(嘘)

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